かぐや姫はノーマルエンドを強く望みます

fujimiya(藤宮彩貴)

(1)月で搗く餅、のち追放。ときどき追憶。

 ウサギたちのいていたお餅が、すべてのはじまり。


 通りすがりに、おいしそうだなって思ってしまったの。周りに、誰もいなかったの。ウサギさんには、あとで言えばいいかなって軽い気持ちで。


 やわらかくて、もちもちで、白くて、お餅はおいしかった。空腹だったし、ありがたかった。


 とはいえ、そんなことが許されるはずもなく。

 お餅の盗み食いが原因で、罪を犯した私は月世界から追放されました。


 ***


 転送されたのは、そっちの世界。


 つまり、地上に落ち……堕ちたわけで!


『もとの世界に帰るには皆を愛し、大切に思うこと』


 ウサギは神の使いだった。お餅は神饌である。それを勝手に食べられたんだから、激怒も頷ける。まあ、お餅の完成後放置はどうなのよって突っ込みたくなるけれど。


 華麗なる面倒なミッションを、頂戴した。

 月へ帰るには、博愛しろってことらしい。


 でもどうやって? 私は身を小さくして竹の中に身を潜めて途方に暮れていたのだが。

 偶然通りかかったおじいさんが私を見つけた。竹筒が光っていたみたいで、分かりやすかったと思う。私の存在は隠せなかったみたい。


「なんと愛らしい! これは神からの贈りギフトに違いない」


 竹に入るためにお人形レベルで極小サイズ姿だったが、子どもに恵まれなかったというおじいさんは、これ幸いと私を大切に抱えて持って帰った。


「まあ、かわいらしいお姫さまね」


 おばあさんも大歓迎。竹の中にいた人形を全然奇妙に思わないらしい。こっちの世界の人の感覚は変わっている。え、夫が得体のしれない子どもを持って来ても喜ぶの? しかも不気味なぐらいに小さいのに?


 私が隠れていた竹が光り輝いていた、というのをもとに『輝く姫』『赫々かくかく姫』と呼ばれはじめたが、『かぐや姫』というのが言いやすいという理由で、なんとなく定着した。


 ***


 そんなこんなで、私は三か月ぐらいでおとなの姿になりました。


 いつまでも小さかったら話が進まないし。『変化へんげの人』と思われているので、違和感なかったっぽい。月のウサギたちも、美女成分を増量の上で追放したみたい。ありがたい。育ててくれているおじいさんおばあさんには悪いけど、私はとにかく早く、月に帰りたいのよ(本音)。


 ***


 私が来てから、おじいさんとおばあさんは幸運強運の持ち主になり、あっという間に成き……大金持ち。小屋のようだったみすぼらしい家も立派に建て替えてお屋敷になり、食べるもの着るものにも困らなくなった。ふたりは私のおかげだと、とても大切に扱ってくれる。まるでほんとうの娘のように。


 私としてもまあ、悪い気はしない。だけど、『皆を愛し、大切に思うこと』がポイント。おじいさんとおばあさんを敬い、使用人にもやさしくするよう、心がけた。


 しかし、うつくしく輝く私のことはすぐに噂になり、都にまで届いたようだった。


 なんと、都の貴公子から、求婚の文が届くようになったのだ。


 モテることが面倒だったなんて知らなかった。


 しつこく降り続く雨のように届けられる文はおばあさんが対応してくれたけれど、毎日とんでもない量。こちらの気を惹くために気の利いた贈り物を付属させてくるあざとい輩もいて。贈り物が花だったり、ちょっとした飾りならまだいい。中には、とてつもなく高価なものや荘園を贈ってくる男もいた。あほか。


 求婚者の中でも、特に熱心な五人がいた。


 私にしてみれば、迷惑極まりない。こっちの顔も姿も知らないのに求婚? 意味が分からない。

 皆を大切にする精神を肝に銘じているので、結婚はできない。しない。おじいさんおばあさんは幸せな結婚を望んでいる。まあ、分かる。竹生まれで急ごしらえとはいえ、育てた娘の晴れ姿を見たいだろう。


 でも、そうはいかない。いかせない!

 さて、めんどい五人をどうするか。


 で、私はふととある考えに至った。

 皆を愛するということは、誰も愛さないということではないか、と。

 そう考えたら、気持ちが楽になった。私の目的は月に帰ることであって、地上で楽しく過ごすことではない。


 まずはその五人を振るために……ではなく、愛の証を見せてもらうために、難題を提示してやった。


「石作の皇子さまには、仏の御石の鉢。倉持の皇子さまには、蓬莱の玉の枝。阿倍の右大臣さまには、火鼠の皮衣。大伴の御行大納言さまには、龍の頸の玉。石の上の麻呂足中納言さまには、燕の子安貝をそれぞれお願いしますわ」


 ……持ってきたら、(一度ぐらい)逢ってやってもいいけどね!


 ***


 で、どうなったかというと。結果から言う。

 全員、ミッション失敗だった。


 そこで、ざまぁとかやっぱりねとか蔑んではいけない。


 求婚者たちはそれぞれ、愚直に、ひたむきに、難題と向き合ったようだった。はっきり言って、私が課題にしたミッションはすべて、想像の産物か文献上のモノ。そんなん、探して見つけろなんていうほうが鬼だ。つまり、私が鬼。


 いちばん凝っていたのが倉持。こやつは、できる。難題の捜索を創作し、精巧緻密な偽物を用意してきた。

 まあ、偽物の製作費をケチって下請けの職人に訴えられて終わったんだけど。訴えがなかったら、おじいさんおばあさんは倉持にまるっと騙されていたかもしれない。あぶない、あぶない。


 倉持以外は、申し訳ないけれど雑魚だった。


 求婚しておきながら都合が悪くなって途中で身を引く者。加熱する求婚騒ぎにしらける者。挙句の果てには、思いつめて死人まで出る有様。なんか悪いことをした気分に襲われてしまった。こっちだって困る。安らかに眠ってほしい。


 求婚者を平等に扱って難題を与え、強力な五人を退けた私。慈悲は与えた。

 その後、さすがにこの五人を差し置いて新たに求婚しようとする者は出なかった。

 さあ、月に帰れる、お迎えが来ると期待したものの。


 上には上がいるんだよね……


 私の噂と五人の顛末を耳にされた御方が、アップをはじめました。


 そう、貴公子を超える存在。

 帝。

 今上帝です。

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