第5話 4度目

 ヒナタがタカテラスに如雨露を渡してからというもの、村には以前と変わらず、程よく雨が降るようになった。

 畑から芽が出て、作物が順調に育つようになってからは、人々の喧騒がほどんとなくなった。その後、タカテラスは約束していた通り2つ隣の娘と結婚をし、3人の可愛らしい命を授かって、順風満帆な生活を送っている。


 それから10年の間に、雨の降らない年が2回あった。

 タカテラスはそのたびに、ヒナタから授かった如雨露を使って雨を降らせ、村の危機を救った。しかし如雨露を使うときは、誰にも分からぬようにこっそりと行う。彼は少年との約束を守ったのだ。


 しかし――。


「雨が降らない……」


 タカテラスがヒナタから如雨露を譲り受けてから、雨が降らない日がまた訪れた。これは4回目。もう如雨露を使って雨を降らすことはできないだろう。


 今回も村で会合が開かれ、今後どうするのかを話し合う場が設けられたが、そのときの話し合いに、今までになかった案が村長の口から出た。


「もしかすると、今回は恵みの雨は期待できないだろう。今までで一番長く待っているが、一向に降る気配がない。そこでだ。今回は地下水を使うことにしよう」


 すると村の代表者たちは口々に「そうしよう」と頷いた。


「指示はタカテラスに任せる。皆、彼に従うように!」


 タカテラスは2回目にヒナタの如雨露を使ったとき、「如雨露が使える最後の1回を使いきったとき、この村はどうなってしまうのだろう?」と想像した。今後、同じことが起こらないとは限らない。そうなったら、もう頼れるものがなくなる。


 如雨露は不思議な力で雨雲を呼び寄せてくれるが、それも永遠に続くわけではない。だったら、どうするか――。タカテラスが行きついた答えは、「水脈」について勉強することだった。


 最初にこれを提案したときは賛否両論があったが、最終的に受け入れられ、彼は昼は畑仕事、夜は村の同年代の人たちと共に水脈について学んだ。


 貧しい村なので、それらを学ぶための資料を手に入れるも一苦労だったし、知識ある人から教えを乞うことも簡単なことではなかったが、タカテラスを始め村人の若い衆が一所懸命にやっていると、自ずと道が開き、最終的に村に井戸を掘ることに成功したのである。


 また、それだけでは心もとないと、雨水の貯蔵施設も造った。

 それにより、一家庭が溜められる雨の量を大幅に増やすことができ、それらを農地に使うことも可能になったのである。


「タカテラスさんのお陰で、雨水の心配をしなくて済んでよかったよな」

「タカテラスさん、ありがとう!」


 作業をしている最中、村の若い人たちを中心にお礼を言われると、タカテラスは少し戸惑いつつ笑い、手を上げて応える。


 タカテラスは思う。

 自分はやれることを、自分らしくがむしゃらにやっただけ。それは確かに簡単に出来ることではないけれども、始める勇気をくれたのはあの少年である。

 彼がタカテラスに如雨露を与え、この村の畑に雨をもたらしてくれなかったらそもそも生きることも難しかっただろうし、「あなたはもう少し自分のやることを信じた方がいいですよ」と言われなかったら、村の水問題のために学ぼうとすることもなかったはずなのだ。


 ヒナタが何者なのかは分からない。

 しかし、タカテラスは想像するのだ。きっとヒナタは、この村を助けるために来てくれた風の便りに聞く魔法使いなのではないか、と。

 真実は分からないが、タカテラスはそれでいいと思っている。何故ならヒナタのお陰で、村は存続の危機を乗り越えられたのだから。


(ヒナタ、元気にしているだろうか……)


 タカテラスは空を仰いで目を瞑る。太陽の力強い光が、閉じた瞼に感じられた。


(もう少し、子どもたちに手がかからなくなったら……旅に出よう)


 それは、彼に借りた如雨露を返す旅である。



 そのお話は、また別のところで――。


 

(おしまい)

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癒しの如雨露 彩霞 @Pleiades_Yuri

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