第5話 魔法を示す②

 ユリウスと俺は学園内にある闘技場に向かう。そこに向かうまでに俺達の間に一切の会話は無かった。


 闘技場は白いレンガに包まれた広い場所だった。周辺には観客席と思われるスペースが設けられており、決闘をすることになった話を聞きつけたようで制服を着た生徒が集まり始めていた。


「貴族はお前みたいに見下すやつが多いのか?」


「……見下す?クズにクズと言って何が悪いんだい?初めは魔導技師の君にも貴族として礼節をもって話しかけてやったというのに、底辺のFクラスを庇い僕に楯突くなんてね。ほんと君には失望したよ」


 ユリウスとの会話で貴族が嫌いになりそうだ。魔道具を使わないと戦えなかったり、生きていけない人はこの国には大勢いる。一人で戦うことが魔法使いの常識みたいなことを言いやがって。


(貴族をこのような状態にしている学院の事に対して学長には話しをしないといけないな)




「それでは決闘を始めようか」


「……ルールはどうするんだ?」


 決闘は双方が決めたルールに則り、勝敗を決める。単純明快なこの決まりを守り、ユリウスに確認を取る。


「私達の決闘の場所は闘技場内、勝利条件は相手が戦意喪失又は戦闘続行不可になったら。敗北した者は今後一切相手に逆らわない事、そして相手に絶対服従することにしよう」


 余程自信があるようで絶対服従という意味わからないルールまで追加してきた。””って条件はこっちにとっても好都合と判断してこのルールを承諾することにした。


「あぁ、そのルールでいい」


「決闘開始はあの時計の針が上に向き、昼の鐘が鳴った瞬間にしよう」


 ルールを決め切った時には闘技場の観客席には多くの生徒が集まっていた。ユリウスを慕う者や媚びを売ろうとしている者が黄色い声援を送る。ユリウスがそれに応えるように手を振ると一段と声援が大きくなる。


 そんな声援を無視して一定の距離まで離れた。決闘には十メートル離れて始めるのが基本というのを資料で見たからである。




「それでは貴族の力思い知らせてあげよう」


「お前の誤った考えを改めさせてやる」




 ――ゴーーン。

 時計の針が上に向き、闘技場に大きな鐘の音が鳴り響く。



「《レッドバレット》」「探知魔法 《方位コンパス》」



 二人同時に魔法を発動する。

 

 ユリウスは指をこちらに向け、周囲に形成した圧縮した火の玉を放つ。俺は攻撃魔法を発動してくると読んで、魔導書を開き探知系の魔法を発動する。

 

 魔法は速度と量を意識したもので俺に向かって一直線に飛んでくる。しかし、その魔法が俺を捉えることは無く、躱された火の玉が後方に着弾して爆発する。


 当たらない事にムキになったのか、先程と同じ魔法をさらに量を増やして発動する。結果は同じで俺に当たることは無かった。


「な、なんで当たらないんだよ!」


「さぁ、なんで当たらないんだろうね?」


 俺は白を切る。命中率はともかく威力、速度はさすが貴族と感心する。魔道具無しでこの魔法形成能力。しかし、この程度で付け上がっていては魔法使いの将来は見えない。


 ユリウスの魔法が当たらない答えは簡単。俺が探知魔法方位を使っているからだ。

 この魔法は一見何もしてないように見えるが、魔力を相手が感知できないほど極限まで薄く広げて俺の把握できる空間を増やしたことで、魔法の形状やその威力、速度至るまでの全てを知ることができる。

 魔法の軌道を読み取るなんて造作もなかった。


「《フレイムウェイブ》」

 

 魔法が当たらないと判断したユリウスが広範囲攻撃魔法に切り替える。衝撃と同時に炎の波が押し寄せる。



 この判断は正解だ。《方位》の唯一の弱点は把握ができるだけであって、全ての魔法を防ぐわけではない。

 俺は魔導書のページを捲り攻撃魔法を繰り出す。


「《ウォーターウェイブ》」

 

 衝撃波と大量の水を周囲に広げる。この魔法は《フレイムウェイブ》の相殺魔法。

 

 お互いの魔法が干渉し合い蒸発する。周囲が一瞬霧に包まれユリウスは魔法の発動を止めたが俺はそのまま魔法の威力を強める。

 眼には見えないが、最初に展開した《方位》で空間を把握できていたからだ。

 水の勢いを強めた結果、ユリウスを闘技場の壁まで追い詰める。周囲の霧が晴れ、ユリウスは体を壁に打ち付けられたことでダメージを負っていた。


 ボロボロなユリウスの姿を見た生徒たちが騒めき始める。学院内の実力者、又は負けをあまり知らなかったのであろう。周囲からはありえないといった言葉も聞こえる。


 ふらふらとこちらに近づくユリウスは、良そうだにしない俺の実力に気分を害した表情をしている。



「ローウェン、お前を許さない」



 パチンとユリウスは手を上げて指を鳴らした。

 

「あっぶねぇ!」

 

 その瞬間、俺の頬の横に電撃が走った。観客席の辺りから魔法が飛んできたが、瞬時に顔を逸らしたおかげで当たることは無かった。

 

 飛んできた攻撃魔法 《リア・ライトニング》は殺傷能力の高い魔法であり、学生で使用できる者は多くない。



「……おい、?」


「何を言っているのかわからないな?」


 そう言って指を鳴らす。相手は分からないが鳴らすたびに《リア・ライトニング》が飛んでくる。

《方位》で躱せはするがこのままだと防戦一方になってしまいかねない。




「先に決闘のルールを破ったのはそっちだからな」


「何を言ってるか分からないな」


 笑いながら答えるユリウスと攻撃してくるもう一人に対抗し、魔導書のページを捲った。



「探知魔法 《完全方位ディ・コンパス》」


《方位》の上位互換の魔法に切り替え、観客席にいる相手の位置も把握する。


(あいつ……か)


 魔法を発動している一人の男子生徒を見つけ、薄く広げていた魔力を二人の周辺に集める。二人とも少し違和感を感じ取っていたが、もう遅い。


「収束魔法 《刈り取る者ハデス》」


 俺は魔導書を閉じた。《完全方位》で展開した魔力を相手の魔力と一緒に《刈り取る者》で一瞬で収束させる。空間に亀裂が走り、ユリウスと観客席から攻撃してきた男子生徒はパタリと倒れる。



 しばらくの沈黙の後、観客席から歓声が上がり俺は勝利を確信した。



(……この騒ぎ、どうやって収めよう?)



 急に背後で手を叩く音が鳴りと振り向く。そこには黒服の女性教員が立っており、こちらに向けて歩み寄る。


「ローウェン君さすがですね。この場のことは任せてください。移動しないと授業が始まってしまいますよ」


 俺は忘れていたと言わんばかりに逃げるようにその場を後にした。



 



 長い一日はまだ終わりそうになかった。

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ローウェン魔導技師の色彩の書 天宮時雨 @amamiya-shigure

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