許す(彼side)
彼女は清楚な容姿と、優しい性格をしている。聞き上手な彼女は、当然ながら友達が多い。
そんな彼女が毎日ラインを送ってくる。僕はその理由をわかっている。
(僕が陰気なアニメオタクだからって、仲間と悪ふざけをして遊んでいるんだ。僕が返信をしたら、SNSにそれをアップして、『キモいオタクが調子にのっていまーす!』って、全世界に晒す気なんだ)
陽キャは怖い。ヤツらは明るく振る舞っているが、一皮剥けば残忍だ。陰キャよりも闇が深い人がいる。
それを僕は、過去のいじめられた経験上、知っている。
だから、彼女からのラインを無視しようとした。けれどつい気になって、見てしまう。
彼女から毎日送られてくるメッセージは、天気と試験の話題が多い。
どうでもいい内容。陽キャは有り余るエネルギーを、実際の人間関係で消費するから困る。
僕は常々、思っていることがある。三次元の人間がコスプレを楽しみたい気持ちは理解できるが、どうやっても二次元のキャラには敵わない。キャラのイメージを壊さないでほしいと、切に願っている。
それなのに彼女は文化祭で、アイドル戦士もどかちゃんのコスプレをした。もどかちゃんとは、僕が世界一かわいいと思っているアニメの世界の女の子。
彼女は僕のもどかちゃんを汚した。正直、アイドル戦士のコスプレが似合っていて可愛いなとは思ったけれど、もどかちゃんとは別物である。
僕は初めて女の子を呼び出した。
「もどかちゃんのコスプレをするな! 三次元の女がどんなに頑張っても、二次元の女にはなれないから!!」
彼女は傷ついた顔をした。そのことに僕は深く……傷ついた。
(やっぱり三次元の女の子は苦手だ。どうやってコミュニケーションをとったらいいのか、わからない……)
二次元の女の子は安心できる。僕がどんなことをしても嫌いだと言わない。なによりも、二次元の女の子は最高にかわいい。
彼女は僕を嫌いになったと思った。
それなのになにを考えているのか、彼女は僕の後をつけてきたり、相変わらずこまめにラインを送ってくる。
僕は苛つき始めた。
——僕の世界に入ってくるな! 僕の感情をかき乱さないでくれ!!
一人の世界は孤独だけれど、気楽。誰も傷つけない。自分を傷つける者は自分だけ。
僕は否定されるのも、人を傷つけるのも怖い。
大学に入り、彼女と離れ離れになった。
安心していいはずなのに、僕は一日中彼女のことを考える。『たんぽぽの綿毛が飛んでいるよ』なんてどうでもいい写真付きメッセージさえ、何回も読み返す。
彼女からの日々の連絡はまるで、この世界に僕が存在してもいいのだと受容してくれているようで。彼女が住む明るい場所の端っこに僕がいることを許可してくれているようで、泣きたくなる。
彼女は僕をおかしくさせる。けれど僕は、そのおかしな気分に名前をつけることはしなかった。素知らぬふりをした。
夏休み直前。彼女からの連絡が途絶えた。心配になって、勇気を振り絞って電話をかけてみた。繋がらなかった。メッセージも届かない。
「そうか……。僕に飽きたんだ。彼氏ができたんだろうな……」
最初からわかっていた。からかわれていただけ。暇つぶしの相手だっただけ。
それなのに僕は、彼女の家に行ってしまった。
彼女の我儘に振り回された被害者なのだから、怒る権利があると、自分に言い聞かせて。
彼女は何度も謝ったが、僕は「許さない」と怒鳴った。
僕をおかしな気分にさせた罪は重い。生まれて初めて、生身の女の子と仲良くなりたいと思ってしまったのだから。
彼女と繋がりたくて、新しい連絡先を手に入れた。彼女のラインに、『よろしく』と送る。なにがよろしくなのかは、自分にもわからない。
「まずは友達から始めよう」
そう言った僕に、彼女はとびっきりキュートな笑顔を見せた。
「うん! 嬉しい!!」
降伏するしかない。認めるしかない。
彼女は……二次元の女の子と同レベルに、可愛い——。
僕たちは友達付き合いを始めた。毎日ラインを送り合って、休みを合わせて映画を観に行って、花火大会では迷子にならないように手を繋いで。
これが、友達の範囲なのかはわからない。
彼女は優しくて、可愛い。だからこそ僕は、彼女と親密になりたくない。僕はアニメオタク。部屋にはアニメグッズが山のように置いてある。
彼女にハマりたくない僕は、適度な付き合いを心がけた。
それなのにあるとき。僕は風邪を引き、一人暮らしのアパートに彼女がお見舞いにやってきた。
僕は、覚悟した。ついに、友達関係が終焉を迎える日がやってきたのだ──。
際どい服装の女の子のポスターや、胸の大きな女戦士のフィギュアに、彼女はドン引きするだろう。虫ケラを見るような冷たい目で、僕を見ることだろう。
「律音くん。なに食べたい?」
「……お粥がいい。卵入りの」
「わかった。冷蔵庫を見てもいい?」
「うん」
「出来るまで、寝て待っていてね」
「うん」
彼女の赤くてふっくらとした唇が僕の名前を呼ぶ。
僕は苗字でしか呼ばれたことがなかったし、女子の下の名前なんて呼んだら睨まれるものだと怯えていた。
下の名前で呼び合う関係って、いいなって思う。でもそれも、今日で終わり。
僕は自分の手で、幸せを壊すことにした。
「美雨ちゃん」
「なに?」
「僕はアニメとゲームが生きがいだからやめるつもりはないし、グッズとフィギュア集めも続ける。これからも僕は、オタクの道をいく。そういうのって……嫌いだよね……」
「嫌いじゃないよ」
「どうして⁉︎」
彼女は冷蔵庫の扉を閉めると立ち上がり、棚の上のフィギュアに視線を向けた。
「だって、好きなんだよね? 私にはわからない世界だけれど……。律音くんが大切にしているものだから、否定したくない。応援するね。オタクの道、頑張って」
僕は頭からすっぽりと布団をかぶった。声を押し殺して泣くのが大変だった。
三次元の女性は決して、二次元の女の子が持つ可愛さを表現できない。それは、譲ることのできない真実。
だけど同時に、二次元の女の子は僕が病に倒れてもお見舞いに来てくれないし、お粥も作ってくれない。
館林美雨ちゃんは、僕が大切にしているものに理解を示してくれた。
僕を受け入れてくれた彼女を僕は許し、そして——世界一大好きだって、叫びたい。
絶対に許さない 遊井そわ香 @mika25
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