ルルとドラゴン

ハルマサ

第1話 ルルとドラゴン

 わたしがドラゴンさんを見つけたのはお母さんの買い物について行った日でした。

 ドラゴンさんは屋上の隅で眠っていました。

 わたしは最初、ドラゴンさんを大きなぬいぐるみだと思ったから、まず抱きしめました。

 するとドラゴンさんが「うおわっ!?」と声を上げて、わたしも「きゃっ!」と声を上げます。

 まさかホンモノのドラゴンさんだとは思ってなかったから、わたしは怖くて怖くて、今にも泣き出してしまいそうでした。

 するとドラゴンさんが慌てだして


「あぁ、泣かないで。これあげるから」


 そう言ってわたしに飴をくれました。お母さんには知らない人に物を貰うなと言われていましたが、大きな手のひらに乗る飴はとても居心地が悪そうだったので、わたしは仕方なくそれを貰いました。


「お母さんは?」


 ドラゴンさんが尋ねます。わたしは飴を舐めながら、ドラゴンさんの手を握ります。


「お母さん、迷子になっちゃった。いっしょに捜しにいこ?」


 わたしがドラゴンさんの手を引くと、ドラゴンさんは申し訳なさそうな顔をします。


「ごめんよ。俺がみんなの前に出てったら、みんな驚いてしまうから、君といっしょに行くことはできないんだ。ごめんよ」


 ドラゴンさんはもう一度謝ると、わたしの背中を押しました。


「さあ、もう行くんだ。俺が君を食べてしまう前に」

「やだ! わたし、ドラゴンさんといっしょがいい!」


 わがままだと言うことは知ってます。お母さんがいつもわたしにそう言うから。

 でも、わたしはドラゴンさんにわがままを言いました。だって、ドラゴンさんに会ったら聞いてみたいことがあったから。


「ねぇ、ドラゴンさんはそらを飛べるんでしょ?」

「そら? ……あぁ、空、空ね。うん、飛べるよ」


 ドラゴンさんの股の間に座ったわたしは空を見上げます。ついでにドラゴンさんの顔も見ます。


「わたし、一度そらを飛んでみたかったの。ねぇ、わたしをそらに連れてって」


 わたしがお願いすると、ドラゴンさんはまたまた申し訳なさそうな顔をします。


「ごめんよ。俺の翼はもう折れてしまったから、もう空を飛ぶことは出来ないんだ。ごめんよ」


 ドラゴンさんはもう一度謝ります。ドラゴンさんはパパみたいでした。

 わたしはパパを知らないけれど、友だちの子がパパはいっぱい謝る人だと言っていました。

 だから、ドラゴンさんはわたしのパパです。


「さぁ、もう行くんだ。もうすぐ君を食べてしまうよ」

「やだ! そらのお話いっぱい聞きたい!」

「うーん、困ったなぁ……」


 ドラゴンさんはそう言うと、首を傾げます。

 それからわたしの目をまっすぐ見つめます。


「それじゃあ、空のお話が終わったら、俺は君を食べる。だから、その前に逃げるんだよ」

「うん! わかった!」

「それじゃあ、何から話そうか……」


 ドラゴンさんと約束をすると、ドラゴンさんはそらのお話をいっぱいいっぱいしてくれました。

 わたしはそれを聞きながらそらを眺めました。

 どこまでも広い青いそら。それを見てるだけで、心がポカポカになります。


「ふわぁ……あれ? ドラゴンしゃん……どこまでお話したっけ?」

「どこまでだったかな……。でも、もうすぐ終わりだよ」

「……うん。……わかった……」


 わたしは頷くと、もう一度あくびをしました。

 そして、ドラゴンさんは話を続けました。


 ▼


 気がつくと、ドラゴンさんはいませんでした。

 辺りはすっかり暗くなり、空はオレンジ色になっていました。


「あれ? ドラゴンさん……?」


 どこを見てもドラゴンさんの姿はありませんでした。

 すると、


「龍月!!」

「あ、お母さん!」


 屋上の扉が開いて、お母さんが現れました。

 お母さんはわたしの名前を呼ぶと、涙を流してわたしに抱きつきました。


「龍月! どこ行ってたの! お母さん、とっても心配したのよ! もしかして誘拐されたんじゃないかって……!!」

「ご、ごめんなさい、お母さん」


 わたしは素直に謝ると、涙を流すお母さんの頭を撫でてあげます。

 するとお母さんは、わたしの手を握って微笑みます。


「ごめんなさい。お母さん、焦っちゃって。この建物に誘拐犯がいるって聞いたら、あなたいなくなってたんだもの」

「ごめんなさい。でも、大丈夫だったよ。ドラゴンさんが守ってくれたから」

「どらごんさん……? 誰? それ」

「ふふふ、わたしのお友達」


 わたしがそう言うと、お母さんは不思議そうな目をしました。

 わたしは「なんでもない」と言うと、そらを見つめます。

 そらはもうすっかりオレンジ色に染まって、奥の方は黒くなっています。

 ドラゴンさんはきっとそらに帰ったのでしょう。そらは飛べないと言っていたけれど、あれはわたしをユウカイハンから守るための嘘だったのでしょう。


「ありがと」


 わたしはドラゴンさんに向けてそう言いました。


「龍月? 何か言った?」

「ううん、なんでもない!」


 わたしはお母さんと手を繋ぐと、そのままお家に帰りました。

 帰り道、わたしはドラゴンさんのお話を思い出していました。

 ドラゴンさんの大好きなそらの話を。





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