政府公認のプレイヤーキラー

 1時間後、オレは今まさにイベント専用筐体に乗り込みゲームの世界に入ろうとしている。上司である四葉さんと別れ、政府関係者を名乗る男に連れていかれたのは、都内某所のイベント会場だ。

 表玄関には多くのマスコミが詰めかけており、スキャンダル芸能人の自宅を取り囲むかのようだった。

 会場内の控室でゲームの説明や機材の説明を受けるわけだが、なぜオレが今、全世界が注目しているゲームの中に自ら入ることになったのか。先程、移動中の車内で政府関係者の男──三鷹さんから受けた説明を思い出す。


「初めまして、赤羽さん。政府関係者の三鷹優みたかゆうです。時間がないので単刀直入に申し上げますが、あなたに今回の事件対策チーム、実行部隊の切り込み隊長をやっていただきたい」

「……先程、上司である四葉から話を伺った際もそこがよく理解できなかったのですが……なぜ私なのでしょうか?」


 四葉さんもなぜオレが選ばれたのかはわかっていない様子で、詳しい話は政府の人に聞いてくれと言っていた。

 そもそもまだ、この話を受けるとも言っていない。


「はい。理由は3つあります。まず1つ目の理由としては、時間的余裕がないことです」

「……と、いいますと?」

「現在、事件が起きてから丸1日が経過することになります。メーカー側の説明によれば、1週間連続ログインした場合でも健康面で問題がないということですが、被験者が20代男性ということもあり一般的に体力がある人でのデータしかないわけです。今回のイベントでは下は18歳から上は60歳まで老若男女幅広い層の参加者がいます。何が言いたいかと言われれば──」

「──つまり、体力のない子供やお年寄り、女性は健康面で1週間も保証ができないということですか?」

「察しが良くて助かります。補足すれば、たとえ男性であっても、1週間の連続ログインは危険だというのがこちらの見解です。すでに24時間が経過しているこの状況事態、対応としては遅すぎる」


 だからこそ。


「会場近くの勤務地に在籍している警察関係者ですぐに対応できる人物。長時間の連続ログインでも健康面でリスクが少ない20代男性。ここで候補が絞られます」

「何人かでいま使える揺り籠を使い回せばこちらの健康面に関しては考えなくてもよいのではないですか? 流石に休憩はできますよね?」


 100人のプレイヤーのうち1人だけが現実に戻ってきた。こちらで使えるゲーム筐体──揺り籠はそのひとつのみだ。だからこそ条件絞っているのだろうが、そもそも1人を選ぶ必要があるのだろうか?

 そう思って聞いてみたが、そのあたりはちゃんと考えているらしい。


「はい。実行部隊のメンバーには休息の時間を設けながらゲーム攻略を進めていただきます。ただ、揺り籠を使い回すということはできません。正確には、できるのですが効率的ではないというべきでしょうか。ゲームを始める前にマシンと個人とを生体認証で紐付けするのですが、違う人が使う場合はデータをリセットする必要があり、攻略データもリセットされます。つまり、ひとつの揺り籠を複数人で使用するといちいちレベルがリセットされ、効率的ではないのです。現在空いているマシンは1つのみですので、1人が小休憩をはさみながら同じキャラデータを使うことが望ましいということです」

「なるほど」

「そして2つ目。オブラートに包まずに言えば『何かあっても問題ない人物』です」


 ……へ?


「失礼ですが、赤羽さんはいま恋人はいらっしゃいますか?」

「……いいえ」

「こちらの情報通りですね」


 おい、なんでオレに彼女がいない情報が政府関係者に共有されてるんだよ!? プライバシーどうなってやがる!?


「今回の事件への緊急対策としてゲーム内に人を送り内側からプレイヤーを減らしていくわけですが、これから投入する人物に危険が生じない保証がないというのが現状です。もちろんセキュリティ何重にもかけておりますが、絶対安全とは言い切れない」

「……」

「ご家族のいない方。恋人、婚約者がいない方。子供がいない方。候補は更に絞られます」

「ちょ、ちょっとまってください。確かに私に彼女がいないのは事実ですが、両親は健在ですよ?」


 1人暮らしを始めてからというもの、両親とはあまり連絡は取れていないがちょうどつい数日前に連絡を取ったばかりだ。両親ともにピンピンしている。


「はい。ですので、ご両親の許可を頂いてきました」

「はい?」

「赤羽聖人まさと様と赤羽みこと様。お2人とも警察官とのことでしたので、先に話を通してきました。こちらにメッセージを頂いていますので、ご確認ください」


 三鷹さんが脇から取り出したタブレットを操作して見せてくる。動画の再生ボタンを押すと、両親が写っていた。

 再生してすぐ、画面の中の父さんが口を開いた。


『誠、父さんも母さんも急に呼ばれて話を聞かされて戸惑っているが、緊急な要件だということは理解している。いま世間を賑わせている事件の解決のためにお前が選ばれたのは複雑な気持ちだが、父として誇らしいという気持ちもある。だが、命の危険があると聞かされてそのまま許可するほど父さんも冷酷じゃあない。自分で決めろ、誠。父さんはそれを尊重する。そして、もしやるというのであれば、絶対に生きて全員助けてこい。父さんからは以上だ』


 続いて、母さんが画面にぐいっと顔を近づける。


『マコト……もうあなたは子供じゃない。1人前の大人よ。だから、口を挟むのは間違いかもしれないけど、断るならはっきりと断りなさい。あなた以外にも候補はいるって聞いてるわ。こんなことを警察官である私が言うのは間違っているかもしれないけれど、あなたが自分の命をかける必要はない。でも、この話をマコトが受けるって言っても、私はそれを支持するわ。後悔しない選択をなさい。以上よ』


 焦って撮影されたものなのか再生時間も短いものだったが、ちゃんと両親の言葉は伝わった。

 父さんも母さんも『あ、どうぞどうぞ。息子なら死んでも構わないので。はっはっは』と言っているわけではなかったので少し安心した。母さんの方は特に、言外に『断っとけ』と言っているようにも聞こえた。


「許可をもらったと先ほどおっしゃっていましたけど……」

「ご両親はあなたの意思を尊重すると。つまり、決定権はあなたに委ねられた。あなたがイエスと言えばイエス。あなたがノーと言えば他の方がやるだけですから」


 オレが今回の依頼を受けると言っても、オレの両親が反対すれば三鷹さんたちはオレの両親を説得させる必要がある。だが、父さんも母さんもオレに意思決定を委ねた。

 オレの決定に親が同意するのであれば、それは許可をもらったことと変わりないということだろう。

 少し強引な感じがあるが……。


「なぜ」


 ポツリとつぶやく。


「なぜ、そうまでして私が選ばれたんですか?」


 わざわざ両親に話を通してまでオレを選択肢に残した理由。


「あなたを選んだ3つの理由。その最後の1つは、あなたの実力です」


 三鷹さんはオレの質問に直接答えずに、3つ目の理由を以てその回答とした。


「実力?」

「赤羽さんは、先日行われたゲームの大会で準優勝されましたよね」


 ……まじで、オレのプライバシー……。


「警察関係者、かつゲームの実力がある人物が今回の実行部隊に最も必要な人員です。個人のゲームの実力など、本来調べるのは難しい。なぜならゲームの実力は本来、公に出るものではないからです。自分はゲームがうまいという自信があっても、本当にうまいかどうかはわからない」


 当たり前だ。ゲームの実力なんて自己申告。

 友達とのオフライン対戦で無敗だったとしても、オンラインに入れば惨敗するなんて普通のことだ。


「しかし、赤羽さん。あなたには公式のゲーム大会で好成績を残したという実績がある。上の人たちを納得させるに十分な成績です」

「……ですが──」

「──あなた以外にも候補がいるのは事実です。ですが、あなたが本命であることに変わりはない」


 ──ご決断を。


「……もう会場へ向かう車の中なのに、いまそんなことを言うんですね」

「それについては申し訳ありません。時間を優先した結果、説明が後回しになってしましました。もちろん断って頂いても構いませんが、次の候補を探すのにまた時間が浪費されます。最悪、実力の伴っていない人をメンバーとして選択することも考えられます。もしその選択を採った場合、助けられる人数は間違いなく少なくなるでしょうね」


 選択させているようで、そうでない。


「警察関係者以外なら、私以上の実力者は多いはずですが」

「わかっていて言っていますよね。今回の件、警察関係者ではない一般人に任せることはできません。信頼面と外聞面で」


 信頼面、つまりミイラ取りがミイラになりかねない事態を懸念しているということだろう。

 つまりは、選んだ1人がプレーヤーをキルせずにゲーム攻略をするという懸念。


「現時点で空いているイスはひとつだけ。唯一警察の要求を聞き入れてくれた100人のうちの1人。その筐体を使ってゲームの内側から帰還者を増やしていくわけですが、そのたったひとつのイスがひっくり返って99人が100人になっても困るのです」


 少なくとも警察関係者ならそんなリスクは小さいと考えている。ましてやオレは親も警察官。そこも含めてオレが本命ということだろう。

 そして──。


「先程も説明したように、実行部隊の命の保証ができません。絶対の保証ができないのに一般人を巻き込んでは世間が黙ってません。なにより外聞が悪すぎる。もちろん、命の保証ができないからと言って我々が何もしないわけではありません。実行部隊はできうるかぎりバックアップをし、サポートいたします。リスクは可能な限り減らして臨む」


 ──実行部隊を含めて全員生還、それが最低条件ですから。


「……」

「あくまで100%の保証がないというだけで、定期的にしっかりと休息を取れば死ぬリスクはほぼありません」


 テロの首謀者は逮捕され、いまは多重のプロテクトをかけている状態だと聞いた。であれば、確かに三鷹さんの言う通り、オレが死ぬリスクはほぼないと考えていいだろう。サポートしてくれるというのも、嘘ではないはずだ。

 強引な話ではあるが、それだけ時間的余裕がないのだろう。三鷹さんの焦りが、額に滲んでいる汗から分かる。そして、プレイヤーを一刻も早く助けなければならないという意思を感じる。


「どうされますか?」


 それでいて、最後の意思決定はこちらに任せてもらえている。オレがここで断れば、きっとちゃんと帰してくれるだろう。これだけ誠意を以て接してくれている。これを断るのは心情的に少し厳しい。

 それに……実を言えば、四葉さんから話を聞いたときからオレの気持ちは決まっていたのだ。


「オレ、実は今回のイベントの抽選受けたんですよね。まぁ見事に落ちましたけど」

「……?」

「世界初の没入型VR? ゲーマーとしてやりたいに決まっているじゃないですか」


 一度は諦めたチャンスが再び手元に転がり込んできた。


「受けます、この話」

「……あくまで、第一優先は人命です」


 三鷹さんが釘を刺すようにそう言った。


「わかってますよ」


 確かに、ゲーマーとして新しいゲームに心が踊っているのは事実だが、人命をおろそかにするほど馬鹿ではない。


 だからこそ。


「全員殺して、助けます!!」


 人選まちがえたかな……。

 ボソッと聞こえた気がしたが、もうすでに気にならなかった。

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マジカルストライク! 〜政府公認のプレイヤーキラー〜 獅子亀 @shishikame

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