夢寐

清野勝寛

本文


幸せな時間だった。

本当に?

疑わなければならない、何故なら私は○○だから。


青白む空なんかあってもなくても変わらない部屋だ。ルームライトは常に付けっぱなし。そのまま寝ればいい、気にならない。

形骸化したテレビのリモコンのスイッチは行方知らず。おかしいな、意思でも宿ったか。この部屋から出て行くことなど出来ない筈なのに。


「○○言ってないで、さっさと一緒に寝よう。電気も消して、一つの布団で。今日は外に干したから、きっと気持ちよく眠れるよ」


そんな声が聞こえるわけないだろうが。○○かよ。


携帯機器のバックライトのせいで眠れない。いや、かつて眠れていたのだから、きっと関係ない筈だ。二つ壁に掛かったハンガーが揺れる。すきま風がこの季節は心地良い。埃で目が痒い。部屋くらい掃除しないと。出来ないのではなく、やらないのだ。


だって面倒くさいから


なし得たものを数えると、指がひとつも折れない。始まっていないものを勝手に終わらせる。何度も何度も何度も何度も何度も何度も。


「生まれ変わった時の話ばっかりしないでよ。人生は一度きり、やり直しはなし。だから面白いし、私は後悔したくないから」


「そう言ってた筈なのにさ、後悔本当にしてないのか? 都合の良い脳味噌だよ本当に、羨ましい」


欲しかったものなんて、そりゃあ金も地位も名誉も権力も武力も欲しいしあらゆる欲だってその場で直ぐ様満たしたいけど、それらは一番じゃなくて一つだけ、たったそれだけなのに、どうして分かってくれないんだい。譲ってくれないんだい。そんなに○○は嫌いかい。


「うるさいよ」


外は間もなく夜明け、夢見心地はここまで。

間もなく人は目覚め、街はすぐ動き始め。


「うるさいって、眠れないだろ」

「違うよ起きないと」

「耳鳴り」

「寄り添う熱と心音」


だからそんなのないって。○○。


お前のまま、お前がお前でいることを望んでいるのはお前唯一人だよ。人間はそれぞれの生きた環境、生活の中で役割を見つけ、存在が認知されて、お前になる。お前をお前たらしめているのは、お前でなく他者だ。


ならば俺は?

俺はどうすれば俺でいられる?

小麦粉で固めて象るか。

偶像。わかりやすいものがいい。


水滴が屋根を穿つ音。雨が振りだした。


「バッテリー、あと、10パーセントです」


耳元で機械音。また目覚め。

外は明るい。それ以上に、部屋は明るいが。


「教えてほしい。しょうじきに正直に。本当は面倒くさいんだよね? 鬱陶しいって思ってるんだよね?」

「本当は会いたいんでしょ? また1からやり直したいとか思ってるんでしょ? いいよ大丈夫分かってる、全部」


目が覚めると、いつもの風景。音のない場所。眩しい。窓、窓はどこ。あなたを探しにいかないと。ねえ会いたいよ、最初からやり直さない? それいいねえ、○○。都合が良いなあその方が。


「あなたにわかる? なんとかもう一度関係を取り戻そうとみんなに電話してさ、なんか当たり障りのない話を、したんだよ、何言ったかなんて覚えてるわけねえだろ。必死だったから。こういう時、ぼくが主人公だったらきっと、全て望むようにストーリーは進んだんだろうなって思うけど」


瞼を擦る。目やに。


「そしたら帰ってくるのは当たり障りのない反応。案の定音信はなくなり、声は消えてなくなり、姿は見えなくなり、ああ、ああ」


目を閉じたら、瞼の裏に君がいて、今でも笑ってる。僕は会いたくて会いたくてずっと目を閉じてるんだけど、君はその度もういかないとって言うんだ。きっと、そばにいたい、一緒にいたい、愛してるのは僕だけで、君は僕なんて忘れて今日もどこかで笑ってて、その隣には僕の知らない誰かがいて、悔しい、悔しい。伝えられないなんて、抱き締められないなんて。



「生まれ変わった時の話ばっかりしないでよ。人生は一度きり、やり直しはなし。だから面白いし、私は後悔したくないから」

「人生は一度きり、やり直しはなし。だから面白いし、私は後悔したくないから」

「人生は一度きり、やり直しはなし」





人生は一度きり、やり直しはなし。

人生は一度きり、やり直しはなし。

人生は一度きり、やり直しはなし。





目が覚めた。朝。涙。

「……最悪」

どんな夢を見るのか、人はコントロール出来ない。いつもは直ぐに忘れるのに、今日のは特に覚えている。

重たいからだをなんとか起こして洗面台へ。彼、彼女の姿はない。冷たい朝焼け。

理解してもらえないのに、理解してあげることばかり強要される。私はそれが嫌で、仕事を辞めた。最初は

寝てばかりの生活も悪くないとは思ったが、ちょっと経つともう退屈で我慢ができない。いくつ鼓動するのかわからない私の心臓は、今日も止まらない。なら、無駄はない方がいい。


「お、ようやく眠くなってきた? 良かった。今日はぐっすり眠れそうだね」


○○、ようやく一人でいられる時間だ。

朝はうるさい。



幸せな時間だった。

もうはっきりとは覚えてないけれど、満たされた感覚だけは残っていた。


それならそのまま、眠っていたかった。

疑いようのない気持ちは、飲み下せないまま中にいる。


それでいい、もういい、もういいんだ。

うんざりだよ。

夢が真実。

だから。

今夜もまた、あなたの夢を見られますように。

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夢寐 清野勝寛 @seino_katsuhiro

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