第4話 ヒーロー

 「痛った…。」

 ゆっくり目を開けると、あたりは真っ暗でまだ目を閉じているのではないかと錯覚する。記憶が飛んでいてすぐに状況を思い出せない。

 確か、フードを被った男に出くわした後、逃げようとして…。それよりもユメちゃんは…?思い出したかのように腕にしっかり抱えている女の子を視ようとする。

 暗くてわからないが、腕の中で震えているのがわかる。怪我をしているかどうかは明かりがないと確認できないだろう。

 自分もなんだかんだ、どこを怪我しているのかわかっていない状況である。起き上がろうとしても体がうまく動いてくれない。ただのんびりもしてられない。

 自分の体に無理をいい、無理やり体を起こす。全身に痛みが走るが何とか上半身を起こした。同時に軽いめまいのようなものもしたが、視界が暗すぎてちゃんと起き上がれているか不安にもなる。

 少しずつ暗闇にも目が慣れていき、自分の置かれている状況を掴み始める。

 二階から落ちたが、ちょうど下にクッションとなるものがあったらしく大きなケガなく済んだようだ。

ゆっくりと足に力を入れて立ち上がる。抱えていたユメちゃんを地面に降ろし、あたりを見渡す。

 暗いせいか、いまいち場所がどこだかわからない。どちらに向かえば外に出られるのだろうか。

とにかく移動しよう。スマホのライトをつけて出口を探すことにするが、その前にユメちゃんがケガしてないか確認をしなければ。

「けがはない?歩けそう?」

「だいじょうぶ...」

 ライトを顔に当てない様にしながら確認をしたが、砂ぼこりで服は汚れているがケガはなさそうだ。

 自分は擦り傷があるが、流血までしてないので一安心。あとは出口を目指すだけ。

 「早くお父さんとお母さんのところに行かないとね。」

 小さく頷き返してくれたので、手を握り出口を探す。

スマホの時計は20時を表示している。時間を見るにもしかして落ちてからしばらく気絶していたのだろうか。

スマホで電話をかけようとするが誰にも繋がらない。もしかしたらこの事件で電話が殺到している可能性がある。あまりバッテリーもないのであきらめてライトとして使用することにした。

周りを照らすと爆破で瓦礫がチラホラと確認できる。幸い通路は塞がっていないようなので壁沿いに歩いていく。

骨は折れてなさそうだが、歩く度に体が痛くゆっくりとした移動しかできない。

歩き始めて数分後、瓦礫の山に直面する。もしかしたら本来は出口だったのかもしれない。

「ここからじゃ無理そう…。別の出口探さないと。」

少女ではなく、自分自身にそう話しかける。人が一人もいないのだから、すべての道が塞がっているわけではないと信じよう。

再び壁沿いに歩みを進める。朝からずっと使っていたせいかスマホもバッテリーが30%を切った。時々見える非常口への表示の明かりを頼りに出口を探し続ける。

本来そんな距離もないはずなのに、この状況のせいか長く歩いていると錯覚を覚える。

再び瓦礫の山を見た時には、疲労と不安が同時に押し寄せてきた。

もう出口はないのか。

もしかしたらこれは先程見たものと同じではないのか。

ここは救助が来るのを待つべきか。

そもそも救助は来てくれるのか。

もしや誰も自分たちがいないことに気づいていないのでは・・・。

嫌なことばかりが頭によぎり、立ち尽くしてしまう。

「おねえちゃん、、だいじょうぶ?」

隣から小さな声が聞こえてくる。きっとこの子の方がよほど不安なのにも関わらず、自分よりも私を心配してくれる。

「大丈夫だよ。ただちょっと疲れちゃったから休もうか。もしかしたら休んでる間に誰か来るかもしれないし。」

今はそれしかない。そう自分にも言い聞かせ、誰かが来ることを信じて待つ。

待っている間、沈黙では気落ちするばかりなのでユメちゃんと会話する。

「ユメちゃんは、いくつなの?」

「こんど、6さい になるの。」

 「そっか。じゃあもうすぐ小学生になるんだね。私なんて大学生どころかもう社会人だよ。今日はここに何しに来たの?」

 「おとうさんとランドセルかいにきた。」

 「そっか。じゃあ小学生に向けて準備しに来たんだね。こんなことになっちゃったけど。」

 「おねえちゃんは、なにしにきたの?」

 「私は友達と遊びに来たんだよ。ちょっと変わってるけど一応頼りになるお姉さんと、まだ知り合ったばかりだけど人助けが好きなお兄さんとね。」

 ふと、二人は大丈夫なのだろうかと考えてしまう。有紀も心配だし、裏瀬さんはフードの男と出会ってたようだから余計心配である。

 一瞬会話が途切れてしまったが、また会話に戻る。

 「ユメちゃんとお父さんはどんなお仕事してる人なの?」

 「おとうさんは、でんしゃで しごとしてる。」

 「電車ってことは運転手か駅の人ってことかな?そしたらいつも大変だね。」

 「いつもあさ、いなくて、かえりもおそいの。」

 「そっか、そしたら今日はお仕事お休みの日だったんだね。」

 「うん。でもいなくなっちゃった…。」

 「そうだね…。でもまたすぐに会えるからここでお姉さんと一緒に待ってようか。」

 今はとにかく耐えるしかない。瓦礫を動かそうにも力と人手が足りなすぎる。とにかく救助を、そう思った時暗闇の奥から何かが崩れる音が鳴る。

 体が一瞬跳ね上がり、音のなった方を警戒する。耳を澄ますと誰かがゆっくりと歩いてきている音が聞こえる。

 まさかまたあのフードの男が。そう思いユメちゃんの頭を抱え、息をひそめる。

 足音はゆっくりとこちらに進んでくる。鳴り響く足音が次第に大きくなってくる。いざとなったらスマホのライトで目くらましをしようと手に忍ばせる。

 音がどんどん近寄ってきて、ついに自分の近くまで来た瞬間。スマホのライトを相手にあてる。

 そこには、見慣れた男性の顔が目に映り込む。

 「裏瀬さん…!」

 「やっぱり取り残されてたか。その子も一緒でよかった、あの状況じゃはぐれている方が危険だから。」

 まさか知った人が助けに来るとは思わなかった驚きと、こんなにも早く頼りになる人が来るのかという安心感がある。

 思わず脱力しきった私に、裏瀬さんはまぶしそうな顔で話しかけてくる。

 「ライト下げてもらっていい…?」

 「あ、ごめんなさい…。よく私がまだここに残されているってわかりましたね。」

 「もしかしたらまだ飯沼さん残っているかもしれないと思ってね。この子を連れてった後に、見覚えのあるフードを被った奴がいて。ついていったら爆発が起きて、やり合う羽目に。挙句の果てには二階の通路から落とされて、結果助けに行くのが遅くなったけど。」

 「やっぱり、あいつに会ったんですね…。って二階から落とされたってそこそこな高さですけど、怪我とかはないんですか!?」

 ライトで当ててみると服が所々汚れ、焦げている部分もある。ズボンに若干穴も開いているが、とりあえず大きな外傷はなさそうだった。

 「わかっているとは思うけど、あれのおかげで多少頑丈でね。とにかくここから出ようか。」

 「そう、ですね。裏瀬さんはどこから来たんですか?出口らしき場所は見当たらなかったんですが。」

 「出入口は全部警察がいたから、裏の壁を破ってきた。」

 「え…。」

 思わず固まってしまったが、詳しくは脱出した後にしよう。

 「ユメちゃん、この人がさっき私が話した人助けが好きなお兄さんだよ。本当に助けに来るとは思ってたような、思っていなかったような~…。とりあえずこのお兄さんといれば出られるから安心してね。」

 若干おびえているようだが、不安というより緊張しているのだろう。私の後ろに隠れつつ裏瀬さんの方を覗いている。裏瀬さんはというと、どう接すればいいか困惑していた。

 変な空気が流れ、つい吹き出してしまった。

 「あははは。ごめんなさい、ちょっとおもしろくて。」

 裏瀬さんも若干照れくさかったようで頬を指で掻く。

 三人そろって裏瀬さんが来た方向へ向かうことにした。

 

 裏瀬さんが来たであろう方向に向かおうとしたが、突然裏瀬さんが明後日の方向に視線を向ける。

 「裏瀬さん、どうしたんですか?」

 「いや、今向こうから声が聞こえた気がして。」

 暗闇に耳を澄ますが、声のようなものは聞こえず、遠くからのヘリコプターのような音が聞こえるのみであった。

 「もしかして、救助の方とかですかね?」

 「だとしたら、足音ともっと人の声が聞こえるはず。」

 そう言い残し、近くのシャッターまで近づき軽々しく持ち上げる。すると中から誰か出てきた。

 「助かった…。」

 顔はよく見えないが、成人男性ということが声でわかる。

 「大丈夫ですか?」

 裏瀬さんが男性に声をかけるが、男はお礼を言うこともなく愚痴やら質問をしてくる。

 「こっちも暗いな。あんたら救助の人か?出口はどこだ?まったく、何分も閉じこめやがって…。」

 あまりの身勝手に腹を立てそうになるが、今はそれどころではないので一旦こらえよう。裏瀬さんは何事もなく淡々と話しかける。

 「ケガとかはなさそうですね。とりあえず向こうに俺が来た道があるのでそっちに行きましょう。」

 「なら早く、案内してくれ。俺は明日仕事だからな、早く帰って休みたい。」

 色々と腑に落ちない点があったが、脱出することが優先である。裏瀬さんの後ろに続こうと思ったが、本人は未だに進もうとしない。

 「裏瀬さん?早く出ましょう?」

 どこを見ているかはわからないが、自分たちが進もうとしている方向をずっと見たまま微動だにしない。もう一度声をかけようとした時、暗闇からの声でその答えを知る。

 「あー。運がいいなぁ、あんた。いや、あんたらか?どいつもこいつも運がいい…。」

 聞き覚えのある声。今のこの状況をもたらした元凶。目を凝らすと、顔は見えないがシルエットがあるのがわかる。

 後ろのサラリーマンには聞こえないような小声で裏瀬さんに話しかける。

 「裏瀬さんは、どうしましょう…。」

 「状況は最悪なのは確かだ。暗闇で足元は見えず、反対方向は塞がってる…。ここで戦うと3人に被害が及ぶ。ここは一旦、」

 「感動の再会だが、あいにく時間がないから手短に言っておくぜ」

 こちらの話を無理やり遮るように暗闇の奥から話かけてくる。

 「最後にとっておきの花火を用意したんぜぇ。あんたらも、せっかくだから楽しんでいってくれよ。」

 「まだやる気なのか。もう充分だろ。」

 「まぁ気持ち的には満たされているが、目的は果たさないといけないからな」

 「目的…。そういえば結局お前の目的は何だったんだ?」

 「一つは話した通り腑抜けた社会への宣戦布告。もう一つはお前を知ることだ。まぁ俺の目的ではないのかもしれねぇが。」

 意味深な言葉を口にしたが、考える暇も質問する暇もなく、相手から会話の終わりを告げる。

 「ということでな、さっさと最後の目的を果たすことにする。じゃあなヒーロー、また会えたら話しようぜ。」

  相手の会話が終わると同時に裏瀬さんが動きだしたのがわかった。

 私も咄嗟に理解し、少女を抱きかかえる。さらにその私と先程救助した男性を両脇に抱え、裏瀬さんが後ろ方向に向かって走り出す。

 数秒と経たず、オレンジ色の閃光と同時に爆音と爆風に襲われる。

 状況は振り出しどころか悪化した。

 先ほどの爆発により、出口は見失い、今自分たちがどこにいるかもわからず。

 先程まで明かりとして使っていたスマホも電池切れで、とにかく先が見えない。

 さらには爆発の光を見てしまったせいか、残光により歩き出すにはもう少々時間がかかりそうだ。

 「今確認してきたが、向こうはまだ瓦礫に埋もれてなく進めそうだ。」

 暗闇の中、唯一動くことができる裏瀬さんが戻ってきた。

 「出口は?」

 サラリーマンの男性が尋ねるが、沈黙が返ってくる。

 「とりあえず、全員が動けるようになったら先まで進んでみよう。ここも崩れないとは限らない。」

 「なんだよ、まだ出れないのかよ…」

 悪態をつくサラリーマンは無視して、隣にいるであろうユメちゃんに声をかける。

 「大丈夫?怖くない?」

 「だいじょうぶ…」

 「その子は俺が背を行こう。足場も悪いから。」

 裏瀬さんが女の子を背中におんぶしたようなので、自分もサラリーマンも立ち上がる。

 目は未だ慣れないが、先を歩く裏瀬さんとユメちゃんの後ろ姿を頼りに前へと進むが、足場が悪すぎて、中々簡単に進めない。

 歩き始めて1、2分くらいたった時に前を歩いていた裏瀬さんが止まる。

 「行き止まりのようだ。」

 「おい、嘘だろ?ここまで歩いてきて、行き止まりはないだろ!」

 前を覗くように見ると、暗闇ではなく、瓦礫のようなものが積みあがっているのがわかった。

 「引き返し…ますか…?」

 「来た道を戻っても意味がないだろ…もう何なんだよ…」

 サラリーマンの男が項垂れながら座り込む。

 「飯沼さん、この子をお願い。あと少し離れていて。」

 そう言いおんぶしていたユメちゃんを預けてくるので、言われるがままに受け取り、離れる。なんとなくではあるが背中のシルエットが見える。

 目の前の瓦礫に向かって身構える背中。静寂のせいか、集中するための深呼吸のみが聞こえる。静かに見守り、その時を待つ。

 呼吸の音が止まると同時にかすかに見えていた背中が動き出す。瓦礫に向かい大きく拳を突き立てる。

 瞬間、目の前にあったであろう瓦礫が吹き飛んだ。まさに息をのむ暇もない出来ことである。

 先程よりも少しだけ視界が見えるようになったが、残念なことに出口ではなかった。先程の通ってきた道とは違い、ちょっとした広場に出たようだ。

 「道ができたと思えば、まだ出口じゃないのかよ…」

 サラリーマンの男性が相変わらずの悪態をつくが無視をしようとしたが、突然近くから聞きなれない声で話しかけられる。

 「ねぇ、救助の人?私たち助かる?」

 聞きなれない女性の声に驚くが、さらに他からも聞こえてくる。

 「救助、やっと来たのか?おーい、こっちもいるぞ」

 「これでやっと出れるのね…」

 「あぁ、助かった…のか…?」

 人数はそこまで多くはなさそうだが、聞こえる声だけでも3人以上いることは確かである。

 「すみません、私たちは救助の人じゃないんですけど…。」

 「そう…、なんかすごい音が聞こえたからやっと救助の人が来てくれたのかと思ったわ…」

 勝手に期待され、勝手に落胆されてしまった。それでも変わらぬ口調で裏瀬さんは質問を投げかける。

 「今ここに何人くらいいるんですか?」

 「暗くて確認なんてできてないわよ。私とここにうちの子がいることは確かね。」

 「こっちに俺1人。」

「こっちは2人いる。」

「私もいます…」

一人か細い声の主がいるようだが、この場に6人、私たちを合わせて10人いるということが分かった。

「飯沼さん、この場所どこかわかる?どっちの方向が外に近いか」

「暗くてよくわからないんですけど、多分通路前の広場になると思います。どっちが外に近いかはちょっとわからないです…」

「ありがとう。とりあえず通路と反対側に行けば大丈夫そうってことか。」

なんとなくは思っていたが、多分先程と同じ要領で出口をとしているようだ。ただ懸念すべき点があるとすれば…

「すみません、そしたら皆さん一旦…」

裏瀬さんが言葉を発したと同時に、地響きのような音が聞こえてきた。その場にいる全員が何の音かを理解すると同時に、天井が崩れ落ちてくる。


さすがに悪運尽きたかと思ったが、突如体が前へと突き飛ばされる。天井が崩れる音とただでさえ視界が悪いのに土煙がたち、何が起きたか把握できない。

ただ一つだけ、先程まで隣にいたであろう裏瀬さんがいないことだけはすぐに理解できた。

「裏瀬さん…?」

名前を呼んでもただ崩れ落ちる石の音だけが聞こえてくるだけであった。

 誤算だった。瓦礫で崩れている通路を無理やりこじ開けたのならば、再び崩れること考えるべきであった。

 近くにいたあのサラリーマンと飯沼さんとあの女の子を守ろうと突き飛ばしたが、自分の体制を悪くし、その上に瓦礫が降ってきたためうつ伏せ状態のまま埋もれてしまった。

 起き上がろうとするも、力は入らず。背中の上に載っている瓦礫が大きいせいか少しづつ呼吸も苦しくなっていく。

とりあえず、あの三人は無事なのだろうか。同じように埋もれてしまっていないだろうか。瓦礫に埋もれながらも裏瀬は考える。自分の危険よりも、3人の安否を。

 仮に埋まってしまっているのだとしたら何とかここから抜け出さなければ…

 そう思いながらも、意識はだんだん遠のいていく。遠くから誰かが自分の名前を呼ばれた気がしたが…

 かすかなうめき声をひねり出したが、それと同時に目の前が真っ暗になった。


 懐かしい光景が目の前に広がる。横に並ぶ学ラン姿の二人。隣に大きな川が流れ、まさに絵に描いたような青春の記憶。まだ自分が能力に目覚めていない頃。

 これが死ぬ前の走馬灯なのかもしれないと理解しながらも、歩み続ける。

 ともに歩いている二人は同級生。

左には背が自分よりも高く、髪の毛が茶髪な男。名前は芦屋(あしや)といい、クラスが一緒になった時に席が近く、何も悪気もなく陽気に話しかけてきたことがきっかけで仲良くなった。

芦屋の隣にいるもう一人の男。名前は森(もり)といい、芦屋とは正反対の物静かな男である。オリエンテーションの泊まりの部屋が一緒で、芦屋が無理やり話しかけて喧嘩になりかけたが、気付けば仲のいい3人組になっていた。

この日は三寒四温の季節で、もう冬が始まろうというくらい寒い日だったのを覚えている。

「いや~、寒い寒い。寒い季節になってきたということは、いよいよ期末テストの時期の到来ですな~」

「あと少しで12月なんだからそうだろ。」

「別に日付だろうと、季節だろうがなんでもいいでしょ。ちなみに二人は前回赤点は…って学年トップ5の森くんはないか。」

「そうだな。学年3位に赤点一つでもあったのなら、この学園は終わってるだろ。」

「さすが、森くん!トップは学園の行く末も気に掛けるとは、寛大だね~。」

「誰も学園の行く末の話まではしてない。」

二人のやりとりを懐かしく眺める。すると二人が珍しいものを見るかのような顔で見てくる。

「裏瀬、どうした?今日はやけに静かだな。」

「やっぱお昼に食べた3日前の賞味期限切れのパンはダメだったか…」

「いや!なんてもの食わせてんだ、てめぇ!」

つい童心に戻りツッコミを入れてしまった。しかし二人は安心したように笑っている。つい自分もそれにつられて笑ってしまう。

「裏瀬、お前確か中間の時、数学赤点ギリギリじゃなかったか?」

「2次関数とか意味不明すぎるだろ。あれが社会の役に立つとはとても思えん。」

「えぇ!全くをもって同感!古典も学んで何になるのかねー。履歴書を古文で記せ、なんて来る日があるのなら別ですが。」

「お前ら…屁理屈はいいが、赤点取って留年は響くからな…」

「「へーい。」」

いつもこんな感じに下らない話をしながら3人で駅まで帰るのが日課である。時には夜に見ていたテレビの話、時には学校内の人の噂、時にはハマっているゲームの話など。他愛もない話を馬鹿みたいに3人で歩いて帰るのが楽しみでもあった。

そんな楽しい日課の中に、非日常が入れ混じる。

「なぁ、あの橋の上、見えるか?」

突然、森が真剣な面持ちでお話しかけてくる。確かに50mくらい先に橋はあるが。

「電車が通る橋のことか?見えるがどうした?」

「誰か立ってないか?」

人や車が向こう岸に渡る橋は、その奥にあるので人がいるのはおかしいことではある。ただ普通に線路の点検をしているということも考えられなくはないだろう。

「俺にはよく見えないが、芦屋は見えるか?」

「いや~全然。線路の点検とかする人じゃないか?たまに昼間の明るい時間にやってる人とかいるじゃん?」

「そうであればいいが…。俺の見間違いじゃなければ、橋の脇に立っているように見えて。」

電車をよけるのにわざわざ脇まで立つ必要はないだろう。

真相を確かめるべく、橋の上を見つめながら段々と早足になっていく。徐々に橋の上がはっきりと見えるようになり、答えが明らかになる。

「こども?か?」

自分の目を疑うような光景である。自分たちよりも背が低い小学生くらいの子供が、立ち入りすることができない橋の真ん中にいるのである。

「本当だ。あんなところで何してんだ?」

3人で何とか行ける場所を探そうとしていると、少年がこちらに気づいたようで突然狼狽える。

「危ない!転落するぞ」

「まずいな、下が川とはいえ死ぬぞ」

二人が声を上げて少年に呼びかけるが、逆効果だったか余計慌ただしくなる。

危険を承知で橋の上に、と思ったがその思いは届かず、少年は足を踏み外し川へと落ちていく。

瞬間、2人よりも誰よりも先に迷うことなく川へと飛び込む。

正直泳ぎに自信はなかったが、そんなことはお構いなしに必死の思いで少年が落ちたところまで泳ぐ。

川は濁っており視界が悪く、先が見えない。流れはそこまで早くはないが中央の流れはそこそこ早い。

必死に泳ぎ少年が落ちた辺りまで来たが、見当たらない。このままでは少年の命がと思い必死に探す。

「裏瀬!左だ!」

先ほどいた堤防の上から森が指を指している。指している方向に必死に泳ぐと少年がいた。

意識がないのかピクリとも動かない。少年を抱え岸へ向かう。

川の端まで決死の思いでたどり着くと、二人が手を差し伸べ、少年と自分を引き上げる。

「裏瀬大丈夫か?とりあえず警察と救急車呼んどいたぞ。」

「あぁ俺は大丈夫だ、あの子は?」

隣を見ると森が心臓マッサージをしており、深刻な状況かと思ったがすぐに少年が水を吐き出し、咳き込む。

3人が同時に安堵する。遠くの方から一部始終を見ていたのか年を取ったお爺さんが声を慌てた様子でかけてくる。

「あんあたら大丈夫か?いきなり飛び込むからびっくりしたよ。」

泳ぐのに疲れて苦笑いしか返答ができなかったが、代わりに芦屋が返答してくれる。

「いや、ほんとびっくりですよ。この子は落ちるわ、隣にいた友人は突然消えるわで、大変ですよ。」

そんな話をしていると遠くからサイレンの音が聞こえてくる。多分芦屋が読んだ救急車が来たのだろう。

これで一安心かと思った時に、少年が口を開く。

「助けてくれて…。ありがとう…。」

小さな声であったが、これ以上必要のない言葉であった。

「何があったか聞かないが。今の俺たちにできることはー…こうやって物理的に助けることしかできないけど。必要な時は気軽に頼ってくれ。」

少年はその後来た救急車に搬送されていったが、自分たちは警察に事情聴取をされた。気が付けば日ももう沈みかけている。

「長かった~。まさかあんなことが目の前で起きるとはな~」

「あぁ、あの子何ともないといいが。」

「そうだな…。」

「どうした裏瀬?さすがに疲れたか?」

物珍しそうに芦屋が顔を覗いてくる。

「いや、疲れたというわけじゃなく。ただもしあの子が救えていなかった時、どうだったんだろうなって思って。もし救えていなかったら、多分今の自分を許せないだろうと思ってさ。」

空気が若干重くなる。いつも陽気な芦屋もこれには少し思うところがあったらしい。

「だから、人を助けるための能力が欲しいなって…。」

つい口から出た本音。助ける力さえあれば、心配事も、もっと多くの人を助けることができると思った。

しかし、それまで沈黙だった二人から突如笑いが吹き出す。

「あははは!いやー裏瀬、面白いこと言うねー」

「裏瀬、あまりにも非現実的な発想だな(笑)。」

「そんなに笑うことか?」

笑う二人を見て若干恥ずかしくなる自分がいるが、本心に変わりはない。いつか本当にそんな日が来ればいいと…。

「さ、帰る前に将来のヒーローを祝し、アイスでも食べていきますか。」

「じゃあ芦屋のおごりな。」

「ゴチになります。」

「いや、みんな自腹よ?」

再び青春が戻ったようにくだらない話をしながら歩き始める。

懐かしい記憶。初めて救った人の記憶を振り返る。

 「裏瀬さん!返事を、返事をしてください!」

 瓦礫が崩れてから、何分経ったか。私たちと引き換えに自ら瓦礫の下敷きになった彼を必死になって探すが、返事どころか暗くてどこにいるかもわからない。

 大丈夫だと信じたいが、昼に出会ったあの女性の占いが脳裏から離れない。

 (もしもあの占いが当たるとなると、それはつまり裏瀬さんが…。)

 時間が経つにつれ、疲れもあってか動きが鈍くなる。もう手遅れなのか。

 「まだ、それでも…!」

 たとえ占いが当たっていようが、いないが関係ない。今はとにかく裏瀬さんを見つけることが、自分が今できることを精一杯やることである。必死に瓦礫を退かしながら、名前を呼び続ける。

 「おい、いい加減諦めろよ。もう無理だろ。」

 耳を疑うような言葉が後ろから聞こえてくる。先程からあぐらをかき、じっと座っているサラリーマンの男性からであった。

 「今…なんて言いましたか…?」

 「もう諦めろって言ってんだ。どう考えても体力の無駄だろ。暗闇でよく見えないし、救助隊でもないんだ。」

 聞き間違いかと思ったが、そんなことはなかった。動かしていた手を止め、声のする方へと向く。

 「今頑張れば助かるかもしれないのですよ…?」

 「聞き分けが悪いな、何度言えばわかるんだ!無駄なことをするなって言ってんだよ。」

 「無駄なんか…じゃないです。まだ助かるかもしれないじゃないですか…」

 「助かったところでなんだ?一人増えたってここから出れるわけがない。それに仮に救えたとして、また崩れてきたらどうする?俺たちまで生き埋めだろう。」

 「私たちまで、巻き添えにする気?こっちは子供がいるのよ?」

 男の言葉に便乗するように、女性もこちらに向かって言ってくる。さらにその言葉が伝染し他からも声が上がる。

 「私たちまだ死にたくない…。」

 「俺だって子供と妻が待ってんだ。悪いが、一緒に生き埋めだけは勘弁してくれ。」

 「な?これが答えだ。わかったら大人しく救助を待ってろ。」

 確かにこの男の言葉を信じるのなら正しいのだろう。生きているかわからない上に、自分たちの身の危険を考えれば。一人の犠牲で多くの人が助かるのならば。しかし。

 「…誰が…たす…です…?」

 「あ?」

「誰が…彼を…助けるんですか?」

「そんなの救助の人に決まってるだろ。」

「じゃあ、救助の人はいつ来るんですか?」

「そんなの知るか。むしろこっちが知りたいくらいだ」

「じゃあ!救助の人がもし遅くて、今助ければ助かるかもしれないのに見捨てて!自分たちは助かって、のうのうと生きていけってことですか!」

「…」

小さな空間に自分の声だけが響き渡る。

「あの時、裏瀬さんが助けてくれなかったら、死んでいたのは自分たちかもしれないのに。自分たちは何もせず、ただただ見殺しにして…。彼は…裏瀬さんは誰が救うんですか…。いつ救われるんですか…。」

沈黙が流れる。先程まで反論していたサラリーマンの男性も何も言ってこない。

「ヒーローを救っちゃいけないんですか…」

思わず涙が零れてしまう。何もできない自分が悔しかった。あまりに無力で、正論を言われて感情論で返してしまい、挙句に泣くことしかできない自分が情けなく、悔しかった。

こうしている間になんだかんだで裏瀬さんが起き上がってきてくれるのではないか。

救助隊が来て助けてくれるのではないかと、他人の力ばかりに期待する自分がいて、無性に腹が立った。

彼らの言い分は正しい。自分には何もできない。今の自分はただ泣くことしか…。

沈黙が続く中、一人の男が近づいて話しかけてくる。

「すみません…。一つお聞きしてもいいですか?」

「はい…。」

男性に向かい、涙ながらも頷き返答をする。

「ウラセさんというのは、もしかして裏瀬 正さんですか?」

予想外の質問に驚き、目を見開く。裏瀬さんの本名を知っているということ知り合いなのだろうか。自分が驚いている顔をしているのがわかったのか、向こうから事情を話始めてきた。

「実は私、つい先日電車に飛び込もうとした時に彼に救ってもらった人でして。」

 忘れもしない、初めて裏瀬さんと出会った日。確かに男性を助けていたのを覚えているが、まさかこんなところにいるとは思っていなかった。黙って驚いている私にかまわず、男は話を続ける。

 「助けられた後、会社を退職しまして。どうしようか悩んでふらふらしていたのですが、ちょうど事件が起こって私も彼のように人を助けられにかと思い、意気揚々と来たのはいいものの…。何もできずに落ち込んでいました。

けど、今のあなたの言葉ではっきりとわかりました。全員は救えないかもしれないですが、彼だけは救わないと、それが私の守りたいものなので。」

あまりの熱弁に涙も止まっていたが、感激のあまりまた涙が出そうになる。

 思わぬ形での出会いではあるが、今ほど頼りになる存在に間違いはない。さらに思わぬところから賛同の声が上がる。

 「僕も助けるの手伝う!トラックで引かれそうになった時に助けてくれたお兄ちゃんのようになりたい!」

 「わたしもお兄ちゃんたすけるの手伝う…」

 そう言いながら小さな子供二人がそばに寄ってきてくれる。

 「みんな…ありがとう…。そしたら裏瀬さんを助け出しましょう。」

 先ほどまで不安だった思いが嘘そのように、希望に満ちている。まだ今からでも助けられると。

 大人2人と子供2人。この場にいる人の数としては半々ではあるが。大きな一歩には違いない。再び瓦礫を退ける作業に取り掛かる。

 とはいえ、大人二人のうち男性は一人。瓦礫は大小さまざまだが、さすがにこのペースでは遅すぎる。そう思いながらも地道に手を動かす中、後ろから若い男女の声が聞こえる。

 「私たちも手伝います。」

 「ただ座っていても何も始まらないし。もし崩れたらどの道全員道ずれだろうから。」

 さらにその隣でほかの声も聞こえる。

 「そんな持ち方じゃ腰悪くするぞ。もっとこうやって腰を落としてだな…」

 「ハルト、そっちは危ないからこっちの細かいのを退かしなさい。こっちはお母さんがやるから」

 気が付けば、サラリーマンの男性以外全員参加している。再び涙腺が緩むがこらえ、代わりに笑みがこぼれる。

 「皆さん、本当にありがとうございます…。」

 自分たちの絶望的な状況に変わりはないが、たった1人のために7人の人が動いている。希望となるヒーローを助けるために。

 夢なのか。それとも死ぬ直前なのか。まだ懐かしい光景を見る。

 今度は、目の前に兄貴がいた。まだ生きている頃の記憶なのだろう。

 兄貴とは5つほど年が離れており、幼少期の頃はよく喧嘩もした。だがなんだかんだ面倒見もよく、ごく一般的な兄弟だったと思う。

そんな兄貴は、1年前に亡くなった。最後に会った時の状況は未だに頭にこびりついているくらい鮮明に覚えている。

今見ている光景は、兄貴が無くなる前の日の光景。兄貴が一つの事件に巻き込まれ、一人で解決しようとしていた兄貴を止めようと話し合った日。

「兄貴、これ以上一人で動くのはやめよう。警察にこれまでの証拠を出せばきっと…!」

「正、これは俺の問題だ。警察に見せたところで俺が逮捕されるだけだ。犯人を捕まえ、無実を証明できない限り俺に勝ち目はない。」

「俺は兄貴を信じてる…。けど…今や警察も探してる中、犯人も……あいつからも命を狙われているから心配なんじゃないか…」

「はは、俺は人気ものだな。」

「冗談を言ってる場合じゃない!」

思わず感情が爆発してしまった。兄貴はいつも肝心な時に笑ってごまかそうとする。

「正、どんな状況でも最後に笑える奴は、本当に強い証拠なのさ。」

そういいながら、背中を向け出かけようとする。これが俺の中で記憶に残っている、兄貴との最後の言葉。

そう思い最後まで背中を見届けようとすると、突然振り向いてきた。これは記憶にはない行動である。

予期せぬ行動に驚きを隠せない自分を見て、兄貴が話しかけてくる。

「正。いいか、忘れるな。」

 「何を?」

 「お前が守りたいものを。」

病院で見た時と同じやり取り。あぁ、そうか自分の死期が近づいてきたのだと実感する。

「俺の守りたいものは、あの時から変わってないよ。」

「そうか。絶対に、曲げるなよ。折れるなよ。」

「あぁ…。けど…もう…。」

もう守ることはできないかもしれない。何故ならもうすぐそっちにいくのだから。

つい俯いてしまう。流石に夢の中で兄貴にそっちにいくとは言えなかった。

「何落ち込んでんだ、馬鹿野郎。折れるなっていったばかりだろうが。」

叱咤激励に驚き、顔を上げる。兄貴が笑顔でこちらを見ている。

「お前が諦めてどうする?まだ向こうは諦めてないぞ。」

そう言われた途端に遠くの方から、自分の名前を呼ぶ声が聞こえる。1人…2人、もっといる。

「正。お前は、俺とは違う。誰かに必要とされているんだ。だから。」

少しづつ、兄貴の顔が見えなくなっていく。また別れの時が来たらしい。

「お前は、最後まで守り抜けよ。」

目の前が真っ白になる。眩しくて目を閉じてしまうが、同時に声が聞こえてくる。


「う…せ…さん…。裏s…さん!裏瀬さん!」

目を開けると、自分は仰向けになっており、数人に囲まれていた。

安堵の表情を浮かべる人達に囲まれる中、一人だけ今にも泣きそうな顔で覗いてくる女性が一人。

「裏瀬さん。本当に…生きててよかった…」

「ごめん。心配かけさせちゃって。そして、助けてくれてありがとう。皆さんもありがとうございます。」

「どういたしまして!」

小さな男の子が元気のよい返事をくれた。予期せぬ返事に一瞬驚いたが、すぐに誰かの笑い声が聞こえ、それにつられるように全員が笑い出す。

自分がどのくらい気を失っていたかはわからないが、先程までとは周りの空気も異なり、全員が一丸となっているように感じ取れる。一人だけ奥の方に座っているサラリーマンの男性を除いてではあるが。

とにかく明るい雰囲気なのはいいことだ。あとはここから全員無事に脱出することが最後の課題であるのだが、意外とダメージが蓄積しているせいか中々体を起こすことができない。

「裏瀬さん、無理に起き上がらなくても。」

「いや、早くここから出ないと…!また崩れてきてもおかしくない。」

「そうなった時は、もう諦めるしかないでしょう。救助が間に合わなければ結果は変わらないのですから。」

飯沼さんの隣にいた男性が起き上がろうとする自分に話しかけてきた。聞き覚えのある声だが思い出せず、若干困惑した顔をしているのがわかったのか向こうから自己紹介をしてきた。

「私は遠藤と申します。先日、電車に飛び込むところを助けていただいたものです。」

「あぁ、どうりで聞き覚えがあると。こんな形で再会するとは。」

「えぇ、世界は狭いです。とにかく今は救助を…」

救助を待つしかと言いかけたのだろうが、この建物自体が待ってくれないらしい。地響きのような嫌な音と小さな石が天井から降ってくる。

「どうやら救助は間に合いそうにないですね…」

隣にいた遠藤という男性が死期を悟ったかのようにつぶやく。周りもその言葉に同調するように諦めた雰囲気が漂う。

一緒になって諦めるのも悪くはないが、それでは助けてもらった意味もここにいる意味もないだろう。

自分の奥底に残っている気力を振り絞り、両足に力を入れ、立ち上がる。

 最初は壁を破壊して脱出しようかと考えていたが、天井が崩れてしまっては元も子もない。ならば残る方法はただ一つ。

 全神経を右腕に集中する。息を深く吸い、ゆっくりと吐き出す。

地響きの音が大きくなってくる。

腰を捻りながら落とし、右腕を構える。

天井に大きな亀裂が入る。

焦らず、ただ一点へと集中する。

大きな音とともに天井が崩壊を始める。

同時に息を止め、腹に力を入れ、構えた右腕を大きく上に突き上げる。


瞬間、音が消え、崩れてきた瓦礫が消え、雲一つない夜空が広がっていた。

死期を悟っていた人々は唖然とし、その中心には右腕を真っ直ぐ宙に向かって伸ばしている「ヒーロー」の姿があった。

 「すごい…」

 あまりの光景に思わず言葉が漏れる。

 つい数秒前まで薄暗くコンクリートに囲まれた閉鎖空間が、たった一瞬にして、明るく遠くまで広がる夜空に変わった。

 そんな目を疑う光景の中、中央に一人右腕を高らかに上げて佇むその姿は、まさにヒーローであった。

 先ほどまで死を悟った人たちは、あまりの光景に唖然としていた。

 「一体…何が起こったんだ…?」

 誰か呟いたのが聞こえたが、正直自分にもあまり理解できていない。

 わかることは今目の前に立っている裏瀬さんが守ってくれたということだけである。

 話を聞きたいところではあるが、体力の限界だったのか当の本人は跪くように座り込む。慌てて近くまで駆け寄り声をかける。

 「裏瀬さん、大丈夫ですか?」

 「大丈夫と言いたいけど、流石に疲れた。少し横になりたい…」

 そう言い残し、眠ってしまった。目立った外傷もなく、呼吸もしているので問題ないとは思いたいが、少し心配である。

早く病院にとも思ったが、肝心のスマホは電池切れであった。

「救急車ならきっと近くにいるだろうから、俺が担いで連れていく…」

若干慌てた自分姿を見てか、サラリーマンの男性が話しかけてきた。

「あ、ありがとうございます…」

「いや、むしろ俺が礼を言うべきなんだろう…。この男を助けたところで状況は変わらないし、どの道助からないと思ってた。けど、あの場にいた俺以外の人が諦めず助けた結果、俺が思ってたこと全部真逆になった。」

サラリーマンの男性は、話しながら裏瀬さんの腕を肩に回し担ぐ。

「俺も少しは考えを改めないとな。希望を持ち、人を頼れるように」

最後の言葉は私というよりも、自分に向けての言葉だったのだろう。周りの人も我に返りはじめ、立ち上がり瓦礫だらけの足場から移動を始める。

最後近くにいたはずの遠藤さんは、いつの間にか警察や救急隊員を探していたらしく、少し先の方で助けを呼んでいた。それに気づいた警察官と救助隊が大世帯でこちらに向かってくる。

向かってくる人の中には、見覚えのある顔のある人が一人二人おり、向こうもこちらに気づいたようだ。小倉警部補がこちらに向かってきた。

「君の友達から聞いたときは耳を疑ったけど、まさか君たちまた事件に巻き込まれていたとは。ケガは大丈夫そうかい?」

「私はそこまで。裏瀬さん、いや、皆さんがいたおかげで何とかなりました。」

「そうか。とりあえず、ケガはなさそうだけど一応救急車に。林!一般の方に手を煩わせるな!さっさとタンカー持ってこい!」

遠くの方で元気のよい返事が聞こえてきて、すぐにタンカーをもった救助隊が駆けつけてきた。

「飯沼さんは、本当に大丈夫かい?無理せずタンカーなり、女性の救助隊を連れてくるよ?」

「私は大丈夫です。自分の足で救急車まで歩きます。それよりも。」

迷子だったユメちゃんが気になってしょうがない。両親を探さなければ。

「あそこにいる女の子なんですが、迷子だったんです。両親を探さないと。」

「それはこちらで引き受けよう。ここからじゃわからないかもしれないが、向こうはマスコミやら見物客、怪我人で探すのは簡単じゃないからね。」

こちらを見る視線に気が付いたのか、少女かこちらに近寄ってくる。だいぶ元気を取り戻しつつあるようだ。

「お兄ちゃん、かっこよかった!」

「そうだね。お兄さんちょっと疲れて眠っちゃったけど。あとはユメちゃんのお父さん探さないとね。」

「うん!」

「動ける方は足元に気を付けながら誘導員に従って救急車に向かってください!歩けない方は無理せず、声をかけてください!それじゃ、君たちも。」

小倉警部補は周りの人たちを誘導とユメちゃんの親を探しに、現場に戻っていった。

再び少女の手を握り、自分たちも小倉警部補の後を追うように歩き始める。

救急車と消防車だけでも10台以上あり、その奥にはライブ会場のような恐ろしいほどの人混みがあり、想像以上であった。

すぐに救急隊員の人が救急車まで誘導してくれたが、救急車の中からでもだいぶ騒がしいのが伝わってくる。

絆創膏やシップは何箇所か貼ってもらうことになったが、あんな出来事にも関わらず大きなケガがなかったのは何よりであった。

未だ生きている実感が湧かず、放心状態であったが救急車の後ろのドアが開き、小倉警部補と有紀、ともう一人中年の男性がいた。

有紀とはたった数時間前までいたはずなのに、久々に再会した気分になる。

「華~~~!!よかったよ、無事で~~~。」

泣きべそをかきながら勢いよく抱きついてくる。普段なら嫌がるが、今日は許そう。

「お父さん!」

隣にいたユメちゃんが立ち上がり、ドアにいた中年の男性に駆け足で向かう。中年の男性も近づき、少女を抱きかかえる。

「ユメ!ごめんな…、目を離したばかりに…。」

「ううん。お兄ちゃんとあのお姉ちゃんがたすけてくれたの!」

「そうか。うちの娘を助けてくださりありがとうございます。お兄さんというのは…」

中年の男性は少しあたりを見渡すが、隣にいた小倉警部補が補足をする。

「今病院に搬送されています。目立った外傷はなく一応検査はしますが、疲労がたまって眠っているだけと報告を聞いてます。」

「そうですか。では、今度ぜひお礼をとお伝えいただければ。娘はこの後病院に?」

「娘さんはもう大丈夫です。彼には私からお礼をお伝えしておきます。」

「ありがとうございます。ユメ、お姉さんにお礼して帰ろうか。」

「うん!お姉ちゃんありがとう!」

少女は手を振り、お父さんは深くお辞儀をして去っていく。

「どうしたの?あの子に何か言い忘れたことでもあるの?」

 抱きついたままの有紀がこちらの顔を見上げながら聞いてくる。相変わらず妙に感がいい。

 「何でもないよ。」

 まさか、あの子と父親があの時に駅員とは思わなかった。世の中は意外と狭いのかもしれない。

 「私たちも帰ろうか。」

 「そうね。お母さんも心配してるだろうし。」

 「では、また車で家まで送ろう。私はまだ現場にいなきゃいけないので、代わりの者で申し訳ないが。あと、飯沼さんは明日一応病院で検査を受けてね。彼と同じ病院で、またこの前と同じように事情を聞かせてもらうよ。」

 「やった!電車今頃混んでだったから、ありがたいです!」

 「ありがとうございます。有紀も明日一緒に来てね。」

 えー、と嫌がるようなリアクションをしてくるが、どの道ついてくるのはわかっている。またこうして友達と歩ける日々に戻ることができると思い、少し頬が緩むがバレないように隠す。

長い一日はついに終わった。

何人かの人に出会い、多くの困難があった。一人では解決することすらできなかったが、一人一人の力により解決することができた。

ただ解決できていない課題もある。きっといつかは解決しなければならない時が来るかもしれないが、きっとその時も力を合わせて解決していける。なぜかそんな気がした。

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