エピローグ

「ずいぶん派手にやったな。」

半壊した建物から1kmほど離れた道路。停車していた黒い車から感情のこもっていない声で話しかけられた。

「あんたらが力を証明しろっていうから、ここまでやってやったんだぜ?」

「あまり目立つな、とも伝えた。」

「だとしたら、偽予告犯をでっち上げた時点で手遅れだろーよ。あれもあんたらの指示だろ?」

「…」

車の中の男は黙ったが、沈黙は肯定ということだろう。とりあえず、黙って車に乗り込む。

「で?俺は合格なのか?」

「俺は迎えに行けと命令されただけだ。」

「そうかよ。じゃああとで直接本人に聞くわ。」

「その前にやることがある。」

「まだこの後やるのか?ったく注文が多い職場だなぁ。」

後部座席であぐらをかきながら悪態をつく。

駅での事件後、知らない番号から電話がかかってきた時は何事かと思ったが。無視をしていたら1時間と経たずにこの男が目の前に現れ、変なビルに連れていかれた。

てっきり暴力団関係かと思っていたが、能力のことを聞かれたときは驚いた。住居と警察からの逃亡を引き換えに、組織に属すことを提案され、入る条件として能力の証明をしろというのが向こうのお偉いさんの指示だった。

結果、今回の事件に至ったが、一つだけ忠告を受けていた。

「ほかにも能力者がいる。身に覚えがあるだろう?あの男に出会ったら注意しろ。」

まさか本当に現れるとは思っていなかったが、事は済んだのだから良しとしよう。

しかし、迎えに来てくれたのはいいが、もう一つやることとは一体何なのだろうか。

「なぁ、やることって一体何なんだ?まさか、俺の始末とかか?」

「…」

運転席の男は黙ったままである。少しばかり派手にやり過ぎたか?

確かにあれほど目立つことをした以上、この組織にいると警察などの邪魔になるだろう。出迎えに来たのは逃げられないようにするためと考えれば、辻褄も合う。

逃げるかも迷ったが、最悪この男を返り討ちにできる体力は残っている。焦らず様子を探ることにしよう。

車で1時間ほど経っただろうか。高速を降りてしばらく走った後、倉庫が並ぶ港に到着した。

「降りろ。」

男が一言だけ発した。指示の通り黙って降りる。

当たりを見渡すと人気はなく、始末するにはもってこいの場所だろう。

 しかし、それはこっちにとっても好都合。あとは隙を見せるチャンスを狙う。

 男は車から降り、トランクを開け始める。男の後ろに回りこむ。余った爆弾をポケットの中で握り、取り出そうと思った瞬間、男が振り向く。

 (バレたか…)

 そう思い、すぐに攻撃に移ろうとした瞬間、男から予想外の言葉を口にする。

 「そのパーカーをよこせ。」

 「は?」

「早くよこせ。それと靴とズボンもだ。」

気でも狂ったのか。それともそういう趣味なのか。意味が分からず、うつけたように立ち尽くす。男は何事もなかったかのように淡々と話を進める。

「脱いだらこいつに服を着せろ。そしてお前はこいつの服を着ろ。」

全く理解が追い付かない中、男がトランクの中を指さす。中を見ると思わぬ光景に衝撃が走る。

そこには自分の死体があった。正確に言うと自分と瓜二つの死体。顔も体系も全く一緒。見ていると気持ち悪くなるが、不思議と驚きはない。

「これがあんたの“能力”か?」

「俺ではない、だがこいつを始末したのは俺だ。」

「そうかよ。わざわざ手を汚してまで偽装いただけるとは、だいぶ待遇いい職場だぜ。」

とりあえず言われるがまま、服を交換するが。一つ問題があった。

「おい、こいつ女ものの服着てるんだが。こいつ元は女なのか?」

男は無視をし、黙々とガソリンタンクの準備を進めている。仕方がないので黙って服を着るが流石に靴は履けなかったので、履かずに手に持つことにした。

「で?どうやってここから逃げるんだ?車は壊すんだろ?」

「向こうにボートがある。終わったのなら、さっさと行くぞ。」

「ほんと、用意周到なことで。」

先に行く男のに続くように歩きだし、後を追う。車が見えなくなり、ボートが見えてくる。黙ってボートに乗り込むと、男は何も言わずボートを動かす。

自分は最後の後始末をするべく、ポケットの起爆ボタンに指をかける。

遠くの方で今日、最後の爆発音が夜空に鳴り響く。


 病院での検査の結果、特に異常はないとの診断結果をもらった。思い返せば、二階くらいの高さから落ちたはずだったのだが、偶然にも受け身を取れていたようで大事には至らなかった。

 検査も終わり、同じ病院に入院している裏瀬さんの病室へと向かう。つい先日退院したばかりの患者が、数日も立たずに戻ってくるとはこの病院も想定外であろう。おかげさまで病室が前回と同じなのは、ある意味楽ではあった。

 病室には小倉警部補が待っており、すでに昨日の事件の事情聴取を始めていた。

 病室に入ってきた私に気づいたようで、小倉警部補がこちらに会釈をしてきた。

 「お話し中でしたか…?また後の方が良ければ…」

 「いや、事件のことはすでに聞き終わってるから大丈夫だよ。今は君が来るまで雑談をしていたんだ。」

 「そうだったのですね。むしろお待たせしてしまって、すみませんでした。」

 病室に入り、小倉警部補の隣まで行くと裏瀬さんから質問される。

 「今日は宇井さんがいないんだな。何か用事が?」

 「いえ、『今日の授業は出席日数があと1回しか休めんのじゃ!』ってことで、多分あとで来ます。」

 隣にいる小倉警部補が大笑いする。なぜかこちらが恥ずかしい思いをするとは。

 「さて、それじゃあ今のうちに二人に話しておこう。」

 小倉警部補の表情が急に真剣な面持ちに変わる。私も裏瀬さんも耳を傾ける。

 「実は、今朝港区の倉庫で車と一人の死体が見つかったんだ。本当は死体を判断できない様に燃やしたかったようだけど、爆発のせいか死体自体は吹き飛ばされていてね。死因の決め手は頭の損傷によるものらしい。そして今回死んだ人がこの人なんだが、この顔を見たことはあるかい?」

 小倉警部補が1枚の顔写真を見せてくる。写真には作業服を着た同年代くらいの男の顔が写っていた。あまり明るい性格のようには見えない男ではある。

 「名前は、火山 剛(ひやま つよし)。年齢は君たちと近いよ。ただ、二人ともあんまりって感じだね。じゃあ、この服に見覚えは?」

 鳥肌が立つほど記憶に残っている。次に見せてきた写真には、昨日の事件で犯人の着ていたパーカーと瓜二つのものが写っていた。

 目の前にいる裏瀬さんと顔を合わせると、同じことを思ったのか無言で頷いてきた。

 「どうやら見覚えがあるようだね。駅の爆破事件以降、我々も監視カメラに映った情報から彼が犯人ではないかと調べ、目星はつけていたんだが。まさかこんな形で見つけるとは思っていなかった。」

 「小倉さん、一つ聞いても?車の所有者とかはわかってたりしますか?」

 裏瀬さんから小倉警部補に質問が投げかけられる。

 「車は損傷がひどくてね。今調べてはいるんだが、盗難車じゃないかと考えている。何か気になるところでも?」

 「いえ、どうして車でそんなところに移動したのかと思って。」

 「それについてだが、こっちも引っかかっててね。そもそも彼は運転免許を持っていないんだ。となると、彼をここに連れ出した共犯者がいると考えられる。問題は共犯者はいったい誰なのか、なぜ彼を殺害したのか、謎は増える一方だよ。」

 「…」

 それを聞き裏瀬さんは黙ってしまった。この場にいる全員が考え事をしている中、小倉警部補の携帯電話が鳴る。

 「わかった。そっちへ向かう。それじゃ、呼ばれてしまったのでここで失礼するよ。うちも大変でね、今回の事件をきっかけに来月から特別な捜査班を作ると署はノリノリでね。」

 「それは大変そうですね…。また何かわかった時はご連絡します。」

 「よろしく頼むよ。裏瀬君もお大事に。」

 そう言い残し、病室を去っていく。またいつものように二人だけ取り残される。有紀がくるまでまだ時間はあるだろうから、近くにあった椅子に腰を掛ける。

 「そういえば、あの子のお父さんもお礼を言いに来たよ。顔を見た時は一瞬引きつってたけど。」

 「まぁ、娘の命の恩人がまさか説教した人だとは思わないですよね。でも、裏瀬さんのおかげであの現場では怪我人はいたものの、死者は0人だったそうですよ。」

 「小倉さんからも感謝されたよ。どうやって救助したとか聞かれたけど、とりあえずなんか色々と偶然が重なったってことで説明したけど。あれでごまかせているのだか。」

 「能力のことはまだ言ってないのですね。」

 「言いたい気持ちはあるけど、変に大ごとになるのは避けたくてね。もし俺個人のことが公になったら、ろくでもない連中が付きまとうだろうし。」

 確かにその通りである。仮にテレビに実名付きで報道されてしまうと、期待はもちろんだが批難や軽蔑の目も避けられないだろう。ましてや昨日のような能力者が事を起こせば余計だろう。

 「そうですね。けど、仮に公表されても、裏瀬さんは変わらず人を助け続けている気がします。」

 「そうだな。自分で言うのもなんだが、変わってないだろうな。」

 まだ短い付き合いではあるが、本当にそう思う。きっとどんな状況になっても真っ直ぐ貫き通す人だと。同時に羨ましくも思う。

 裏瀬さんは例え憎まれ口を叩かれようと、冷たい目で見放されたとしても、人を助け続けった。そして、ほかの人の心まで動かしていった。

私はただ彼の隣にくっ付いていただけ。私はあの頃から何か変わったのだろうか。結局、一人では、誰かに頼らなければ、誰も救えないままなのではないだろうか。

「どうした?何か嫌なことでもあった?」

私が少し暗い表情をしていたせいか、裏瀬さんが心配そうに声をかけてくる。

「いえ!大丈…夫です…。ただちょっと昔のことを思い出していて。」

「昔のこと?」

裏瀬さんに自分の小学生の頃の話をした。転校生の男の子のこと。いじめのこと。自分が何もしてあげられなかったこと。すべてを話した。裏瀬さんは最後まで黙って話をきいてくれた。

「そうか。何とかしてあげたい気持ちはあるけど、どうしてあげることもできないな…。」

「いえ、大丈夫です。お話聞いてもらっただけでも少し気持ちは軽くなりました。けど、改めて思いましたけど、裏瀬さんは本当にすごいですよ。みんな救ったんですから。」

「…。そういえば、俺がどうして人を助けるようになったか話したっけ?」

「いえ。でも二人の人が影響をとは聞きましたけど。」

「一人は俺の兄貴だ。半年前に他界した。兄貴は昔から正義感が強くて、俺はずっと憧れていた。もう一人は、高校時代に一人の男の子だ。橋から川に飛び降りたところを、友人2人と救ってね。助けた後、数日後に手紙をもらってね。お礼も書いていたけど、あそこにいた理由も書いてあった。学校でいじめにあって自殺するしかないって。ただ救ってもらって考えも変わったって、手紙に書いてあった。」

「そうなのですね。その男の子の手紙が今の裏瀬さんを?」

「いや、確かに救ったことでもっと頑張ろうと思った。けど。」

「けど?」

「その子は2週間後に交通事故で亡くなった。小さい子供をかばって飛び込んだと聞いて、俺は言葉を失った。自分がその場にいれば助けられたのか、誰かほかに助ける人はいなかったのか、そもそも俺が助けたことは正しいことだったのか、色々考えて悩んだ。」

思わぬ話に言葉が詰まる。ただ今は何も言わず話を聞く。

「せめてもの償いと思い、その子の葬儀に行ってね。その時に親族の方から作文用紙をもらったんだ。作文には将来の夢について書いてあって、『人を助けられるような人になりたい』って。それを読んだ時に、俺が代わりにこの夢を背負って生きていこうと。この子の守りたかった夢を、人を俺が守っていこうと自分の中で誓った。だから、今の自分がいる。」

「裏瀬さんにもそんな過去が。」

「あぁ。過ぎてしまったものを今から取り戻そうとすることはできない。けど、繰り返さない様に努め続けることはできる。それが生きている人ができる償いだと俺は思っている。飯沼さんの辛い気持ちもわかるし、同じようにすぐの気持ちを切り替えることはできないし、同じことが起こるかもしれないけど、その時は俺が飯沼さんを助けるよ。」

その言葉を聞いた時、自分の中にあった何かが消えていくような感じがした。悩んでも結果は変わらない、変わらない以上何があろうとも前に進み続けなければいけない。それが今の自分にできることだと。

気が付くと自分の涙が頬を伝っていた。悲しいわけではなく、安堵というわけでもなく、正直なところ自分でもよくわかっていない。

「えぇっと。なんか俺、悪いこと言った…?」

珍しく狼狽える裏瀬さんを見て、つい笑みが零れてしまう。すぐに涙を拭き、気持ちを切り替える。

「いえ、なんでもないです!さ、そろそろ騒がしい人が来ますからこの辺で話を切り上げないとですね。」

そんな姿を見てか、裏瀬さんも笑みを返す。

きっとこれかも大きな問題が立ち向かってくるかもしれないが、この人と一緒ならきっと乗り越えていけるだろう、そう思った。

静かだった病室が騒がしくなり、本来あるべき日常へと戻っていく。

秋風が長かった9月の終わりを告げる。

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現代社会のヒーロー @ueyama00

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