コハク色の流れ星

ハルマサ

第1話 コハク流れ星

 人類は滅びた。

 各国の作り出した兵器の奥州で、海は干上がり、大地は窪み、人は倒れ、動物は息絶えた。

 植物さえも、戦争の被害を免れた山頂にしか生息しておらず、それすらも戦争が生み出した『赤い雲』のせいで、太陽光が遮られ、元気の無い状態だ。

 そんなスマホなんて古臭い機械を弄っていたものからすれば『地獄』と呼んで差し支えない場所で、二人の少女が鍋を囲んでいた。

 ただの少女では無い。二人ともロボットだ。

 ロボット、という表現もまた古いだろう。

 彼女たちは正確には『対決戦用人型戦闘機』という戦争の為に生み出された存在だ。

 しかし、彼女らの存在意義は人類の滅亡と共に消滅した。

 そんな彼女達が、なぜ荒れ果てた土地の真ん中で鍋を囲んでいるのか。

 それは彼女達が限りなく人に近しい存在として造られたからに他ならない。


「全く、機械なのにどうして食事を取らなきゃならないのかしら」


 青の長髪(極細の金属糸)を靡かせて、ロボットの少女が嘆く。

 彼女の名前は通称『ルリ』。正式名称は長くなるので割愛だ。


「別にいいでしょ。食事を取るほうが人間味があって」


 そういうのは、ルリの双子機の『コハク』。こちらも正式名称ではなく通称だ。

 コハクはオレンジ色のボブヘアを揺らすと、ルリの方を見る。


「それよりこっちのやつ私が捌いちゃっていい?」


 コハクの手元にはイヌのような見た目の機械が寝転んでいる。

 これも戦争用に造られた兵器で、戦争が終わった今も生体反応を目印に攻撃を仕掛けてくる。何故か、機械であるはずの二人まで標的にされるが、そのお陰で狩りもしやすい。

 コハク達はこういった兵器を喰らって、自らのエネルギーに変換して生きているのだ。


「構わないけれど、ちゃんとコードは取り除きなさいよ」

「えー、めんどくさい〜」

「めんどくさがるな。あなたこの間コードを取り除き忘れて感電したでしょ。それに数分だけ記憶メモリにも障害が出たじゃない」

「むー……わかったよ」


 ルリにその事を持ち出されてはコハクは強く出られない。何せ、その時のコハクはルリを敵と勘違いして核エネルギー砲を撃ってしまったのだから。

 コハクはルリに言われた通りコードを取り除くと、一番美味しい核を丁寧に取り出して、それ以外を雑に解体した。

 ルリには呆れられたが、食べられればなんでも食べるがモットーのコハクからすれば別に気にならなかった。

 それからルリの調理によって美味しそうに仕上がった兵器鍋を二人は食べた。


 ▼


 真っ赤な、しかし夜なると少しだけ黒くなる空を眺めてコハクはお腹を撫でた。


「ねぇ、ルリ。空ってほんとに青いのかな?」

「急に何? ていうか、あなたも洗い物手伝いなさいよ」


 コハクの質問を、ルリは不機嫌そうにあしらった。

 ルリは片方の手のひらから水を生成するとそれで鍋を洗っている。

 それを一瞥してコハクは唇を尖らせる。


「それエネルギーを沢山消費するからヤダ」

「消費するから手伝ってって言ってんのよ!」


 確かに二人でやればお互いに消費を抑えられるが、コハクはやはり手伝わなかった。

 そして、また尋ねる。


「で? 空ってほんとに青いのかな?」

「……私は赤い空しか見たことないわ。それでも良いと思ってるし」

「風情がないなぁ。人間っぽくない!」

「そもそも人間じゃない」


 ルリの素っ気ない返しにコハクは頬を膨らませる。

 彼女の見せる喜怒哀楽は創造主によってプログラミングされたものだ。

 けれど、彼女が『空』に対して抱く好奇心だけは彼女自身の物のように感じられた。

 それはコハクと感覚を共有するルリが一番良く分かっている。

 だから、彼女は洗い物を終えると、コハクの横に座り、空を眺める。


「んー、ここからじゃあ見えないよねー。赤い雲、邪魔だなぁ」


 コハクはどうにかして青い空が見えないか、視界の倍率を上げたり、背伸びをしたりしている。

 しかし結果は全て失敗で、彼女の視界には赤い雲しか映らなかった。

 空を見ることを諦めたコハクが座り直す。


「……そんなに気になるなら、見てくればいいじゃない」

「へ……?」


 ふと、ルリが小さな声で呟いた。人間なら小声にすれば相手に伝わらないが、彼女達は機械だ。微かな音も拾い上げる。


「見てくるって……どうやって?」

「簡単なことよ。私達にはツバサがある。それで飛ぶのよ」


 ルリはそう言うと、ツバサを展開した。背中からふたつの羽のような物が横に伸びる。しかし、片方のツバサは半ばから先が消失していた。


「無理だよ。ルリだって分かってるでしょ? 私達二人とも、ツバサを損傷してるんだもの」


 コハクはそういってルリと同じようにツバサを開いた。彼女もまた片方のツバサを損傷していた。

 それを見て、ルリが言う。


「私のツバサをあなたにあげるわ。そうすれば飛べるでしょ?」

「正気?」

「もちろん。これは私には最早不要の物だから。最後にあなたが使ってくれるなら本望よ」


 ルリはそういって、微笑んだ。

 その笑みを見て、コハクは逡巡を巡らせる。

 しかし、好奇心には勝てないようで


「そういうことなら、有難く頂戴するよ」

「えぇ。……さてと、そういうことならエネルギーの調達も必要ね。今のエネルギー量じゃあ到底あの赤い雲は突き破れないもの」

「それじゃあ、これから狩りだ! 私じゃんじゃん狩ってくるから!!」


 コハクはそう気合いを入れると、空に手を伸ばし、拳を握った。

 それを見て、ルリが少し残念そうな顔をしたが、それはコハクには見えなかった。

 それから二人はツバサを起動させるエネルギーを蓄えるために色々な兵器を狩りまくった。

 そして、ついにエネルギータンクをいっぱいにした。



 戦争の被害を免れた高山の頂上に、二つの影があった。

 コハクは空を眺め、ルリが彼女の最終調整をしているところだ。

「限界高度は雲を突き破るかどうか分からない。けれど、このフライトであなたの残量エネルギーは底をつくわ」

「分かってる」


 コハクが直ぐに返答すると、ルリはそっと目を伏せた。

 そして、静かに肩を震わせる。


「……ルリ、泣いてるの?」

「……泣いてない」

「そっか。ありがとね。それと、ごめんね」


 コハクが謝ると、ルリは唇を噛んで静かに俯いた。

 それが彼女なりの送迎だと解釈したコハクはツバサを展開する。

 オレンジと青の双翼が横に開いた。


「ルリ、行ってくるね」


 コハクがそう言うと、ルリはこくりと頷いた。

 それを見届けてコハクはツバサにエネルギーを集中させる。

 全身がガタガタと震え、ツバサが熱を持つのを自覚する。

 ツバサが段々熱くなり、それが最高潮に到達する。

 足が大地を離れそして──飛んだ。


「うぉぉおおおおおお!!」


 コハクの声が木霊する。彼女は飛来するミサイルのように飛び出すと、そのまま赤い雲に吸い込まれた。

 上から下に押し戻す力に耐えながら、彼女はひたすらに上へ上へと突き進む。

 そして長きに渡る時間の末──彼女は雲を突き抜けた。


「うわぁ……!」


 それは無意識に零れた言葉だ。しかし、それが全てだった。

 視界に広がる青い空。それを照らす煌びやかな太陽。地面を覆い尽くす一面の赤い雲。

 それはあまりに美しすぎる光景で、百万の言葉でも言い表せないものだった。

 コハクはそれを見つめ、そして、涙した。

 いつまでも見つめていたいようなそんな景色。しかし、それは無理な願いだ。

 彼女の耳に警告音が響く。どうやらエネルギー量が残り僅かなようだ。

 コハクはエネルギーが無くなる前に小さな電波を地上に向けて飛ばした。


「ルリ、空はルリの髪みたいに綺麗だったよ」


 コハクは最後にそう言い残す。

 そしてその後、機能を停止した。


 ▼


 コハクからの通信が途絶えた日、地上からは見られない空の上で終戦後初めて流れ星が観測された。

 とても小さな流れ星だったけれど、それは綺麗なコハク色の尾を引いていたという。

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