5
「なぁ山辺。」
高岡との飲みの席から二日後、ラジオの収録終わりに細井は山辺に思い切って真意を聞いてみることにした。なるべく、自然に。山辺を刺激しすぎないように。それだけを考えて、精一杯声を振り絞った。
「ん?なんや?」
山辺のいつもと変わらない声のトーンが気持ち悪い。なぜこの男はあと数日で死ぬというのにこうも変わらないのだろう。様々な考えが頭を駆け巡る。
「いや…なんか悩んでることないか?」
下手すぎる話し出し。口から言葉が出た瞬間に後悔の念が襲ってきた。これが最適だったのだろうか。上手く言葉にできない感情が胸の中に沈む間に山辺は口を開いた。
「え、ばれた?」
ラフすぎる返事が逆に恐ろしかったが、そこにツッコんでいる余裕なんてなかった。細井は驚きを隠しながら、精一杯頭の中に浮かんだ言葉だけをなぞることに集中した。
「…俺は今のお前のままでええと思ってる。無理に変わろうとせんでええねん。お前にはお前の良さがある。普段こんなこと言えへんけど、このままやったら俺も漫才出来んくなるやろ?そういうことやねん。今のお前じゃなきゃあかんねん。そんなことしたらあかんなんて俺が言えることちゃうけど、一人の友達として言わせてくれ。それはあかん。お前それでどんだけの人を悲しませるかわかってへんやろ。」
出来るだけ感情を抑えようとしたのに、爆発した。楽屋には冷房が効いているのに背中に汗が滴るのがわかるくらい汗をかいていた。山辺のぽかんとした顔を見て、やってしまったと思った。相方失格だ。そう思い詰めていると山辺が言いにくそうに口を開いた。
「え…俺そんなにダイエットしたらあかんかった?」
細井は意味が分からなかった。
「今ちょっとづつ体重落ちてんねんけど、やっぱ太ってるままの方が漫才でもおもろいよな。トークでデブいじりもできへんしな。細井がそんな考えてるとは思えへんかったわ。でもひとつ言わせてくれ、悲しむってなんやねん。誰が俺が瘦せて悲しむねん。強いて言えば、おかんか。俺のおかん『母ちゃんの料理美味いやろ!』が口癖やからな。まぁ――――――」
「いや、待てや。」
いつになく雄弁な山辺を細井は遮った。山辺は理不尽に怒られた小学生のような顔をしていた。
「言いたくなかったけど、紗季さんにいろいろ聞いてんねん。もう正直に言いや。」
細井は真剣だった。流石に鈍い山辺もその真剣さを感じ取ったのか、似合わない真面目な表情で声を発した。
「…なぁ、”さき”って誰やねん。」
細井はもう訳が分からなかった。山辺がとぼけているわけではないことは、長い付き合いの相方でなくてもよくわかるほど明らかだった。
「お前…彼女おらへんのか?」
「おるわけないやん。おったら細井に死ぬほど自慢するわ。」
真剣な表情から一転、山辺はケラケラ笑いながら言った。
「待て、じゃああいつ誰やねん。」
独り言のつもりだったが、自然と山辺の笑い声を遮ってしまった。
細井は気味が悪かった。自分の目の前にいたあの女は誰だったのか。何のためにこんな噓をついたのか。何もかもわからなかった。
「あの、お二人なんかありました?」
マネージャーの羽田がいつまで経っても楽屋から出てこない二人を心配して、そっと入ってきた。特異な空気を感じ取り、困惑する羽田をとりあえず山辺と並んで座らせて、二人に今まであったことを伝えた。
「なんやそれ気味悪い。」
「明らかに異常なファンですね…」
二人の反応は妥当なものだった。だが、細井は紗季が意味もなく、タイムに近づきたいが為に、こんなことをしているとは思えなかった。
「まず、そいつに連絡してみようや。問い詰めたらあかんから、聞きたいことがあるって言えばええんとちゃうか?」
いつも山辺はかなり攻めたことを考える。だが、細井ももう一度紗季と話をしたかった。なぜかわからないけど話をしないといけない気がした。
「今、連絡してみる。」
細井はスマホを取り出し、TwitterのDMを開くと、そこには『社不さん』からの新規メッセージがあった。紗季に感じている奇妙さと特別感が頭の中でぐちゃぐちゃになるのを感じながら、アイコンをタップした。
『裕介くん、九月一日、シャインヒルズ屋上、待ってる。』
細井はそのメッセージを見てなんとなく感じていたものが確信に変わった。全てがわかった気がした。紗季の真意が。なぜこんなことをしたのかが。細井は汗をかいた額を拭ってから山辺達に向けて口を開いた。
「あーなんかブロックされとったわ。」
山辺達は少し安堵したような顔をして、その日はそのまま解散になった。
一人で帰路に就く途中、ひっそりと指を滑らせて返信を入力する。
『了解』
伝えるべきことを伝えきった指を晩夏のぬるい風が撫でた。
虚偽 おーるど @old_0610
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