第10話
話し合いは朝方まで続いた。ほとんどくだらない話を続けるだけで、具体的な内容は一割。
紫は途中で酔い潰れて眠ってしまった。
紺谷は毛布を持ってきて紫の肩までかけた。
楢崎は相変わらず異常に元気で、最後まで一人で喋り続けていた。
「ずっとこのままがいいな」
ふっと楢崎の口からそんな言葉が漏れた。
「それは無理だ」
紺谷は感傷に浸ることもなく即答した。
「だって、ずっとみんなでいられる方が楽しいよ」
「楽しいだけが人生ではない」
「そりゃそうだけど。このままがいいなー」
楢崎はコタツの中で悲しそうに笑う。布団のなかに手を突っ込んで丸まっていた。猫のようだ。
「前も話したけれど、現実逃避してるだけだよね? 未来を決めるのが嫌で、選択を後回しにしてダラダラ過ごすのは最悪だ」
紺谷は睨みつけるようにして言い放つ。淀みなくキレのある発言だった。
「何もしないのは、何もかも諦めることと等しい」
遠回しで回りくどい言い方に、楢崎は嫌そうな顔をする。コウみたいだ。
「道がどうのこうのじゃないだろう。まずは、君が自分自身をどうしたいのか考えなくてはならない。格好を付けるな」
楢崎は、しばらく紺谷の目をじっと見つめてしまった。言葉が見つからない。何も言い返せない。
「でも」
「でもじゃないだろう」
「だってずっといっしょの方が」
「さっきから同じ言葉を繰り返していることに気付いているかな?」
「だって」
楢崎はそのまま黙ってしまう。口を尖らせて不服そうな表情だ。自分の指をいじくっていた。
「りょう君は、皆が好きじゃないの?」
「はあ? 何の話をしている? どうして急に好き嫌いの話になるんだ」
紺谷は呆れ果てたという様子で目を丸くする。
「楢崎にはそういうところがあるな。すぐに抽象的な話へすり替える。答え難いような、妙な質問をしないでくれ」
「でも」
「皆を好きかどうかなんて、将来には関係がない」
「あるよー」
「ない」
二人は平行線のまましばらく向き合っていた。こたつに入っているとは思えない深刻さだ。
「りょう君もいつか好きな人と結婚するよね?」
ちらっと様子を探るように楢崎が視線を上げる。
「君には関係ないよ」
「ねえ、あなた本物のりょう君? ニセモノじゃないの?」
紺谷は左右非対称に顔を歪めた。笑っているようだ。
「まるでコウみたい」
「僕は僕だよ。どこかの誰かとは違う」
「でも、なんだか急にこわいなぁ」
楢崎は、こたつの向こう側で毛布をかぶって眠っている紫に起きてほしかった。一緒に反論してほしい。
「ほら、また話をすり替える」
紺谷がまっすぐに楢崎の目を見つめる。獲物を捕らえた狩人のような視線。きっと、迷いのない思考をしているのだろうなと漠然と思わせる。
それにしてもなぜ、こんなに考え方が急に批判的になったのだろう。前にも将来のことを同じように話してその時はむしろ楢崎が責めていた。
「いつだって結論を先送りなんだよ。このままずっと永遠を続けるのか? なんの目的もなく。そんなの、ただのゾンビじゃないか。島をさまようゾンビだよ」
「ねえ、どうしてそんなに怒っているの?」
楢崎は目を泳がせながら尋ねる。
「君が何も決めないからだよ。いつまで経っても同じところをグルグルとループしている」
「うん、そうだけどぉ、でも、橘花も一応は考えているんだよ」
「じゃあ、その証拠を見せてくれよ」
「証拠って言っても、見せられるものじゃないよ」
「もういいさ。永遠にゾンビとしてこの島をさまよっていてくれ!」
そういうと、紺谷はバンと机を叩いて立ち上がった。居間から出て二階へ駆け上がっていく。
「ちょっとぉ」
残された楢崎は、不服そうな顔で誰もいない方を見つめていた。時計は動いている。紺谷が電池を変えたから。
紺谷が怒る理由ももっともだが、矢継ぎ早に質問されたら誰でも困るだろう。
ふう、とため息を吐いて下を見る。
「どうしたらいいのかな」
窓を見ると、カーテンの隙間から鋭い光が入ってきていた。逃げも隠れもしない朝だ。
結局、楢崎は一睡もせずに夜を明かしてしまった。
朝は嫌いだ。
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