薄暗い路地の奥で
穏水
ぐにゃ……
僕は足を止めた。そして横を見る。
「あれ、こんな路地あったっけ」
そこは背の高い建物と建物が挟んだ、狭い路地だった。薄暗く、しんと静まり返ったその路地は、いかにも不気味という雰囲気を漂わせている。
学校の帰り道、僕は家が高校から近いためいつも徒歩で通っている。今日も普通に今までの見慣れた通りを歩いていた筈だ。僕は普段から周りの景色もよく見る。だから、見慣れたはずの道に見慣れない道が存在することに強い違和感を覚えた。
好奇心、と言って間違いないだろう。僕は心の奥から湧き上がるそれを抑えられなくなり、ついにその道に一歩踏み出してしまった。
路地の突き当りは暗くてよく見えない。怖さもあった。けど好奇心には勝てなかった。
一般成人男性が横に二人ギリギリ並べるだけの隙間しかない。その路地を僕は息を沈めゆっくりと歩いていった。先程の通りと違い、何一つ音が聞こえない。いや、僕の吐息だけが聞こえる。
──ぐにゃ。
しばらく歩いたところで、足が何かを踏みつけたみたいだ。踏みつけたというか、沈んだ、の方が正しい。
僕はしゃがんで踏んだ正体を探ろうとしたが、何もなかった。足の裏を確認しても、猫の糞も何も付いていない。
おかしいな、と思い慎重にまた一歩踏み出した。
──ぐにゃ。
やはりだ。完璧に足が沈んだ。また一歩踏むとどんどんと沈んでいく。
ダメだ。僕はその場を引き戻った。これ以上進むと嫌な予感しかしない。
顔を上げる。真っ暗とまではいかない薄暗闇が、終わりがなく永遠と奥に続いている。まさに世界と隔離されたような空間だった。
◇
教室を、真っ昼間の明るい陽の光が窓から照らされる。
「なあ、
「どうした?
僕は唯一の幼馴染、中道に声を掛けた。中道は僕の何倍も頭がよく、また体育会系でガタイがすごく良い。中道に出来ないことなんかないんじゃないかと僕は思っている。
「あのさ、駄菓子屋の近くでさ」
中道は僕と家も近いため、帰り道も必然的に同じになる。だが中道は部活があって、一緒に帰っているというわけではない。
「大きな建物に挟まれた路地って知ってる?」
「路地? いや、知らないな。あそこに路地なんてそもそもあったか?」
中道は顔を険しくした。真剣に考えるときはいつもこの顔をするのだ。
「それが昨日あったんだよ。僕も初めて気付いたんだ」
「堀川が言うのなら、そうなんだろうが……」
「で、好奇心でそこに入ってみたんだけど、なんか
「流石にって、俺別になんでも分かるわけじゃないからな。とにかく、今日一緒にそこに行こう。部活は休む」
好奇心に関しては、中道に勝る人はそうそういない。僕も好奇心は強い方なんだけど、中道とは比べ物にもならないほどだ。
「それは良いんだけど、結構不気味なんだよねそこ」
「いやいや、それが良いんだ。不気味じゃなきゃ面白みがないだろう?」
恐らく中道はどこかしら頭のネジが外れているのだろう。まあ言ってることは否定出来ないけど……。
「じゃあまた放課後になったら声かけるね」
「おう」
終礼が終わり、早速僕は中道に話しかけた。
「中道」
「よし、じゃあ行くか」
「え、部活休む報告はしなくてもいいの?」
「良いんだよ。別に強制じゃないんだ」
毎日部活で活躍している中道が、報告もせずに休むのは流石に無理があると思うが。どれだけ好奇心が強いのだろう。
「うーむ、まあいっか」
久しぶりの中道と帰路を歩いた。高校生に上がってから、中道とは長らく一緒に帰っていなかった。いつも忙しそうだし、邪魔をしてはいけないと思って声を掛けてこなかった。
こうして二人で帰ると、懐かしく、忘れていたような感情が沸いてくる。
「そういえば今思い出したんだけど」
中道がいきなりそんなことをいい出した。何を思い出したのだろう。
「たしかその駄菓子屋の近くで結構行方不明者とか出てるんだよな。毎年二人くらい」
「結構な頻度じゃん。いや普通に怖いって」
「あと夜中に人のうめき声?みたいなのが聞こえるっていう話も聞いたことあるけど、何年も原因は解明できてないし、結局その報告をするのも同じ人ばかりだし、あまり確証はないみたいだけどな」
今の状況と照らし合わせてみたら、結構否定もし難い報告だけど。本当に大丈夫なのだろうか……。
「ま、俺がいるから大丈夫だろ」
「確かに、中道がいたらそこまで心配じゃないかも」
中道に出来ないことはない、と僕はそう信じてしまっている。中道がいたら何とかなる、と。
「ここ、か」
いつの間にか、僕が昨日見つけた路地の前まで来てたみたいだ。
「そう。どう思う?」
「堀川が言う通り、見覚えのない路地だな。それに薄暗く、不気味……」
中道は、その路地を凝視し、眉間にしわを寄せる。
「そういえば、ここの住民は一体何してんだよ。周りに人がいねえ」
僕は周りを見た。遠くには車や人が歩いているのが見えるが、近くは本当に誰もいない。
「やっぱり、今日は辞めとく……?」
昨日の好奇心はどこかに行き、急に恐怖心というものが身体を蝕みだした。
「いや無理だ。俺は今日しか行けない。明日、もしかしたら俺死んでるかもしれないし」
「なんだよそれ……」
部活の話だろう。どうせ、顧問にこっぴどく叱られて……その先は考えずともわかる。中道の立場になってみても、やはり今日しかないか。
「よし、じゃあ俺の後についてこい」
「……わかった」
心強いのだが、何かまた嫌な予感がする。無事に帰られたらいいのだけど。
中道は、何の迷いもなしに先を進んだ。俺もその薄暗い路地を、中道の後に沿って進む。
ふと思った。僕は何のためにこの先を行くのか。それはただの、この先には何があるのだろうという好奇心だけが足を動かしているのか。もしかしたら、誘い込まれているだけなのかもしれない。
そんな可能性が頭の隅に過るも、中道の足が止まらない為、僕も進むしかなかった。
「ほう、これは……」
中道がいきなり足を止めた。恐らく、あの空間に立ち入ったのだろう。
「柔らかい」
中道はそう言った。そしてまた足を動かし出し、奥に進んでいった。段々と、薄暗闇の中に消えていく。
「お、おい中道! 放っていかないでくれ!」
「はは、じゃあ早く来い! 堀川、この道は楽しいぞ!」
「く、狂ってやがる……」
でも中道はそんなやつだったな。今更止められない。
僕も一歩、足を踏み出した。
ぐにゃ、ぐにゃ、ぐにゃ……。
足が沈んでいく。気持ちの悪い感触が足を支配し、不安の根が脳内に広がる。
それでも僕は進んだ。中道が先に行ってくれた、少しの安心感を種に。
もう完全に光が消えた。中道も見当たらない。
──コツッ……。
ついに、地面の感触が変わった。僕のコンバースが綺麗な音を立てる。こつ、こつ……と。
もう、視界は真っ暗だ。耳鳴りと、僕の粗い息遣いだけが聞こえる。周りが今どうなってるのかもわからない。でも足だけは止めなかった。
「わっ!?」
突然、僕の目が光に包まれた。暗闇に慣れた目が眩い光に耐えられず、反射で瞑った。
「ははは、よく付いて来た。俺の相棒よ」
「な、なんだよ……驚かせないでくれよ……」
突然投げかけられたその声は、聞きなれた中道の声だ。どっと、安堵感が身体を流れた。それ程までに、僕にとって中道は心強いのだろう。
「それにしても、なんだこの空間は……」
中道は今まで出したことのないような声で言った。
僕も、ゆっくりと目を開ける。
そして僕は驚愕に包まれた。
「なん、で……」
何故なら、そこには数え切られないほどの、大量の骸骨があったからだ。
「俺もわからない。更に謎なのが、無臭だといいうことだ」
中道に言われてから僕もその事実に気が付いた。確かに、人の死体がある場所は、なんらかの腐臭が漂っているはずだが、この空間は本当に無臭なのだ。おかしいくらい無臭なのだ。
「堀川、後ろを見てみろ」
僕は言われるまま後ろを向く。中道のスマホのライトが照らされたものを見て、僕は頭を抱えた。
「は……?」
脳が追いつかない。なぜなら、先程俺が進んでいた道が無くなっていたからだ。壁、がそこに存在するだけだった。恐る恐るその壁に触ってみても、ひんやりとした、土とコンクリが合わさったような……先程の道など影すらない。
「うむ、これは閉じ込められたといって間違いではないだろう」
「いやそんなこと言っている場合じゃ無いって! 先はないのかよ!」
「先はあるが……行くのか?」
「だって見てみてよ、壁じゃん! 出口に行くには先しかないでしょ!」
少し、熱くなってしまっている。でも、閉じ込められるのだけはいやだ……僕にはやり残したことが……。
中道は、少し寂しそうな顔をして、渋々頷いた。そして、スマホを奥に照らし、中道は先に進んでいった。
僕も付いていく。
数多の骸骨がそこら中にあり、いつの間にか広くなっている道を僕たちは無言で進んでいった。
一分くらい経ってからだろうか、ついに中道は止まった。僕も、中道につられて止まる。
「ち、中道……」
目の前にした結果を見て、僕は膝から崩れ落ちた。
もう、僕の足掻きは、何の意味も為さなかった。
「ああ、俺もさっき見たんだ」
東京ドーム半分ほどの広大な空間に、千を優に超える骸骨。その間に眠る、全長15メートル以上の大きな黒く禍々しい物体。耳をすませば、その物体が低く小さな呼吸を繰り返していることに気が付く。物体の表面は、硬い鱗みたいなものに覆われており、顔を隠すように包まっている。
それは明らかに、この骸骨の元となった人間を
◇
──この人を探しています。一人はガタイの良い中道という高二の男で、もう一人はその友達、パッとしない顔ですがこの写真の堀川です。見つけた人には……
薄暗い路地の奥で 穏水 @onsui
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます