贋金、インフレ、疑心暗鬼は嗤って終わらせる


 突然だがこのゲーム内には通信手段がある。

 友達とゲームをする時に使われる事やプレイヤー同士の協力を円滑にする事を前提として作られたもので、プレイヤーが複数居る昔のゲームにも実装されていた。

 しかし、このゲームでは珍しくNPC非プレイヤーもこれを使う事が出来る。

 国庫を開けて犯罪者50人を解放、挙句に馬車51台を用意するという無理難題を僅かな時間で可能にしたのはこれのお陰である。

 そして、今それが使われて城下町に広がった51人の犯罪者を捕らえる包囲網として牙を剥く


 「見失ったとはどういう事だ!」


 事はなかった。

 王の間に居た金鎧の騎士は手にした小さな紫色の水晶に向かって怒鳴り声を叩き付けた。

 「も、申し訳御座いません。錯乱した民衆に足止めされてしまい、尾行の継続が出来ません!」

 申し訳無さそうな水晶の向こうの騎士の声は今にも消え入りそう。というよりも、周囲の声で掻き消されている。

 『金!』『俺のもんだ!』『寄越せよ!』『痛い痛い痛い!』ゴキン!『拾え拾え拾え!』

 といった狂気に満ちた民衆の声が聞こえて騎士の消え入りそうな声は文字通り消えかかっていた。




 何をしたか?

 実に簡単な事をした。国庫の中身を民衆に還元しただけだ。

 このゲーム、貨幣をさっきみたいにデータにして仕舞う事が出来るけど逆も出来る。

 つまり、武器が壊れた時に金塊で人を殴りつけたり、貨幣を城下町にばら撒いて民衆を金の亡者にして追手にけしかけたりする事が出来る。

 向こうが数の暴力でかかって来るならこちらは金の魔力で金の亡者を大量に召喚して対抗するだけだ。

 「いやぁ、金塊が落ちていたら交番に拾って届けなきゃっていう人ばかりの満ち足りた国じゃなくて良かった。不景気とデフレ様々だね。お陰で簡単に追っ手を撒けたー。」

 使ったのは国庫から巻き上げた内のほんの僅か。50人の逃走資金を加えても大した痛手じゃない。

 さて、ボク誘拐犯ばかりに囚われていたら足止めを食らうだけ食らってボクを逃した挙句に凶悪犯50人が野に放たれる。

 かと言って50人に手を伸ばせばボクは完全フリー。そもそも50人全員を捕まえられる保証はない。

 「さぁ、どっちの選択肢地獄を選ぶかなぁ?」

 「ま、魔王!否、貴様の様な外道の前では魔王さえ霞む。

 一体何をする気じゃ?世界の破壊か?人類の抹殺か?それとも……」

 「………え?何言ってるの、ゲームの最終目的の魔王退治に決まってるよね?(何を言っているんだ?という顔)」

 「え?(何を言っているんだ?という顔)」

 プレイ開始1時間。ボクはずっと魔王を倒す為に動いていた。

 「元手がなきゃ魔王退治なんて出来ないでしょ?」

 ニッコリスマイルを浮かべるボク美人に対して恐怖の表情を浮かべる失礼な王様。

 正論は正論に足る行動をしている人間が口にしなければ意味が無い。




 馬車を操って城下町を抜けて、大きな川のある街道を走らせていた。

 川岸には船が幾つか止められて船頭が一人、昼食を食べていた。

 追手は無い。少し前から王様は縛り上げて気絶させた。さて、このまま開放すると面倒だし………

 「あ、そこの人?ちょっといい?そこに係留してある小舟を売ってほしいんだけど……」

 「ん?良いが高いぞ。」「これで足りる?あ、口止め料込だからボクの事喋ったら金塊と一緒に川底に沈んでもらうからね?」「……毎度あり!」

 引き攣った愛想笑いで一番大きな船を一つ差し出す。別に小舟でいいんだけどな。

 「さぁ、レッツ川下り!目的地は不明だし運が悪ければ三途の川下りになるけど、頑張れ!」




 「何⁉見付かった⁉」

 主不在の王の間に怒鳴り声が響く。

 それは国庫が空にされ、国内に捕まっていた凶悪犯罪者が50人放たれ、国王がまんまと誘拐された日の夜の事だった。

 「はい!船に乗せられ川に流されている所を巡回中の辺境騎士隊が発見したとの事です!只今馬を走らせて保護に向かっております!」

 「で、奴は⁉あの女は⁉」

 「それが、船には王一人だけで他には…」

 その後の言葉は聞こえなかった。

 通信用紫水晶が怒りに任せた握力によって潰されていたから。

 「GUOOOOOOOOOOOOOO!!!!」

 城中に、城下町に、金鎧の咆哮が響き渡った。



 「わー、何のモンスターの鳴き声かなー?」

 因みに、ボクは今城下町の中で比較的治安の良い地域で宿を取っています。こっそり戻ってきました。

 だって拡散した犯罪者を捕まえる為に手薄になっているこの辺が一番警備ザルだし。

 「さーて、残金は……ウン、国家予算。

 装備は初期装備のまま。でも……」

 レベルが上がっていた。

 プレイ開始時に1レベルだったのが、今や53レベル。ちなみに今のところモンスターは一度も倒していない。

 「国家規模の犯罪でも経験値は溜まるってリアル。

 さて、もう時間も無い文字数ギリギリだし、早速取り掛かろう。」

 レベル上昇で得たステステータスPポイントで技巧度と俊敏性を強化。

 取り出したのは宿を取る前に買った魔王の国の解説本と金属板、お釣り、そして専用の彫刻刀。

 「魔王を手を触れずに倒す方法を教えてあげよう。」





 それから





 懸命の捜索にも関わらず、王誘拐の犯人は見つからず、そして世に放たれた50名の犯罪者も大半が見付からずに一か月が過ぎていった。

 国内は大混乱。国庫が空になって経済は破綻寸前。王の前には革命が迫り、国外に目を向ける余裕は無かった。

 誘拐犯が魔王退治を目的に動いていると言っていた事と魔王の国も革命が迫っていた事を知る人間は少ない。




 《魔王城 玉座の間》

 「贋金だと?」

 玉座に座す山羊の角を頭から生やして浅黒い肌の偉丈夫が側近の半人半馬ケンタウロスに聞き返す。

 「はい、大量の贋金が密輸される所を瀬戸際で発見いたしましヒヒン!」

 渡された硬貨は確かに我が国の硬貨だが、少しだけ粗い・・

 「よくやった。贋金対策を徹底しろ。指揮はお前が取れ。」

 「ハッ、かしこまりまヒヒン!」


 《魔王城 とある部屋》

 「あー、ちゃんと見つかったんだね。良かった良かった。失敗作・・・も役に立ったみたいだ。」

 「感謝するヒヒン。お陰で贋金対策の指揮を取る事になったヒヒン。」

 「オッケ。じゃぁバンバン検挙して社会不安を煽ってくれ。」

 既に魔王の国に贋金は入り込んでいる。



 技巧度を上げた状態で作ったものは二つ。

 最高品質の人間の国の贋金。

 魔王の国の解説本を参考に作った魔王の国の贋金。


 そして、人間の国の贋金を、逃げた凶悪犯を橋渡しにして人間の世界の裏社会の人間に売り込んだ。

 『これだけのものがボクには作れる。魔王の国の硬貨やコネを紹介してくれたら原版を渡そう。』と言って。

 あとは魔王の国の贋金を作り、作った贋金で魔王の国の連中を買収。魔王城の連中をスパイに仕立て上げて一丁上がりだ。

 失敗作を敢えてスパイに見付けさせて『贋金の存在』を周囲に匂わせる。

 疑心暗鬼になって真贋を見破ろうとしても紆余曲折あってレベル92になったボクの技巧度で作った贋金は簡単に見破れない。

 疑心だけが貨幣に集い募り、信頼が堕ち、大量に贋金が横行して、最後に待ち受けるのは



 「ハイパーインフレ。

 見破れないから貨幣に疑心暗鬼の目が向き、生活は困窮。そうして最後に待ち受けるのは国家の滅亡か革命か。」

 今まで相手にしたNPCには各々の思考があった。

 自分が損をしたくない。美味しい思いがしたい。自分が重用されたい。自分が好かれていたい。自分以外が幸せなことが許せない。Etc etc etc etc……

 だからこそこれが出来た。

 「さぁて、魔王の破滅まであと少し。あっ、そういえば人間の国にも高品質贋金が出回ってるんだっけ?

 じゃぁ両国の破滅が見られるぞぉ。」

 こうして数日後、両国で革命が起こり、魔王は名も無き誰かに打倒され、見事ゲームクリアとなった。







 そうしてクリア後、友人に報告がてら一連のプレイ動画を送ったところ。

 「うわぁ……」

 ドン引きされた。

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