第3話 事件

 有紀と別れ家に帰宅する。

 リビングには母がテレビを見ている。

 「おかえり。昨日のことテレビでやってるよ。」

 「ただいま。事件のこと?」

 そういわれテレビに目を向ける。ちょうど爆発したロッカーが映し出されていた。

 『昨日、新宿駅にて爆破事件が起き、1名が軽い怪我をしました。

  当日、新宿駅に爆破予告のSNSが上がったことが話題になり、警察による警備を固めていたところ、ロッカーが爆発。近くにいた男性1名が軽傷を負いました。

  現在、この爆発は予告を出した人物と同一と判断し調査を進めているとのことです。』

映像はちょうど爆発のあったロッカーが映されていた。今までテレビで起きていた事件は自分とは無縁だと思っていたが、その場にいた当事者だとこうも変わるのかと感じた。

「ちょうど、華が出かけた後にどこかのテレビ局の人が取材に来たのよ。お断りしたけど、ほんとどこから情報を得てくるのかね…。」

「えぇ…、個人情報漏えいしてるんじゃ…。」

よくよく思い出すと警察に事情聴取をされている時にはすでにテレビ局らしき人がいたので、そこから追跡するなりしてきたのだろう。

しかし、報道というのはずいぶん脚色されているのだと思った。

確かに裏瀬さんは軽傷を負ったが、近くにいたのではなく私たちを守るために飛び込んで行ったのである。更にロッカーが爆発したのではなく、裏瀬さんがロッカーに押し込んだものが爆発したこと。

これではまるで警備が甘かった警察のせいで怪我人が出ましたといっているように聞こえる。

このニュースを聞いて小倉警部補や裏瀬さんはどう思うのやら。

これ以上ニュースを聞いていると苛立ちそうなので風呂に入ることにした。

風呂から上がるとニュースは終わっており、仰天番組が移っていた。左上の字幕を見ると『世界の謎の飛行物体!?』と書かれている。

写っているのは誰かが撮影したであろう動画が流れており、手ぶれのひどい映像が空を映し「未確認飛行物体だ!」っと騒いでいる。

テレビに釘付けになっている私に母が声をかけてくる。

「あら?珍しいのね。普段はこんな番組見向きもしないのに。」

「え?う~ん、ちょっとおもしろいな~って。」

少し前までならCGで作ったものであろうと馬鹿にしていたが、今の自分は能力者の存在のせいでありえなくないのかもと思ってしまう。

能力者の存在が明らかになるだけで、こうもモノの見方が変わってしまうとは。

そんなことを思いつつ部屋に戻る。

今度の休みは有紀と裏瀬さんと出かけるのだから、何を着ていくのか迷う。

そしてあることに気づく。

「裏瀬さんの連絡先、知らないな…。」

何ということでしょう。まさかと思い有紀に連絡してみる。

『知らん。』

っと即答。これは明日また病院に面会かなと思いつつ寝ることにした。

 夢を見た。

 懐かしい声が聞こえる。兄の声である。

 自分の名前を呼んでいる。

 「正。いいか忘れるな。」

 「何を?」

 「お前が守りたいものを。」

 そういわれ目が覚める。時刻は深夜2時。

 昨日より寝ている病室のベッドの上であった。

 体は健康そのものなのだが、経過観察が必要らしいので明日までの入院とのことらしい。

 しかし、なぜ兄貴の夢を見たのか。何か能力と関係あるのだろうか。

 兄貴は少し前に他界した。俺が能力を得て少し経った時に。

 その時初めて、他の能力者にあった。自分の能力を信じていなかったが、他にも似たような奴がいることで実感をした。

 そして能力を持っているからといって、同じ考えをもっているとは限らないことを知った。敵対する可能性もあるということを。

 そんなことを思い出していると扉の前に誰かいる気配に気づく。

 身体を起こすと同時に看護師が部屋に入ってきた。

 「あら、起こしてしまいましたか?」

 「いえ、ちょっと前に目が覚めてしまったので。」

 「ベッドが変わると寝れないですか?」

 「そうですね。」

 普通な会話をしながら近づいてくる看護師。

 「私には気にせず、眠っていていいですよ?」

 自分のベッドの近くまで来てこちらを見てくる。口元はマスクをしているせいで見えないが、目は相当にこやかにしている。

 「そうですか。」

 「はい。それとも何かいりますか?」

 ずっとこちらをニコニコしながら見てくる看護師。

 「なら。」

 「はい?」

 「その隠している注射器を捨ててもらって、いいか。」

 次の瞬間。看護師が隠し持っていた注射器を勢いよく振り下ろしてくる。

 こちらもすぐにベッドから落ちるように横に転がり、体制を立て直す。

 ベッドを挟み看護師と向かい合わせの状態となった。

 「勘がいいんですね。忍び込んだ意味がなくなりましたよ。」

 「どこの誰だか知らないが、運がないな。」

 そういいながら、左手に持ったナースコールのボタンを押す。

 ドアから入ってくる前にナースコールのボタンを隠し持っていたのが吉と出た。そしてボタンのコードが長くて良かった。

 それを見た看護師の格好をした侵入者は、ドアの方へ走って行き逃げていった。さすがに窓に飛び込んで逃げる勇気はなかったのだろう。

 能力が使えれば相手を捕まえることができたのだが、やはり使うことが出来なかった。

 自分が能力者になってから気づいたことがあった。

 能力には条件が付きまとうことである。

 出会った奴もそうだが、能力には使用するのに条件が必要となる。

 俺の場合、「自分以外の誰かを助ける、守る時」のみにしか使うことが出来ない。

 そのため今回のように自分が襲われていても能力は発揮できない。使い勝手が悪いと思う。

 そしてそれは爆破事件の犯人も同様である。条件があるとしたら距離か個数、あるいは。

 そんなことを考えているうちに、ナースコールに気づいて看護師が入ってくる。

 「裏瀬さん、どうかされましたか?」

 「あ~いや、お茶とかって買いに行ってもいいですか?」

 怪しい人が襲ってきましたといわれても、精神安定剤を渡されそうな気がしたので無難なことを言っておこうと思った。

 不思議そうな顔をしていたが、大丈夫ですよっとにこやかに返答してくれた。

 先程の侵入者がもう一度襲ってくるとは思えないが、お茶を買いに行くついでにこのフロアにいないか確認して寝ることにしよう。

 「すみません、失敗しました。」

 病院から逃げ切り電話にて報告をする。

 「そうか…」

 電話の主からは一言のみの返答であった。

 こういう仕事は初めてではない。何回か危ない橋を渡るような仕事をこなしてきた方である。

 最初は単純な仕事で高収入ということで疑心暗鬼であったが、すぐにその意味が分かった。

 高額なほど仕事の内容も変わってくるが、この依頼主の内容はいつもよくわからないものが多い。倉庫にある機材を運んだり、神社に忍び込み写真を撮ったりと統一性がない。

 そして今回は血液をとって来いときた。それも一般人の。

 依頼主が何者なのか、仕事よりもそちらの方に興味がある。

しかし、今回の依頼は失敗をした。今まで失敗したことがなかったため、どんな結末が待っているかわからない。

 「私は…消されるのでしょうか?」

恐る恐る依頼主に尋ねる。

 「それはない。君は優秀だし、今回は成功できる可能性は低いと思っていた。今後も引き続き君に仕事を依頼したい。今回の内容を引き続き頼む。」

 意外な返答であった。基本この手の仕事は消されるか、仕事がなくなるかの二択なのだが。さらに引き続き依頼をくれるというのならば、ありがたいことである。

 「ありがとうございます…。それでは…。」

 通話は切れる。

 今回の内容を引き続きとは。そんなに彼の血液は貴重な物なのか。

 しかし、この依頼主は何者なのだろうか。それだけでも知りたいところである。

 いつも依頼は電話だけで、回収したものは指定のロッカーに入れるだけ。顔も名前も知らない人物である。

 個人的な依頼は多いいが、この依頼主に関しては個人の領域を超えていると思える。

ただ、あまり深く考えるとそれこそ消される可能性もある。ここは好奇心を抑えて淡々と依頼をこなすことを考えよう。

 気持ちを改め、再び今回の依頼をどうこなすか考えることにしようと思い、暗い路地から街並みに消えていく。

 「看護師に襲われたんですか!?」

 連絡先を聞き忘れ大学の帰りに再び病院に行ったが、裏瀬さんからまさかの話のきり出しで驚く。

 「あぁ、顔はマスクしていてわからなかったが、注射器で刺されそうになった。」

 退院の準備をしながら返答してくる。本日退院とは聞いていたが、退院の日に聞く話ではないだろう。

 「警察とかには相談したんですか?また襲われたりしたら…。もしかしたら爆破事件の犯人かもしれませんよ?」

 「犯人なら爆弾を部屋に投げ込めばいいだけだろうし。それに狙うなら退院する後でも問題ないだろうし。それに警官が出入りしている可能性があるのにくるのは普通考えにくいし。」

 何回か話していて思うが、裏瀬さんは突発的には動くが意外と冷静な方だと思った。

 人助けをしている人のイメージは熱血的でなりふり構わず!のイメージがある。しかし裏瀬さんは突発的に動きながら相手の行動を見ていたりするため冷静な面が多いと感じた。

 こうして話していても、犯人ではないと考えていたり話す相手を選んでいたりしているので、頭はいい人と感じる。

身支度が整ったようで、振り向きながら話を続ける。

 「とりあえずこの前来た警部補には襲われた件は話すつもりだよ。」

 「そうですね、その方がいいかと。襲われた経験って他にもあるんですか?」

 「あるよ。前に話が途切れたけど、能力者に襲われたことがある。」

 「今回の事件の前にですか!?」

 確かに前回のお見舞いの時に肝心なところで話が途切れたことを思い出す。

「まぁね、その時初めて能力者にあった。それから自分が能力を持っていることも、他にも似たような奴がいることを自覚した。」

確かに、自分が能力に目覚めたといっても本当かどうかは確認のしようがない。ただ別の能力者が現れれば能力の存在が確証になる。

 「出会った能力者さんは、どうなったんですか?」

 「別にどうなった訳でもないが。捕まってなければ今もどこかにいると思うよ。」

 「死んじゃったとかじゃないんですね。何で襲われたんですか?」

 「理由は複雑だけど…。俺が狙われたわけでないとだけ言っておくよ。」

 触れてはいけない内容だったのか、裏瀬さんの顔を見ると少し暗い表情をしたように見えた。空気が悪くなってしまう前に話を切り返すことにした。

 「あ、今日は連絡先をもらいに来たんですよ。スマホとか持ってますか?」

 そう聞くと、「ん?あぁ」と理解してくれたようでポケットにしまっていたスマホを取り出した。

 「SNSとかはやってないから、電話番号とメールアドレスでよければ。」

 「全然大丈夫です!私のが..」

 最初はスマホ持ってないのではとも思いながらきたものの、それよりも衝撃な話をされてしまい面を食らってしまった。まぁ、なんだかんだで本題も済ますことができたので良しとしよう。

 「そしたら有紀と約束の時間とか決めてまた連絡しますね」

 「よろしく頼むよ。」

 乗り気ではないが観念しましたというような表情を浮かべていたが、特に触れず二人で病室から出る。

 裏瀬さんが退院の手続きをしている最中に、気になったことがあったので聞いてみる。

 「裏瀬さん、今この見える範囲の看護師さんの中に襲ってきた犯人とかいないですよね…?」

 「それはないんじゃないかな?入院してたった数日でここにいる情報をつかんでいるのはおかしいけど、どのみち準備が良すぎる」

 「そういう人たちには知れ渡ってたり…、してそうですね。超人的な人助けしてれば。」

 よくよく考えると今回の事件以外にも、この人は何かしらやらかしている気がする。

 「ちなみに過去に今回みたいな事件に巻き込まれたことはあるんですか?」

 「警察が出るまでの事件は初めて…でもないか。もしかして有名人なのか、俺?」

 「少し自粛するべきか」とつぶやく裏瀬さんに苦笑いで返答しつつ、病院の出口に向う。

 「そしたら俺は警部補に連絡して、昨日のことだけ話してくるよ」

 「そうですね。そしたら集合時間と場所だけ連絡します。」

 よろしくと、片手を振り別れを告げて行ってしまった。少し心配な気持ちもあるが、あの人なら大丈夫だと思い家に帰宅する。

 家につき夕飯を済ませ、部屋でいつものように有紀に連絡をする。

『裏瀬さんの連絡先聞いといたよ。どこに行くつもりだったけ?』

『サンキュー!埼玉の大型ショッピングモールにしよう!色々あるし、見るところにも困らないだろうから!』

 『了解。あそこなら集合場所も現地でよさそうだね。いつにするの?』

 『もちろん今度の日曜よ!おいしいご飯も約束も早いうちにしないとー。時間も午前中集合ね。』

 『相変わらずのとんでもない自論ね。了解しました~』

 『よろしく☆』とにっこりマークなスタンプを送ってきて有紀との連絡は終わった。

 とりあえず、日時と場所を裏瀬さんにメッセージを送って、『了解』と返事をもらったので寝ることにした。


 また夢を見た。

 真っ暗な場所。自分の前に見覚えのある少年の後ろ姿があった。

 「n...ん.........d...」

 気づいているのか、いないのかわからず。ただ俯きながら何かをつぶやき続ける。

 「なん...m......n...で...」

 少しずつ、少年の言葉がはっきりと聞こえてくる。

 「なんで......なんで...」

 声をかけたいが、声が出ない。近づきたいけど近づけない。向かわなければ。

 「なんで...さら...なん...けて...」

 はっきりと聞こえてくる。

「なんでいまさら...なんで助けて...」

 声をかけたくない...近づきたくない...逃げなければ...

 それが本心であった。もう見たくなかった。関わりたくなかった。どうして自分がこんな目に合うのか。なぜ自分なのか。

 気がつくと少年はゆっくりと、こちらに振り返ろうとしている。

 声が出ない。逃げようとしても足が動かない。目をつぶろうとしても目はずっと少年を見続ける。

 少年がこちらを見る。憎しみしかない眼でこちらを見る。血の気のない手が自分を掴もうする。そして。

 「なんで今更なんだよ..なんで助けてくれなかったんだよ!」

 

 目が覚める。スマホを見ると夜中の2時を表示していた。もう秋口なのに汗をかいている。

 なぜに今になってこんな夢を見るようになったのか。

 裏瀬さんに会ったことが何か関りがあるのか。いや、それはないだろう。似ているわけでもなく、兄弟というわけでもない。

 では一体何なのか。何がこの夢を見せているのか。考えているうちに眠気が増していく。

 今度は楽しい夢をと願いながら、深い眠りにつく。

 三人でショッピングモールに行く約束した日である。そして約束の時間より1時間も前に到着してしまった私がいた。

 遅刻してはまずいと思い、余裕を持って家を出たものはいいものの。信号には何故か引っかからず。さらには奇跡的に電車に乗り継ぐことができ、気が付けばこれであった。

 地味な運を使った気分と、よほど楽しみにしていたのかと勘違いされることを思うと辛い。

 さすがに一時間立ちっぱなしはもっと辛いので近くの店でコーヒーでも飲みながら待つことにした。

 飲み物だけを頼み、店内から外が見える位置の席を探す。

 外が見える席は一席しかなかったが、仕方ない。二人のうちどちらかが来たタイミングで外に出たいので外が見える席は重要なポジションである。

 とりあえず空いていた席に座るが、さすがに一時間外を眺めているだけではつまらない。そう思い、スマホを取り出そうと思った時。

 「飯沼さんも早く着いちゃったの?」

 思わぬ声掛けに一瞬肩が上がり、聞き覚えのある声の主を見る。

 隣ですでにコーヒーとパンを食している裏瀬さんの姿がそこにいた。

 「裏瀬さん、いつからそこに…?」

 「30分前から…。いや、もしかしたら途中人助けとかで遅刻するかもしれない、と思って前もって出たんだが。」

 「そんなに人助け必要なことって起きませんよ…」

 「最近頻繁だったから感覚が狂ったか。気が付けば集合時間1時間半前だったから、朝ごはんついでに休憩をと思ってね。」

 「そして今に至るということですね。」

 無言で頷く裏瀬さん。人のことは言えないのでこれ以上触れないことにしよう。まぁ話し相手ができたことはいいことなので。有紀が来るまでしばらく雑談をしていた。

 雑談すること1時間と、…45分。

店を出て腕を組み言い訳を聞く我々と縮こまった有紀の姿がそこにはあった。

「ええっとですね…。予定より早く出たんですよ…。けど長い踏切につかまりまして…。」

「へぇ~、そうなんだ~。それから?」

「そしたら今度は重い荷物を持って困ったおばあちゃんがいたので助けまして…。」

「なるほど、人助けは大事だな。それから?」

「その……。すみませんでした!!」

周りの人にも聞こえるくらい精一杯の謝罪が聞けたのでよしとしよう。

「有紀も反省しているようだし、行きましょうか。」

「そうだな。せっかく集まったんだから楽しくないとな」

「よ~し!たくさん楽しんじゃお~!」

「「もう少し反省しろ」」

集合時間通りではないが、3人でショッピングモールの中へ仲良く足を進めていく。

「華は何か買うものとかあるの?」

「私は買うとしたら服とかかな?裏瀬さんは何か買うものあります?」

「俺は特にないかな。服はこの前買ったばかりだから」

「裏瀬さんは興味あるものとか趣味はないんですか?私と華の買い物に付き合わせちゃうのもなんなので!」

「興味あるものか…。」

来る途中にあった施設内案内のパンフレットを見ながら悩む裏瀬さん。何か気になるものが見つかったようだ。

「駄菓子屋。」

まさかのチョイスに呆気をとられる私。こらえて吹き出す有紀。若干不機嫌な裏瀬さん。

「悪かったな。駄菓子屋で」

「あははは。あ~ごめんなさい(笑)。まさか駄菓子屋を選ばれるとは、お目が高い。」

「裏瀬さんは駄菓子が好きなんですか?」

「まぁ人並みに。小学校の近くに駄菓子屋が在って、よく行ってたけど。飯沼さんたちは行かなかった?」

「行ってましたね。ただ小学校5年になったくらいから店が無くなっちゃって。」

「私はバリバリ通ってたね。何度きなこ棒の当たりをごまかしたか、数知れず。」

「数知る前に恥を知れ。」

有紀にツッコミを入れつつ、とりあえず話題になった駄菓子屋に行くことにした。

ショッピングモールにある駄菓子屋は雰囲気をレトロ風にしており、大人から子どもまで楽しめるようになっていた。

我々は中途半端な年齢ではあるが、それども中々楽しめる場所であった。特に…。

「裏瀬さん見てください!瓶ラムネですよ!」

「懐かしいな。友人に吸いきる前に粉々にされたことあったな…。」

「裏瀬さんこっちには、さくらんぼ餅が!」

「俺、これ好きだったな…。」

この二人には何か刺さるものがあったらしい…。まぁ二人を見ている私もなんだかんだで楽しめたので良しとしよう。

時刻を見るとお昼を過ぎ一時を過ぎようとしていた。少々遅いがお昼ご飯を取ることになった。

店に入るか迷ったが、各々食べたいものも異なると思ったのでフードコートで済ますことにした。

とりあえず席を確保しようとした時、有紀が奇妙なものを見つける。

「ねぇ、見て見て。あなたの未来を視ますだって。」

「そうね、けど占いなんてよくある気がするよ?そんなに魅かれる要素ある?」

「そうだけど。でも、手相とかガラス玉とかタロットとか、なんかそういうの持ってなさそうだよ。それに普通フードコートの席でやらないでしょ?」

確かに。占い師というような格好ではなく、私服。道具らしきものは一切なく、文字も手作り感満載であった。なんなら高校の文化祭よりクオリティが低い。

「なんか危ない勧誘じゃない?みんな近寄ってないし…」

そういって遠い席を選んで逃げようとした時。子犬のような目で見つめてくる有紀。

「ちょっとやってみようよ~。ほら、なんかのニュースでも預言者みたいなの話題になったじゃ~ん。それにいざって時は裏瀬さんいるし」

何を食べようか迷って全く聞いていなかった裏瀬さんが振り返る。

「ん?なんの話?」

「あそこにいる占い師?に未来見てもらいたいんです!行きましょう。」

有無を言わさず裏瀬さんと私を引っ張っていく。ここまで来てしまっては乗り掛かった舟。というよりはもう港を出た舟に近い。つまりもう逃げられない。

気が付けば謎の占い師の前に堂々と座る有紀の姿と、自分たちとそんなに変わらない年齢の金髪のお姉さん?がニヤニヤしてこちらを見ていた。

「いらっしゃい。なんか変わった組み合わせの人たちね。」

「はい!変な組み合わせです!本当に未来視れるんですか?どのくらい先が視れるんですか?」

「ははは。おもしろいお客さんが来た!まぁやりやすくて助かるかな。えぇ、あなたが知りたい未来を視れるわよ。お一人千円ね。」

また意外と興味があったのか裏瀬さんが質問する。

「知りたいって、10年後とかも可能ってことか?」

「えぇ。明日でも一時間後でも、10年後でも100年後でもね。あ、でも死んじゃってたら何も見えないけど。」

気になったので私も質問する。

「何も使わないんですか?手相とか水晶玉とかタロットとか?」

「何も使わないよ。手は握らせてもらうけど。」

「ちなみに今まで来た方で当たりましたっていう方いました?」

「これがね~。今まで誰も来なかったのよね~。3人が初めてのお客様よ。」

マズイ予感しかしない。今からでも遅くはないから逃げようかと思ったが。一人座ったまま離れる気ゼロの奴が。

「それはお気の毒に…。でも大丈夫です。我々が実証して当たったら広めますから!」

おぉ頼もしい。頼むから一人で広めてくれ。

「ありがとう!今日は特別に半額の500円で受けましょう!」

なぜか友情が生まれた。まぁ類は友を惹きつけたのだろう。

「そしたらまずは席に座ったあなたから。どのくらい先の未来が視たい?」

「う~ん。広めることを考えると…。そうだ!ちょうど資格試験を受けたんですよ。その結果を知りたいです!」

「オッケー。いつくらいに結果出る感じ?」

二人がやり取りをしている間に裏瀬さんに小声で聞いてみる。

「胡散臭い…感じはありませんね…。信憑性がない気はしますが…」

「そうだな。まぁこういうのは信じるか信じないかだし。変にケチつけるのもの気分悪いから、娯楽として楽しめばいいんじゃないか。」

どうやら準備が整ったようなので、二人を見る。

占い師は目を瞑り、有紀の右手を軽く握りながら集中している。静寂な時間が流れる。

2分くらい待っただろうか、目を開けて一言言った。

「落ちてるわ。」

有紀が大きな口を開けショックを受けていた。まぁ私でもわかるような気がした。

何せ一夜漬けで何とかなるとか言って前日まで勉強してないのを知っているから。

「次はどっちが先に見る?多分二人で今日は店じまいだけど。」

意味深なことを言っていた気がするが、裏瀬さんと私は顔を見合わせてどちらが先に見るか譲り合っていた。

まぁせっかくの機会なのでと思い。

「じゃあ私から。そしたら私はちょっと先にしようかな。5年後とかでもいいんですか。」

「全然問題ない。ただ年単位は当たる確率も下がるから当たってなくても恨みっこなしで。」

それでは意味がないのではと思ったが、裏瀬さんの言うように娯楽なので気にせず。有紀と同じように右手を差し出す。

同じように手を握り、占い師は目を瞑る。今度は1分くらいで目を開けた。

「勘がいいのね。5年後の今日ちょうど結婚してたわ。」

後ろで「なぬ!?」と聞こえた気がしたが無視しよう。

「相手はー。まぁ言わない方がよさそうね。お楽しみってことで!はい!最後お兄さんどうぞ。」

気になるところは隠されてしまいモヤモヤするが、当たらないかもしれないのであれば諦めもつくだろう。

最後に裏瀬さんが席につく。

「あなたも5年後が視たい?それとももっと先?」

「そうだな。先は不確定になりやすそうだから。」

そう言い時計を見て何かを考えたようで。

「じゃあ、7時間後で。ちょうど9時くらいであれば帰る途中で覚えているだろうし。」

「ずいぶん時間を刻むわね。オッケー。じゃあ手を出して。」

また同じように目を瞑る。本当に未来を視ているのか疑問ではあるが。

また静寂な時間が流れる。隣では泣き崩れている有紀がいるが気にせず二人を見る。

かれこれ2分以上待っているが一向に目を開けない。時間は関係ないのだろうか。

3分経過しようとした瞬間。目を開けたが、表情が困惑していた。

「…どうして?」

「?」

全員が理解できず、占い師の顔を見る。占い師は困惑したまま話始める。

「7時間後のあなたは…暗闇にいた。その前後を見たんだけどほんと暗闇で…。途中さっき占った彼女が見えたけど…。ごめんなさいね、あなたの未来はよくわからなかった。」

「それって、死…ぬとかですか?」

思わず私の口から聞いてしまった。

しかし占い師は神妙な面持ちで首を横に振る。

「それはない。とは思うんだけど…。わからない。何か助言ができればと思ったけど私が助言したところで結果は変わらない気がして。」

少し空気が重くなってしまった。そんな中、裏瀬さんが口を開く。

「まぁ、そういうこともあるんだろう。明日以降も生きていれば占いは当たったってことでいいのかな?」

「そうね、占いが当たろうが当たらないが、生きていれば問題なしね。」

さてっと言って占い師は立ち上がり、私たちに手振る。

「お邪魔しちゃってごめんなさいね。お代はなしで大丈夫。良い未来を」

偶然で占ってもらった結果は意外な形で幕を閉じた。

 昼食も食べ終えてのちょっとした休憩時間だが、空気が重い。

 あのよくわからない占い師の結果から、我々の空気は少し重くなってしまった。若干一名は、別の理由で気持ちが凹んでいるだけだが。

 昼食の最中も黙々と食べるだけだったので、さすがに気まずい。話題を振りたいが自分も裏瀬さんの結果が頭から離れない。そんなことを考えていると裏瀬さんから話を切り出す。

 「二人ともそんなに衝撃だった?思ってたよりもリアリティーがあった占い?だったけど」

 「いや、私はあれですけど。裏瀬さんの結果がなんか不吉というか不穏というか…。あんまり気にしてないんですか?」

 「気にしてない。当たる当たらないはともかく。なるようにしかならないし」

 思ってたより本人にダメージはなかったようだ。いいことである。ただ。

 「でも死ぬかもしれないって、いやじゃないですか?」

 「いいことではない。ただ今から何ができるかというと待つことしかできない。何か可能性があるのならあの人が何かしらの助言でもくれただろう。ただ、この間の事件のこともあるから同じようなことが起きないことを願う」

 確かにどこか思い出さないようにしていたが、『能力者』は存在しているのである。逮捕されたというニュースがない以上、同じことが起きる危険だって考えられる。

 「まぁ、なんにせよ。今は楽しまないとさ、お通夜じゃないのだから。」

 「そうですね。まぁ一人は自業自得で落ち込んでますが。」

 隣でずっと泣きながら悔やんでいる有紀を見る。そこまでダメージを理由があるのだろうか。

 「どうして~。あんなに自信があったのに~。なんで~。(泣)」

 「逆にどうしてそんなに自信があったのよ?実は一夜漬けじゃなくて前もって勉強してたとか?自己採点したら結構あってたとか?」

 「ううん…。前の日に作った力作のサイコロ鉛筆がうまい具合に選択肢を選んでくれたから行けると思って。」

 「裏瀬さん、もう有紀は放っておいて行きましょう。」

 「裏瀬さんは心配して、親友は慰めてくれないのかーーー!!慰めてーーーーー。」

 そんなやりとりを見て、裏瀬さんも笑っていた。心配なこともあるが裏瀬さんの言う通り楽しい今の時間を存分に楽しまなければ。

 そのあとはお昼前と同じように三人で楽しみながらショッピングモール内を周る。

 カプセルコーナーでくだらないものを引き当てたり。普通に洋服の買い物をしたり。広場でやっていたゲーム大会を観戦したりと楽しい時間は流れていった。

 気が付けば時刻は18時。お昼ご飯が遅かったせいもあってあまりお腹は空いていなかった。

 「いや~楽しんだ!今日はこの辺で解散としますか。」

 有紀がラジオ体操のように両腕を上に伸ばしながら話しかけてきた。

 「そうだな。あまり遅くなるのもよくないから。今日は解散でいいんじゃないか?また次集まればいい。」

 「そうですね。今日は解散にしましょう。明日はまた大学の講義があるから遅刻しないようにね」

 「む?誰に言っているのだ。これでも講義は遅刻したことはない。今日は遅刻したけど…。」

 裏瀬さんと二人で笑う。今日のおかげでまた一段と裏瀬さんとの距離が縮まった気がする。思えば一週間前に出会ったばかりだったが、色々あり過ぎたせいで結構昔からの知り合いかと思ってしまうくらいずっといる気がした。

 三人で駅の方向に向かって歩き出す。自分たちと同じように駅に向かう人もおり、電車が混みそうだと考えてしまう。有紀も同じことを考えていたようで気だるい感じに話しかけてくる。

 「え~、電車座れなさそう。新宿にでないといけないからなぁ。そっちはもっと混んでそう。」

 「そうね、私も同じ方向だから同じことを考えてたよ。裏瀬さんはどっち方面ですか?」

 「俺は反対だな。反対でもそこそこ混んでたりするから何とも言えないな。」

 「あぁ~。確かにここって色んな方面から人が来ますからね~。あれ?」

 話の途中で有紀が何かに気づく。視線の先を見ると5歳くらいの小さな女の子が不安そうな顔で何かを探している。

 「迷子…かな?今にも泣きそうな顔してるし…」

 「迷子だろうな。助けてあげたいんだが、前に助けようと思ったら泣かれて不審者騒動になったことがあるから若干トラウマなんだ…」

 裏瀬さんの顔はとても困惑していたので、よほど思い出深いのだろう。

 「そしたら、私が案内所まで連れていきますよ。二人は先に帰ってて大丈夫です。」

 「大丈夫?私もついていくけど?」

 「大丈夫。案内所確かすぐそこだし、有紀は私より家遠いから変に待たせちゃうといけないから。」

 そう言いながら、女の子の方に近づき声をかける。

 「お父さんとお母さんとはぐれちゃった?」

 女の子は泣きそうな顔で頷く。

 「そしたら私と一緒に探しに行こっか。」

 手を差し出すと躊躇なく握ってきてくれた。相当不安だったのだろう。

 少し離れて見ていた二人に「行ってくるね」とその場で別れる。

 女の子は周りをキョロキョロと見渡しながら歩くので、私もゆっくりと歩き案内所まで探しながら行くことにした。

 ゆっくり歩いて10分ほどで案内所に着いたが、女の子の保護者は見つからなかった。とりあえず受付の人に事情を説明した。

 「わざわざありがとうございます。携帯端末なども…お持ちでなさそうなので店内アナウンスしますね。お名前は~。」

 「たじま…ゆめ…」

 ちゃんと受け応えができるので一安心。なのだが、握られた手が離れないままなので保護者が来るまで帰れそうにはなさそうだ。

 受付のお姉さんも察したらしく、お互いに少し困った顔を見合わせた。

 二人を先に帰らせたのは意外と正解なのかもしれないと思いながら、待つことにした。

  

 飯沼さんが迷子を案内所に連れて行ってから数分経った。

 宇井さんと話した結果、二人で駅まで行ってそこで戻ってくるのを待つことにした。さすがに通路で人を持っていても行き違いに成り兼ねない。

 宇井さんと話しながらも、頭の中で考え事をする。迷子のことも心配だが、それよりもお昼の時に言われたこの後起きるであろう予言に対して。

 時間にすればあと数時間後。考えられるのは帰宅途中か帰宅後、もしくはどこか寄った先となるのだが、そうなると一つおかしな点がある。

 それは飯沼さんがいたということ。仮に駅で再び会えたとしても時間的にそこまで掛かるとは思えない。となると…。

 「裏瀬さん、ずいぶん険しい顔ですが、大丈夫ですか?お腹でも痛いですか?」

 考え事し過ぎてどうも表情が固まってたらしい。宇井さんに話しかけられ返答をする。

 「あぁ、いや。飯沼さん大丈夫かなって思ってただけ。子供じゃないから腹痛いときくらいトイレって…いう。」

 話の途中で視線がちょうど行違う人を捉える。見覚えのあるパーカーにフードを被った男らしき人物。先日の爆破事件の時に見たそっくりの風貌をした男を。

 先ほど考えていたことが少しづつ答えに近づこうとしている。

 「ごめん。やっぱりトイレ。」

 そう宇井さんに言い残し、男を追う。

 「なんと!ってトイレあっちの方が近い~、ってもう聞いてなさそう…。」

 一人ポツンと残されてしまった宇井さんには申し訳ないと思いつつ、フードの男を追う。幸いなことに向こうはまだ気づいていない。向こうは俺のことを何となく覚えているだろうから、気づかれると厄介だ。

 ただ野放しにはしない。少しづつ近づいていき様子を見る。何か怪しげな素振りを見せた瞬間捕まえられるように警戒する。

 ゆっくり、ゆっくりと距離を詰めていく。もう少しで肩に腕が届きそうな距離までというところで、男が急に足を止める。

 こちらも足を止め様子を伺う。男はこちらに振り返り不敵な笑みを浮かべこちらを見てきた。

 「へぇー。奇遇だね。また会えるなんて思ってなかった。まさかあの爆発を喰らってピンピンしてるなんて。」

 「ここで何してる。」

 「会話する気ない感じ?冷たいね~。まぁいいか、どうせ手遅れだし。」

 手遅れという言葉に警戒が増す。相手はそれを面白がってまた不敵な笑みを浮かべる。

 「もう準備済みってことか。今回は犯行声明を出さないんだな。」

 「やっぱ興味ある?まぁそうだろうねー、前回見事怪我人・死者を体張って抑え切った張本人様は、今回もそうしたいよな。」

 挑発するような話し方にイラつきを覚える。

 「ちょっと立ち話でもしようや。どうせ今からこの広さを探したところで見つからなければ、どれがそれかも区別つかないでしょ。」

 「何が聞きたい。俺から話すことなんて何もないが。」

 「あんた、俺と同じでしょ?『能力者』ってやつ?それが聞きたくてさ」

 案の定、その話題と来たか。もはや誤魔化す必要も隠す必要もない。

 「わかっているなら話す必要はないんじゃないか。互いに能力の優越に浸ろうってか」

 「おいおい、俺はそんな自惚れた人間じゃない。知りたいのはあんたが、どんな能力を持ってるかってことよ。でもその感じ、俺以外にもあったことがある感じだな」

 「あんたで3人目だ。能力は教える気ない。あんたが爆弾の位置を教えてくれるっていうなら話は別だが。」

 「あーあ、そいつは残念だ。教えたいのは山々だが、フェアじゃないな。」

 話したいのか話したくないのか、よくわからない男に対し無性に腹が立つ。今すぐ胸ぐらをつかんでぶん殴りたい。

 「そうそう、さっきの質問、犯行予告はないのかってやつだけど。犯行予告ならとっくのとうに出してるぜ。」

 相手の言っていることが理解できていない。先日の事件があったのだから、犯行声明が出された時点で営業停止をしてもおかしくない。にもかかわらず当たり前のように人で賑わっているということは、運営側は犯行声明に気づいてないのだろうか。

 「まぁその顔は当然だよな。ただな、犯行声明を出しているのは俺じゃない。それが問題なわけよ。」

 「共犯者がいるってことか?」

 「そんなわけないだろ。赤の他人に能力打ち明けるほど俺は人を信用してない」

 「じゃあ、誰が犯行声明を出しているんだ?」

 「さぁ?どこのどいつかは知らねえな。よほどこの施設に恨みがあったんだろうよ。今朝のニュースじゃあ、まだ犯行を黙秘してるらしいし。」

 「ニュースだと?初耳だが。」

 「そりゃ、あんなマヌケなニュース、ほとんどのメディアが興味ないだろうよ。携帯電話でかけてきて、あっさり警察に特定されちまったんだから。日本の警察は優秀だねー。

ただ爆弾犯が偽物と判断したのは残念だ。こうして偽物の予告が本当に起こるとは考えられなかったのかねー」

 なるほど、だいぶ話が見えてきた。今朝起きた小さな事件を利用して、緩み切ったこの施設を惨劇に変えようとしているわけか。

 「お前の目的は特になく、ただ偶然を利用してってことか。」

 「偶然?確かに今回は偶然かもな。けどいつかは同じことが起こる日がくる。

 俺がこうなる前から、嘘の犯行予告なんてたくさんあった。悪戯心や、ただ自分のストレスを発散するために、いたるところで似たような予告をする。結果何も起こらず、嘘だと気づく。最初は心配で警察に相談や対処もする。警察も最初は真剣に取り合う。それが積み重なっていくと、両者ともに警戒心もどんどん失っていき、対処も粗末になっていく。

結果、新宿の駅がそれだよ。見ただろ予告をしたが、警察をうろつかせるだけ。電車の閉鎖も予告を聞いたにもかかわらず、野次馬に来る人。どいつもこいつも警戒心が無さすぎる。

今回もそうだ。予告犯が偽物と知ったとたんこの警戒の無さ。利用されるとか、本当に仕掛けたかもしれないという警戒もせず、相手の言葉を鵜呑みにしてお終いと来た。

俺の目的は、この腑抜けた国に危険を知らしめることだ、そのために得た力だ。いつも自分は安全だと思っている連中に脅威を教えてやることは悪いことか?」

「確かに、警戒が緩いのはいいことではない。危機感を教えるということは良いことかもな。

ただ、やり方は間違っている。たとえどんなことでも、人も命も粗末にするようなやり方は教えるなんかじゃない。ただ一方的に脅かしているだけだ。」

互いに目が合う。お互いの考え方に相異があることはよくわかった。あとやることは一つ。

思いっ切り地面を蹴り、相手へと距離を詰める。同時に左腕を前に突き出し、相手はポケットにしまっていたスイッチ押す。

瞬間、男の背後が明るく光り、地響きと爆音が響き渡る。遠くから悲鳴が遅れて聞こえてくる。

止めることができないのは百も承知。ただ今は目の前の男を捕まえ、これ以上の被害を止めることが優先。そう思い、駆け出した足を止めず、相手に向かって距離を詰め切る。

 相手も距離を詰められ、右のポッケから何かを取り出そうとする。しかし、こちらの方が早い。顔面に思いっきり右の拳が突き刺さる。

男は一メートルほど飛んだが、うまく受け身を取りすぐに体制を立て直す。間髪入れずにこちらも再び距離を詰める。

対して向こうは右のポケットから何かを投げつけ、同時に左手のスイッチを押す。同時に自分の目の前が爆発する。もろに受け右の壁まで突き飛ばされる。

黒煙で一瞬視界が悪くなり、相手の位置を確かめる。相手も先程の拳が聞いたか左頬を抑えている。次の攻撃が来る前に立ち上がり、相手に向かって走る。

男は同じように右ポケットから何かを取り出し投げつけてくるが、透かさず左の壁へと飛び、壁を使って三角飛びで今度は相手の右頬目掛けて殴りかかる。

さすがに相手も右腕のガードで顔面への直撃は避けたが、それでもまた一メートルほど突き飛ばされる。

「痛ってー。腕にヒビ入ってるだろ、これ。あんたの能力、頑丈かなんかか?」

「話してる暇はない!」

一言言った後、相手に詰めかかろうとした時。男は再び不敵な笑みを浮かべる。

「そうだな、お話はここで終わりってことで」

そういった後、突然足元が爆発し、床が崩れていく。

「またいつか会えるといいね、能力者。」

 落ちながらもその言葉だけはしっかりと聞こえてきた。

  

 迷子の女の子を案内所に連れてきて10分程度経過した時、突然爆音が鳴り響く。一瞬何が起きたか判断ができず、辺りを見渡す。

 奥から駆け足で逃げいていく人々と悲鳴。漂ってくる異臭。非常ベルも鳴りだし、先程の平穏なショッピングモールはどこにもない。

 案内所にいた受付のお姉さんもこの状況には慌てており、どこかに電話をかけているようだが、繋がらない様子。迷子の女の子とはぐれない様に手を、と思ったが女の子がいない。

 「え!嘘!?」

 思わず声に出してしまった。とりあえず急いで周りを見渡す。人が魚の群れのように逃げ惑うせいで視界が悪い。この人の多さでは、また迷子になるし、危険である。

 受付のお姉さんは…今はそれどころではないだろうし。このまま見捨てるのはまた話が違う。

 意を決し、人ごみの中に入り込む。何度も肩や腕がぶつかるが、とにかくあの子を探さねば。

 しかし、爆音となると、真っ先に嫌なものを思い出す。まさか駅の事件と同じことがここで起きているとしたら。

だとしたら裏瀬さんは今頃どこにいるのだろうか。この爆音を聞いて向かってきているのか。もしくは。

 そんなことを考えていると、先程よりも小さいが爆発音のようなものが聞こえてくる。この前とは違い、爆発音が何回もなっているということは、これからもっと爆発する可能性も考えられる。

 急いで女の子を見つけて、外に出なければ。この現状を考えると今頃出口は人でごった返しているだろう。その証拠に人がどんどん密集し始めて、渋滞状態になりつつある。

 「おい、早く前に行けよ!」

 「押さないでってば!」

 「何してんだよ、ほかにも出口あるだろ!」

 大人の罵詈雑言が飛び交っているし、今出口に向かうのは困難だろう。ここにあの子いないと願いほかを探す。

 どうも周りの人が先程の出口に向かっているが、ほかの出口はどうなっているのだろうか。そんな疑問に答えてくれるように店内アナウンスが流れる。

 『現在、出口のほとんどが火災・瓦礫・崩落により通行できない状況です!メインホールの出口のみとなりますので皆さま落ち着きながらメインホールの出口へ向かってください!繰り返しまs』

 アナウンスが途中で切れてしまったが、これで人が集中している理由がよく分かった。

 しかし、中々の人の多さであの子が見つけづらい。せめて名前でもっと思ったが、案内所で言っていたことを思い出す。

 確か…。ゆ…めちゃん?だったであろうか。とりあえず間違っていようが関係ない。

 思いっきり大きい声で名前を呼ぶ。が周りの悲鳴の方が大きく声があまり響かない。それでも諦めず呼び続ける。たとえ返事がなくても気づいてくれさえすればと思い、呼び続ける。

 だいぶ人だかりから離れ、声も少しつづ響くようになってきた。気が付けば先程の案内所まで戻ってきていた。

 すると突然左手に小さな感触を感じる。慌てて振り向くと見覚えのある女の子が出会った時と同じような泣きそうな顔で、うつむきながら手を握っていた。

 「よかった…!大丈夫?ケガとかはしてない?」

 問いかけに小さく頷く女の子。か細い声で何かを伝えようとしている。

 「おとうさん、いたから、おいかけようとして…そしたら、またわからなくなって…」

 手を強く握ってくるので、こちらも握り返す。これだけ多くの人が逃げまとうのだから相当怖い思いだっただろう。

 これであとは逃げるだけだと思い、出口に向かおうとする。と、後ろから声をかけられる。

 「おや?子連れの逃げ遅れか?ずいぶん余裕あるねー」

 聞きなれない声に振り向くと、フードを被った男がこちらに向かって歩いてきている。

 「お前、どっかで見たことあるな。どこだっけか?あぁ、あいつが爆発から守った時にいたっけか。」

 あいつ。爆発から守った。この言葉を聞くだけで、嫌な予感しかない。今回の件も駅と同じことだとしたら、考えられることはただ一つ。この男が件の爆弾犯ということになる。

 「お前の子供にしては大きいな。なんだ?あいつに感化されて人助けか?大した連中だな。自分の身よりも人の命を優先するとはねー。」

 少しづつ、相手との距離を取る。出口に向かえば人もいるだろうし、助けも呼べる。相手にするのは絶対NGである。

 「出口に行こうとするのは賢明な判断。だったかもな、どっちにしろもう手遅れだ。逆に今ここにいてラッキーかもしれないぜ。」

 言っていることを理解できないまま、フードの男がスイッチのようなものを押す。

 数秒と経たず、最初よりも大きい爆発音が響き渡る。

 「これでこのエリアの最後の出口もなくなったわけだ。色々と苦労した甲斐があった。」

 「あなたの目的は何なの?なんで楽しんでるの?」

 怒りのあまりつい言葉を強めてしまう。男は笑みから真顔に代わりこちらを見てくる。

 「なんで、お前もあの野郎と同じようなことを聞いてくるのかねー…。」

 先ほどは何かの間違いかと思ったが、今の言葉ではっきりと分かった。この男はすでに裏瀬さんと対峙している。そしてこの男がここにいて、裏瀬さんがここにいないということは…。

 女の子を抱きかかえ、後ろに逃げる。

 「逃がすかよ…。」

 男は自分たちの方に目掛けて何か拳ほどのものを投げつけてきた。うまく身を捻りかわし切るが、忘れてはいけないことを忘れていた。

 男が投げたものが地面に着いた途端に、耳がおかしくなるほどの爆音をたてて爆発する。

 床に大きな穴が開き、逃げ道を封じられた。慌てて戻ろうとするが、留めと言わんばかりに同じようなものを足元に投げつけていた。

 「あの世であいつによろしく伝えておいてくれや。」

 そう言い残し、男は左手のスイッチを押す。

 反射的に爆発物から女の子を守るように背を向け、目を瞑る。急激な衝撃と浮遊感を最後に感覚がなくなっていく。

 

 ショッピングモールの外ではパトカーに消防車、救急車が何台も止まっており、日本では滅多に見ないであろう光景が広がっている。さらにはすべてのテレビ局が勢ぞろいしているのではないのかと思うほどの報道陣にヘリコプター。もはやアメリカ映画のワンシーンではないかと思うほどの光景である。

 『18時半頃。ショッピングモール内にて爆発が起こりました。建物が所々崩落し、現在救出作業が行われており…。』

 『本日未明に偽の犯行予告を出された犯人が逮捕されたと報道がありましたが、なぜか声明通りに…。』

 『現在、死者・重傷者数などは分かっておらず、今もなお店内に取り残された人がいるということで』

 『今回の事件も先日発生した新宿駅の事件に関連しているとの噂が流れております。』

 最初の爆破があってから一時間で情報の収集を行い、そしてこの状況。もっと他にも役立てることができると思ってしまう。

 そんな報道陣を煙たがるように、小倉警部補の怒号が飛び交う。

 「林!さっさと報道陣をどけろ!救助の邪魔でしかねぇぞ!」

 姿は見えないが遠くで「はい!今すぐに!」と返事が聞こえる。

 「手の空いている奴は、救助の手伝いと怪我人の誘導!そして犯人がまだいる可能性が高い!手配書の人物を覚えて救助活動!」

 何人もの警察官が小倉警部補の言葉に返事をする。

 「今朝捕まえた犯人を取り調べていたら、このざまか。あの様子じゃあ今朝の奴は本当に関係ないだろう。まったく、犯人にもてあそばれてる気がしてならねぇ。」

 そう独り言をボヤキながらショッピングモールを見つめる。

 (何としてでもこの事件の犯人を早く捕まえないとな。しかし、妙だな。今朝のこともあり、念のため処理班を要請して調べてもらっていたが目ぼしいものはなかったはず…。しかもい、今のところ死者0人ときた。奇跡なのか、はたまたわざとなのか。)

 そう考え事をしていると、再びショッピングモールで轟音が鳴り響く。

 「なんだ!また爆発か!」

 「小倉警部補!北側で爆発のようなものが発生しました!」

 「ちっ!一体どんだけ仕掛けてやがるんだ!とにかく救助を優先だ!今日、明日は徹夜してでも救助するぞ!」

 報告をくれた警官とともに爆発のあった現場へと向かうのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る