第11話
「っか……、橘花ちゃん」
薄ぼんやりと目を開けると、紫の顔が目の前にあった。
「あれぇ、紫ちゃん」
「また風邪をひくよ?」
紫は橘花の顔を覗き込み、微笑む。
「ふぇー、橘花眠っちゃったのかな」
楢崎は大あくびをして、コタツの中で腕を伸ばす。腹筋に力を入れて起き上がった。
「おいしょっ」
「大丈夫?」
「いやいや。紫ちゃんこそ大丈夫? ぐぅぐぅ寝てたね」
「あはは、ワイン飲むと一発で眠りの森に行っちゃうんだよ」
紫は机の上を片付けながら笑う。
部屋の中は石油ストーブで暖められているが、時々入る隙間風の冷気が気になる。
「りょう君は? 昨日朝までしゃべってたんだ」
時計を見るとお昼の十二時を回っていた。
「さあ。部屋にはいなかったよ。どうしたんだろう」
「今度はりょう君探しかな。紫ちゃんが行方不明になった日もあったねー」
「うん、覚えているよ。あれも雪の日だったね。ライブに行っていた」
「そうそう。橘花はりょう君の部屋に飛び込んじゃったよ。紫ちゃんが消えたと思って」
「えっ、そうだったの? ごめんね、心配をかけて」
「ううん、ぜんぜんいいよ。結局、橘花たちはほとんど歩いていないし」
「そういえばそうだったね」
「りょう君どこ行っちゃったのかな、鎌倉の別宅かな?」
「えっ、運転手になるだけなのに。よくアイツに付き合えるね」
アイツというのは水野だと楢崎はうなずく。
「豪邸で何をしてるんだろうねー」
「まぁ、男二人で虚しさ百倍っていうかね」
「こちとら女二人だし」
「そうね。なんでこんな感じなのかな」
紫はクスクスと自嘲気味に下を向く。長い髪は今日もサラサラで肩にかかっている。
「じゃあ、また散歩でも行こうか」
楢崎は急にやる気を取り戻して手を叩く。
「そうだね」
紫は立ち上がって片付けた机の上の缶を持つ。
「私たち、男女で別れて暮らしてもいいかもね」
唐突にそんな言葉を放つ。楢崎は驚いて目を見開いた。
「えー! 二人暮らし? いいね、楽しそう」
楢崎は嬉しくなってキャッキャと喜んでしまう。
「うんうん、二人でやっていこう!」
「まだ何も決まってないよ」
紫はサラサラの髪をたなびかせ、台所の方へ歩いて行った。楢崎は、紺谷と話して不安になった気持ちがまた幸福感に満ちるのを感じていた。
しあわせが続く。
そんな予感がする。
「紫ちゃん、どんな家で暮らそうね」
「なんだか気が早いよ」
「橘花は、今の部屋をガラッと変えた部屋がいいな」
「ああ、そういえば街までいろいろ買いに行ったね」
「そうだね。懐かしい。変な人形も買っちゃった」
「うんうん。どうして最初に部屋を整えるだけのことがあんなに楽しいんだろうね」
「自分の自由にできるものだからじゃないかな」
橘花は遠くを見つめながらつぶやく。
「普段の生活をしていて、自分の自由にできることってほとんどないから。神様になった気分」
「なるほどね。まぁ、神様も何度も模様替えすると飽きちゃうけどね」
「そうかな。自由にできるって、それだけでしあわせだよ」
「橘花ちゃんは、自由になりたいの?」
「えっ、うん、そうだね」
「でも、もう自由じゃないかな? 橘花ちゃんの年齢でも、働き盛りで家に帰れないこともあるよ」
「やだな。橘花は、そういうのは嫌い」
「嫌いでも、やらなくちゃいけないよ」
「うん。でも、橘花は、橘花のままでいたい」
しあわせぐらし yuurika @katokato
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。しあわせぐらしの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます