魔王の靴
紫月 雪華
新しい靴
雪の降る魔王城、人々から畏れられる伏魔殿であるはずのそこには。
神妙な顔をした、魔王が玉座に座っていた。
その目線は、足元の靴に向けられていた。くたびれた様子の、およそ魔王に似つかわしくないような黒く、金の刺繍が施されたもの。
そんな折。魔王は――。
「そうだ、靴、新しいのを頼もう。」
某日。城下町から優れた靴職人を呼び寄せ、どのような靴がいいかという話になった。
靴職人は、この絶好の機会を逃さないようにと間髪入れずに流行の靴や、社交界で流行っている最先端の靴を勧めて、魔王に取り入ろうとしていた。
「魔王様、こちら、伯爵家の○○様の御令嬢がよくご利用されているブランドで、社交界にも話題である靴でございます。貴方様の足元でもきっと光ることでしょう。――話題にも事欠かないことから、様々な貴族にもご自慢することができるかと。」
ううむ。
唸りながら魔王は、目の前のお世辞を告げるばかりの道化…もとい靴職人をみて違うことに、いや過去に想いを馳せた。
この靴は。そう、初恋の女の子に褒められた靴だった。
魔王とて幼少期はある。キンダーガーデンに通園していた際、同じく魔族の令嬢に、
「ねぇ、■■!その靴かっこいいねっ。どこの靴なの?いいなぁ、私もそれ履きたい~!!」
その子の名は知らない、その後、すぐに魔王の教育にこのキンダーガーデンは相応しくないとされ、転園してしまって。それ以来、会っていないし。
でもあれは、あの感情は――。
運命のいたずらかもしれない。でも簡単なそんな一言で、後の魔王の恋心は発生したのだ。
色褪せた思い出。でもいつかまたあの女の子に会えたら、と思わずにはいられない。
そう、まずは名前だけでも知りたい。たしか、あの子の名前は――?
思い出そうとしていた所に、キンキンとした靴職人の声が遮り浮かびそうだった思い出の邪魔をした。
「――さま、魔王様!聞いておられますか!!」
あぁ、もう。うるさい。せっかく浮かびそうだったあの子の名前を忘れてしまった。耳障りなキンキンとした声に眉をしかめながら、
「あぁ、聞いている。どうもお前の勧めてくる靴は気に入らぬ。そうだ――。」
我ながら名案だと思った。でもなんだか人間たちが親しんでいる童話『シンデレラ』を初めて読んだ時のような、なんだが心がくすぐったい気持ちになった。
「そうだ、今履いているこの靴と同じものを。」
靴職人は唖然とした。
魔王はニヤリと勝ち誇ったようなヴィランの笑みを浮かべていた。
そう、名前が思い出せずとも、いつか。
いつか、なんて魔王らしくはないけれど。
「いつか。彼女に会えたなら、この靴に気づいてくれるはずだ。」
魔王の靴 紫月 雪華 @shizuki211moon
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