後編

「貴国の王女アマンダ殿は我が国が"中で何があっても国として責任を負わない"という条件で立ち入りを許可していたナハトヴァルトに足を踏み入れ、命を落とされた。

 ご遺体は損傷が激しかったため、ナハトヴァルトを守る魔女が丁重に葬ったとの報告を受けている。

 侍女のメイは王女を守れなかった責任から精神に異常をきたし、幼馴染でもある魔女とともにナハトヴァルトで暮らしている。

 王女の墓と変わり果てた侍女の様子は貴国がナハトヴァルトに遣わした"追っ手"も確認しただろう。

 これ以上、王女の件で貴国は我が国に何を求めるつもりかな?」

「いいえ…宰相殿の公式なご発言をいただいたので、我らとしてはそれで十分です」

「そうか…。

 我が国で、国益を損なう"派閥争い"は陛下が最も嫌うこと。

 故に我が国は他国に対しても"派閥争い"への不干渉を貫いている。

 貴国も"派閥争い"に我が国を巻き込まないようにしていただきたい」

「承知しました」

アンディーン王国から遣わされた外交官はアイントラハト帝国宰相クラウディア・エルスターの言葉を記録すると、宰相の屋敷から退出し、その日のうちに帝都を発った。


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アンディーン王国からやってきた"追っ手"がナハトヴァルトに足を踏み入れると、いくつもの植物が合成されたような魔物によって行く手を阻まれた。

追っ手の一員で、その魔物に見覚えがあったアイラは魔物に向かって語りかける。

「エリス…あなたに聞きたいことがあるのだけど…」

「何かしら?」

あの時と同じように、森のどこかからエリスの声が返ってきた。


「ここに、メイが女性1人を連れてこなかったかしら?」

「ええ、確かにメイは豪奢な服を着た女性と一緒にここへ来たわ」

「2人はどこに行ったか知ってる?」

「2人とも…今もこのナハトヴァルトにいるわ…。

 でも…変わり果てた姿だけどね…。

 それでも会いたいなら、その子についてきて…」


エリスの言葉に従い、アイラたちが魔物の先導で森の中を進むと、1つの墓に突き当たった。

「彼女の名前…アマンダはあなたたちが捜していた女性で間違いないかしら?」

「ええ…アンディーン王国の王女アマンダ様よ…」

「私とアンネが彼女を見つけた時、外傷はほとんどなかったけど、内臓は手の施しようがないくらい損傷していたわ。

 そのままにしておくとさらなる魔物の餌食になるから、そこにお墓を造って丁重に葬ったの。

 メイは私と一緒にいるから、その子に転移魔法陣のある場所まで案内させるわ…」


魔物に案内された転移魔法陣で"小屋"の中に転移したアイラたちの目の前にエリスとメイが立っていた。

だが、メイはアイラたちが転移してきたことを認識していない。

「えへへ…エリ…エリ…」

虚ろな目でエリスを見つめ、ポニーテールを揺らしながら、ひたすらエリスにじゃれつくだけの存在と化していた。

「王女様を埋葬するまでは…何とか頑張っていたみたいだけど…守るべき、仕えるべき存在が失われたことで、メイの精神こころは壊れてしまった…。

 もう"ハイム"の研究員としても、王室に仕える侍女としても働けないし、王女様を連れ去った下手人として取り調べても、何の意味もないわ。

 王女様の命も、メイの精神こころも救えなかった私だけど、せめて大好きだった王女様の眠るこの森で、これまで頑張ってきたメイを休ませてあげたいの…。

 それが、ハイムの1次試験で一緒に合格できなかった私の償いだから…」

エリスはそう言うと、アイラたちに背を向けてメイを右腕で抱き、左手でメイの頭を撫でた。


あの試験からかなりの年月が経っていたが、未だにエリスは採点ミスがあったことを知らなかった。

そのことをエリスに教えようとアイラが口を開いた時、

「承知しました。

 魔女エリス…あなたにとって見ず知らずの存在であり、あなたの縄張りを侵してしまったアマンダ様に、できうる限りの対処をしていただいたこと、感謝します。

 メイはあなたのご希望通り、我が国でのすべての肩書を剥奪した上で、身柄をあなたに預けます。

 ただ、今回の件はどうしても我が国だけでなくアイントラハト帝国にも、アマンダ様が帝国内で落命されたことを公的に認めていただかないと、今後アマンダ様の名を騙って良からぬ企みをする輩が現れるかもしれないので、別途帝都へ外交官を派遣します」

追っ手の隊長がエリスの希望を受け容れる旨の返答をした。

「私からも今日のことは帝都に報告し、貴国での諸々の手続きが支障なく進められるようにします。

 私が魔女として未熟なせいで、貴国に王女様とメイをお返しできず、申し訳ございません…」

エリスは涙こそ流さなかったものの、しゅんとした顔で隊長に言葉を返す。

アイラはエリスに真実を告げるタイミングを完全に逸し、他の隊員とともに転移魔法陣へ乗る前に、

「エリス、メイ…元気でね…」

と声をかけるだけで精いっぱいだった。


この日から数日経って、前述の通り帝都にアンディーン王国の外交官が来訪し、二国間の交渉の末、アンディーン王国の王女アマンダがナハトヴァルトで亡くなったことは帝国に責のない本人の過失として認められた。


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「王都でエリと一緒に魔法の研究をしたいと願っていた子どもの頃の夢は叶わなかったけど、"マナ"が豊富なここでエリと何百年も、魔女だけに伝わる魔法の研究ができるなんて…幸せ…」

「私も、先代のリリエ様が亡くなってから、ずっと孤独で暮らすものだと思っていたけど、アンネが私を姉として慕ってくれて、幼馴染のメイがパートナーになってくれて、アマンダがアンネの眷属になって、4人暮らしになるなんて…とても幸せよ」


アイラたちがナハトヴァルトを訪れてから10日後、鬱蒼うっそうとしたナハトヴァルトにおいて例外的に陽光が届く場所で、エリスとメイはひなたぼっこをしていた。


エリスはメイの承諾を得た上で、秘術で彼女の心を自分のものにした。

メイはエリスに心を奪われても、普段はこれまでと変わった様子を見せないが、エリスに魔力の籠められた視線を向けられると、完全に正気を失い、エリスのことしか考えられなくなる。

アイラたちがエリスとメイのいるところにやってきた時も、メイはエリス以外の存在を認識せず、うっとりとした表情で大好きなエリスに甘えていた。

もし、あの時エリスが命じれば、傀儡と化したメイは幼馴染のアイラにも躊躇なく襲いかかったかもしれない。

もちろんエリスは、メイにそのような命令を下すことは一度もなかった。


一方、アマンダはアンネによって吸血種の眷属とされた。

アマンダの"人としての墓"はその過程で使用するために造ったが、実際に数日間、アマンダは墓の中にいて、墓の中で眷属に変じたため、"人として存在した最期の場所"には違いない。

アマンダはアンネの眷属になっても本来の人格は"ほぼ"失われなかったが、"主"となったアンネに対して強く惹かれるようになり、アンネも眷属になったアマンダを気に入った。

どうしても必要な時以外は屋敷に引きこもり、アンネの寵愛を受けている。

逆に、アンネがアマンダに甘えたくなることもあり、その時はかわいい主に精一杯奉仕した。


エリスがリリエから受け継いだ秘術の中には男と交わらずに子をすものもあった。

ライコピアにいた頃からエリスに恋慕していたメイは、エリスのパートナーになってから"魔女に伝わる秘術を使ってエリスの子を産みたい"という希望をエリスに伝えたが、エリスが実際にその秘術を使えるようになるまでは、秘術の基礎となる魔法の熟練度を高め続け、彼女の"先代"であるリリエと同じ域に達する必要がある。

また、子どもができると当然ながらエリスと2人きりでイチャイチャできる時間は激減する。

それでも、秘術を構成する魔法のいくつかを受けたことで、エリスが生きている限りずっとエリスのそばで生き続けられる存在になったメイは、エリスとの愛の結晶がその身に宿る日を待ち望みながら、その日が来るまでの悠久の時を愛するエリス、それにアンネ、アマンダ、ナハトヴァルトの魔物たちとともに過ごした。

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夜の森のエリス 長部円 @N5999FP

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