番外編おまけ 少年達の邂逅・後編

 西の果て? 確かにユニラテラは大陸の西の端に位置している。でも、「果て」だなどと表現する人は珍しい。俺と同じ疑問を抱いたらしいココが質問する。


「そちらはなんというところなのですか?」

『オキシア王国よ』

「オキシア!?」


 今度は美女のセリフにこちらが腰を抜かされそうになった。思わず体もってしまう。見習いだった頃に教えられた教養の中に、確かそんな名前があった。あったけれども。


「お、おい、ココ……オキシアって」

「はい。中央大国の一国といわれる、あのオキシア王国だと思います」


 広大な国土とそこに住まう大勢の国民、大陸の中央には長く長く繁栄する国家が幾つもあるという。でも、どれも聞いただけの話だ。

 神妙な顔で黙り込んだ俺達に、女の子が「遠いの?」と呟く。どうやら頭に描いた地図には本当にユニラテラもフリクティーもファタリアもないようだった。


『いくつもの国を越えた更に先にあるの。国交もほとんどないのじゃないかしら』


 そりゃ、知らなくても無理はないかもな。普通に暮らしていくには必要のない知識だし。


『そんな遠いところの人が、どうしてうちの鏡に……?』


 そうだな、そこをきちんとしないと本当に幽霊だかオバケだかにされちまうよな。


「あーその、魔術でいろんな物を見る『遠見』って術をやろうとして、手違いが起きたみたいでさ」


 しかし、疲れさえ感じながらもなんとか説明しようとすると、またしても予期しないところでつまずいてしまった。


『あの、まじゅつって何?』


 ふざけている様子もなく、いたって真面目そうに聞いてくる。信じられないことに、異国の少女は魔術を知らなかったのだ。

 魔術を知らない人間がいるなんて予想もしていなかった。一体どこから説明すりゃ良いんだ? そう思い悩んでいると、美女――エルさんが代わりに話し始めた。


『魔術は特別な力を使った技術のことで、それを扱う人のことを魔導師というの。でも、失礼かもしれないけど、私も詳しくは知らないの。だって、中央や近隣諸国には魔術も魔導師も存在しないのよ』


 魔導師がいない。それどころか魔術すら存在しない。エルさんの口から語られた衝撃の事実に二人そろって絶句してしまった。

 魔術は俺達にとっては手や足があるのと同じくらいあたり前のもので、知らない人間がいるだなんて思いもしなかった。これがカルチャーショックってやつか?


『えと、つまり……その「魔術」っていう力で遠くを見ようとして、なぜかウチにつながっちゃった、ということ?』

「多分、そう」


 呆然とする俺達を女の子は哀れに思ったか、たどたどしい口調で言い、こちらもそれに力なく頷く。

 エルさんの冷静さにも驚かされるが、この子の順応能力もかなり高いらしいと気付いた。いきなり叫んで逃げ出してもおかしくない状況で、こうして相手をしてくれているのだから。


 さて、一通りの説明も済んだわけだが、これからどうしたものか。すると、女の子は意外な提案をしてきた。


『んー、それじゃあ、せっかく知り合えたのだし、お喋りしてもいいかな?』

「えっ、お喋り?」


 突然の方向転換に反応を返せずにいると、少女はにっこりと笑った。最初はエルさんにばかり目を奪われていたけれど、こうして見るとこの黒髪の子も十分に可愛いかも……じゃなくてだな!


『このまま、さよならなんて勿体無いもの』

「是非!」


 同年代の女の子とのトークに俄然がぜん乗り気になったココが賛同する。まぁ俺も特に異論はない……というか、面白そうだと思った。そんな不可思議な流れで、奇妙な異国間交流が始まったのだった。


 話題は最初こそ魔術がどういうものかを実践も交えて説明していたのが、次第にそれぞれの地域の食べ物やら服装やら流行りやらへと好き勝手に飛びまくった。

 途中からはキーマも巻き込み、互いに飲み物を持ち込んでワイワイ騒いだ。



 そうして夜も深い時間になってようやく、ささやかなパーティーはお開きとなった。


「それじゃあ、今夜はほんとに悪かったな」


 改めて謝ると、すっかり仲良くなった彼女は「もういいよ」と苦笑した。


『こんなに人と喋ったのは久しぶり。とっても楽しかった』


 大きな国の出身といっても、彼女達が住んでいるのは深い森の中らしく、他者との交流はあまりないとのことだった。


「そう言って頂けると嬉しいです。私も楽しかったです」


 ココが笑顔で応え、手を差しだそうとして触れられないことに気付き、残念そうな顔をする。エルさんが名残惜しそうに呟いた。


『もう、次はないかもしれないわね』


 多分それは正しい。俺達は狙って二人の家に繋いだわけじゃない。たまたま、偶然だ。安定しない術は、次に行っても同じ事象を起こしてはくれない。

 でも、簡単に諦めるのも嫌な気がした。やってみもしないで諦観した態度を取れるほどの熟練者じゃないし、未熟ってことはまだ伸びしろがあるってことだからな。


「大丈夫。訓練して、絶対にまた繋いでみせる。それに、もしどうしても駄目だったら会いにいけばいいさ。場所は分かってるんだし。な?」


 同じ世界の同じ空の下に生きているのだから、必ず会えるはずだ。我ながら青臭いと思って鼻の頭をかくと、ココも笑って「はい。絶対です」と同意した。


 じゃあ。

 そう言い出したのは誰だったのか。各々が手を振って、それでも別れを惜しむ間が流れて、俺とココがそっと術を解いた。


『おやすみなさい』


 消えゆく瞬間、少女が優しく微笑んで言った。柔らかいその声はしばらくの間耳に残っていた。向こう側を透かして見せていた鏡は沈黙し、部屋の中と、寂しげにたたずむ三人を映し出す。


「なんか、夢みたいだったね」


 途中参加のキーマは溜め息混じりに言って、ベッドに腰を落とした。泡みたいにはかない時間だったのは確かで、それについて何かを口にしたら消えてしまいそうな気がした。


「では私達も」


 扉を開けると廊下の冷やかな空気が入り込んでくる。挨拶を交わして出て行くココの笑顔は、あの子に少し似ていた。明日は寝不足確定だなーと思っていると、キーマが振り返ってぽつりと言った。


「そういや、もっと訓練するって、『魔導師街道一直線』宣言?」

「ち、違ぇし!」


 馬鹿なことをほざいてないで早く寝ろっつの。


《終》


※このお話の対になる物語「少女達の邂逅」も、「扉の少女」番外編にて投稿予定です。


◇さて、思いのほか長く続いた番外編も、これにて終了とさせて頂きます。

 こちらには載せていないお話もまだ幾つかあるのですが、それはまたエッセイや期間限定ページなど、別の形でお披露目できたらと思っています。

 興味がありましたら、覗いて頂けると嬉しいです。


 長々とお付き合いくださり、本当にありがとうございました!

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騎士になりたかった魔法使い K・t @kuuuuu

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