許されぬ夢

許されぬ夢(1)

 レイラが目覚めた時、まず見えたのは見覚えのある天井だった。

 一瞬、昔に戻ったのかと思った。偽りの結婚でフロルから譲られた部屋だった。

 窓から差し込む日差しと小鳥のさえずり、時間の感覚がおかしくなっていたが、朝だろう。……ということは、一体どれくらい眠っていたのか?

 夕刻の鐘の音は、当然もう響いていない。かわりに、寝過ぎた頭がガンガン鳴った。

 早朝からの旅で途中眠っていたはずだけれど、疲れは取れていなかったのか、こんな状況で、朝まで寝込むとは、情けなさすぎる。


 息子は? セラファンは?


 その答えは、すぐそばにあった。

 部屋に置かれているもう一つのベッドで、まだ眠っている。

 その様子を見て、レイラはほっとする前に、メラメラと怒りが湧いてきた。

 そのベッドは、かつて、ラベルが使用していたものだ。そして、レイラは一度も目覚めることのないラベルの介護をしていた。

 息子の寝顔を見た途端、その時の状況がフラッシュバックした。

 息子は、息をしているものの、まるで死んだように深く眠っていて、やはりラベルを思い起こさせた。

 なんという気遣いのなさなのだろう、と唇を噛み締めたが、すぐに冷静さを取り戻した。

 王族の誰もが、ラベルとセラファンの奇妙な繋がりを知らないのだ。

 ラベルの悪夢から解放されたいと願って、ここまで訪ねてきたのだが、まだそのことを誰にも言っていない。

 当の本人の死で、本来の目的どころではなかったのだ。

 冷静にならなければならない。

 些細なことで感情を昂らせて、王族の人々を不快にさせては、本来の目的は達成できない。

 今は、子供のことだけを考えて、自分の気持ちは抑えておかなければ。


 子供を揺り起こそうか? それとも、彼が眠っている間に話をしてしまおうか?

 レイラ自身、頭がこんがらがっているのに、まだ幼いセラファンが話についていけるのかどうかわからないし、精神的に滅入ってしまうかもしれない。

 いや、そもそも、実家にセラファンを預けて自分一人で来るべきだったのだ。

 対応を決めかねたまま、レイラはセラファンの頬に触れた。そして……その冷たさに驚いた。


 まるで死人のそれではないか!


 ちょうどその時、ドアをノックする音が響いた。

 びっくりして、レイラは手を引っ込めた。

「ああ、良かった! 目が覚めたのね?」

 懐かしい声……王妹のフロルだった。彼女は、ムテ人の医師を従えて部屋に入ってきた。

「相当疲れていたのね。昨日の夕方、倒れてからずっと、死んだように眠っていたのよ。安心してね、ベルヴィンの家には使いを出しておいたわ」

 医術の心得もあるフロルは、レイラの手を取り、脈を測って微笑んだ。

「問題なしよ」

 手際良いフロルの行動に目を白黒させていたレイラだが、とても微笑み返すゆとりはなかった。先ほどの「冷静にならなければ」と言い聞かせたことが、無駄になりかけた。

「問題なしって……私の息子はどうなっているの!」

 その質問に、フロルは少し顔を曇らせて、控えているムテ人の医師に目を向けた。おそらく、セラファンの状況は、ムテの医師が説明する手筈になっていたようだ。


 ムテ人は銀の髪と目を持つ心話に長けた種族だ。

 ほとんどはムテの地を離れることはないが、時々、こうして異国で医師や薬師、楽師として働くものもいる。

「この子は、深く眠っております。呼吸も心拍もかすかになり、まるで冬眠しているかのようです。いつ目覚めるのかもわかりません」

 レイラはきつい目をムテ人に送った。

 ……が、その瞬間に、ムテ人の心が伝わってきた。

 医師らしく冷静に話しているけれど、手が、唇が震えている。彼らは心話の種族、相手の心が揺れると、もろに影響を受けてしまう。時に命を落とすこともある繊細な種族なのだ。

 そして、レイラたちエーデム族も元々は心話を使いこなした種族だ。

 彼が、レイラに子供の状況を説明するという大役に、どれだけ傷つくのかを感じてしまったのだ。

 レイラは深呼吸をして、感情を抑えた。

 冷静に、冷静に。息子のために、冷静にならなくちゃ。

「どうして私の息子は、こんなことに?」

「わかりません、ただ……」

 ムテの医師は目を伏せた。

「この子の状態は、ムテの高度な心話の技を使っている状態に似ているのです」

 そう言うと、医師はそっとセラファンにかかっている毛布をめくってみせた。

 そこには、皮袋がセラファンを包み込むようにびっしりと置かれていた。

「薬湯を詰めた袋……つまり、湯たんぽです。こうして体を温めることで、技師わざしを補助し、命を守ります」

 あらわになった皮袋から薬湯のきつい香りがやや漏れて、レイラの鼻を刺激した。

「我々ムテ人は、この技を光の目と呼んでいます。ムテの者でも、もうこの技を使えるものは限られており、まさか、エーデム族の少年が……とは思うのですが、おそらくそうなのでしょう」

「では……セラファンは、その光の目、とかいう技を使っているというの? 何故?」

「それはわかりません。もしかしたら、彼も自分でも気がつかないうちに、光の目に取り込まれたのかもしれません。そして……」

 ムテ人は、ふたたびセラファンに毛布をかけて、レイラの方を向いた。

「この技は、ムテ人でも時々取り込まれて戻ってくることのできなくなる非常に危険な技なのです。そうなると、呼び戻すしか助かる方法はありません」








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蒼白なるファセラ =エーデムリング物語・3/2= わたなべ りえ @riehime

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