(2)月で搗く餅、のち追放。ときどき追憶。
別に私は、帝だろうとなんだろうと、言い寄ってくる輩は全排除の一択。とにかく、もとの世界に帰りたいですもの。ほかの選択肢はない。
しかし、おじいさんやおばあさんはそうもいかない。五人の貴公子レベルではない。最高に驚き、慌てている。命の危険を感じるほどに。
いたいけなお年寄りの心をかき乱すなんて反則でしょ、と私は冷ややかに観察している。
身分も教養もない私なんて妃にしても、末端に加えるぐらいしかできないだろう、そんなのお断り。うっすらとしたら記憶しかないとはいえ、月では、のほほんと暮らしていたのよ、私。後宮の寵愛争いなんて冗談じゃない。戻りたい。
でも、そんな言い訳が通用するわけもなく。
堂々と、帝は私に会いに来た。
これがどんなに異例なことなのか、おじいさんは私に力説してくる。そもそも帝は御所を動かないもの。根回しも警備も大変だもの、分かります。
でも、迷惑……なんだよね、正直なところ。要するに、警固万全な内裏を離れ、おじいさんの邸までわざわざやって来たんだよってよいう圧ですよね、圧! 自分勝手っていうか、周りのことを考えていないというか。私のことが気になるのは仕方ないけれど、配慮がなくないか? 女性ひとりのためにお金も時間も労力も注ぐなんて、どんなツラしてんのかって話で。
だから、帝になんて、まるで期待していなかった。
どうせ、わがままなおぼっちゃんだろって軽蔑していました。
周囲の反対を押し切って女の邸へ来るぐらいですもの、当然です。
なのに、美青年だったんです。反則です!
これまでに押しかけてきた貴公子なんて比較対象にならない。
女子かと見紛うほどの線の細さに反して、意思の強い双眸。優雅な物腰はもちろんうつくしく、絵になる。当然最上最高級なきらっきらの装束をお召しゆえ当然なんだけど、まぶしい。この御姿、切り取って保存しておきたいぐらいに。ラスボス感、半端ない。
転生初の、戸惑い。焦り。なんなんだ、どっと押し寄せるこの感情の渦は。月に帰ると決めていたのに、帝のそばにいたい。もっと話がしたい。強烈に惹かれはじめてている私がいた。
いけない。
ここは、心を無にして博愛に徹しなければいけないのに。
いつの間にやら、御簾の向こうに座っている帝が、笑顔で話しかけてくれている。今日の天気のことからはじまって、道中で見聞きしたこと、最近のマイブーム。しっとりと落ち着いた声色に、私を飽きさせない話術も巧みで感心してしまった。
いけない!
帝が御簾に手をかけてこちらの様子を窺った瞬間、私は身を固くした。
イメージを竹に集中し、私は飛んだ。おじいさんに見つかったときのように小さくなって。竹林に戻って隠れた。
しかし、私の体からは光がこぼれていて、姿すべてを隠せなかった。追いかけてきた帝に、見つかってしまった。息を止めていたのに。
ヒトの姿を捨て、竹に舞った私を帝は驚きこそすれ、怯えたりはしなかった。もちろん、強引に掘り起こしたりもしなかった。
「
最高の笑顔を残し、帝は御所へ帰っていった。
***
次の満月が近づいている。
帰れる、そんな気がする。
だって、月の表面に「CLEAR! NORMAL END」って書いてあるんだもの。ででーんって、大文字で。
帝もクリアしたんだ、という安堵が生まれた。
なのに。
思い出すのは、帝の御顔。
あれから、文が何通も届いたがすべて無視した。
私を諦めてはいないらしい。情に訴えられたら落ちそうだ。返事をするような教養も持ち合わせていないので、申し訳ないけれど黙殺。紙も手跡も移り香も素晴らしくて捨てるには惜しいので、文箱にコレクションしてある。
ごめんね、帝。思いはうれしいと嘆きつつ、顔はにやけてしまう。だって私、月に帰れるんですもの!
一方的に向けられる愛は鬱陶しくて、しんどかった。
月に帰ったら、そうならないように、私はしたい。
毎晩、私が月を見て泣いているのを不審に思ったおじいさんとおばあさんは邸の警備を強化した。庭には篝火がじゃんじゃん焚かれ、昼のように明るい。完全装備した
「うれし泣きなんだけど」
罪悪感に包まれる。
私がいなくなったら、おじいさんおばあさんは悲しむだろう。せっかくできた娘がいなくなるなんて。
身分どころか氏素性も不明な女に求婚した帝、史上初じゃない? お気持ち、うれしかった。
最後の日はおじいさんおばあさんに尽くして過ごそうと決め、帝にもお文を書いた。
この瞬間が大切で、かけがえがないものだった。恩を感じているけれど、明日にはきっと、なくなっているだろう。親不孝な娘で申し訳ない。月に帰ったら、地上で感じたことを毎日追憶することにしよう。
ああ、月が輝いている。まぶしい。お迎えが来た。
帰りたいような、帰りたくないような。この世界の居心地は、そこそこ良かった。
月からの使者の列は、邸を警固する武士どもを無力化して突き進む。淡々と、私を迎えるようだった。
おじいさんおばあさんは抵抗したが、使者の前には無力だった。せめてものお礼にと、私は使者が持ってきた不老不死の薬をふたりに渡した。帝への献上品だったかもだけど、そんなん知らん。おじいさんおばあさんには長生きしてほしい。
私は、使者から天の羽衣を受け取ると心を失った。
この世であったことも一切忘れ、すうぅっと吸い込まれるように意識を失う。
ただ、身を横たえて、さざ波のように静かな揺れに身を任せていればよかった。
忘却。
なんて便利なことばだろうか。私は感情を失い、忘却に包まれた。
***
「またノーマルエンドだった」
この、『かぐや姫』というタイトルのゲーム、何周目のプレイだろうか。帝を攻略したいのに、たどり着くのはほぼノーマルエンド。帝はお優しくてお上品で引き際が良すぎる。どうしてくれようか。
帝はラスボスだから難易度高いって分かっている。それでも、やっぱり帝をオトシタイ。
主人公は月に帰れてほっとしているけれど、プレイヤーの自分はなんとなく納得がいかない。帝の愛を受け入れて幸せになるENDはないの? 全方向に愛を配って回収しないなんて。逆ハーレムENDでもよろしくてよ??
不老不死の薬をもらったおじいさんおばあさんを見て。
かぐや姫がいないなら不老不死になったってつまんね! と言わんばかりに薬を焼き捨てた。しかも、富士山に。不死、ふしさん、富士山。だから富士山は煙が立ち上る活火山なんだって。
誰も愛さなかったゆえに、月に帰れたかぐや姫。
「それで、納得していたのかなぁ?」
ゲームのエンディング画面を見ながら、思わずつぶやいてしまった。
もといた世界に帰りたい気持ちは分かるような気がするけれど、地上でちやほやしてもらえるんだったらそれはそれでいいじゃないか! 思いっきり、笑ったり泣いたりしようよ? 言い寄る貴公子を手玉に取って、おもしろおかしく地上ライフを選択する生き方もあったんじゃないのかって突っ込みたい。
「ねえ、かぐや姫?」
画面の中のかぐや姫に向かって問いかけたけれど、答えはない。
(了)
かぐや姫はノーマルエンドを強く望みます fujimiya(藤宮彩貴) @fujimiya
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