生きとし生けるもの誰もを風化させていく、残酷なときの流れ。それが生み出す忘却は救いなのか、幸せなのか。それとも、過去に生き続ける者たちへの餞別なのか。簡単に答えを出すことのできない、そんな現実ならではの葛藤を描いたのが本作の特徴です。実話なのではと思ってしまう毒々しい物語に、共感せざるを得ないほどに暗澹とした苦悩。それらが紡ぎ出す「人間」の像には慄くばかりでした。
そして、それを支える研ぎ澄まされた地の文も魅力的。ときに鋭利に、ときに柔和に綴られる文章は、作品に込められた想いを惜しみなく表現していたように思います。特に心情描写は巧みで、それだけでも一見の価値があるかと。読み手だけでなく、書き手にも読んでほしい作品です。きっと、この作品からしか感じ取れない繊細な感性があるはずです。
極限の現実と人間心理を描いた本作が、より多くの人の目に留まることを願っています。