3-エンディング

 男――ヒロキは揺れながら立ち上がると、ふらふらと扉へ向かった。アイナの態度から施錠されているのだと思っていた扉が呆気なく開く。ヒロキは振り返ることなく、力ない足取りで部屋から出て行った。

 恐らく彼と会うことはもう二度とないだろう――漠然とそう思った。

 沈黙が落ちる。

 アイナは「答え合わせしようか」とこちらに振り向く。

「私達が鈴村広樹くんに辿り着いてほしかった問題は二つ。

 一つは『この部屋に閉じ込められることになった理由を答えよ』。

 私は何度も『鈴村広樹くんに分かってほしいことがある』と言った。その『分かってほしいこと』は三つ。『小山美紀の現在を、自分が招いたと知ること』と『誹謗中傷を繰り返したこと』と『鈴村春香ちゃんへの暴力を自覚すること』。つまりこの問いへの答えは『鈴村広樹くんに自分の過ちに気付いてほしくてこの部屋に閉じ込めた』となる。

 二つ、鈴村広樹くんが辿り着かなかった問い『私が鈴村広樹くんと話したがった理由』について。

 正直言ってしまうと、鈴村広樹くんがこの解答に辿り着くことはないと思ってた。……――ふふっ、なにか言いたげな目をしてるね。

 ――そうだよ。君の思ってる通り、私は彼にこのゲームをクリアさせる気はなかった。

 けど、それでも良かった。彼が自分の過ちに気付いて、悔いて、歪みを正そうと思ったのなら。

 私が辿り着いてほしかった問いを導き出せずとも、彼が正しい道へ行こうと思ったら、エクストラエンドにしようと思ってたんだ」

 アイナが楽しそうに笑う。この笑みはヒロキが自身の歪みについて思い直していたら見れなかったものなのだろうと察した。

「――終わりましたか?」

 聞いた覚えがある声に振り向く。

 扉の向こう、一人の女が驚いた表情でこちらを見た。

「愛那さん……? えっと……」

「気にしないで。もう少しで終わるから、義兄さんとそこで待ってて」

「分かり、ました。あの……兄さん、は……?」

「呆然自失でどっか行っちゃった。もしかしたら帰宅するかもしれないから、春香ちゃんはまだ私とルームシェアだよ」

「それは全然良いです! でも……そっか……どっか行っちゃったんだ……そっか………………………………また逃げたんだ」

 女――ハルカが底の見えない瞳で床に落ちたスマホを見つめる。しばらく無言で見つめていたが、断ち切るように瞼を閉じると、踵を返した。

 扉が閉まる。

 アイナは笑いながらスマホを拾い上げた。

「春香ちゃんが鈴村広樹くんから受けた仕打ちは立証が難しい。ただ、ここでのやりとりは全て録音してたから、少なくともネットの世界で繰り返してた名誉棄損は訴えることは出来そうだね。そのまま服役してくれれば春香ちゃんは晴れて自由の身だ。もし叶わなくとも、今まで通りルームシェアが続くだけで、私は特に不満はないけど」

 アイナがスマホをポケットにしまう。扉へ目を向けた。

「私が鈴村広樹くんと話したかったのは、『知ってほしかったから』。『あなたが傷付けた人にも家族がいるんだ』ってことを、知ってほしかったんだ。

 私も知りたかった。お姉ちゃんをあんな目に遭わせた人が、なにを考え、なにを思い、誰を想っていたのか。

 ……知って良かった。少しでも同情の余地のある人だったら、ちょっとだけ後悔してたかもしれない」

 アイナが振り向く。一片の曇りもない笑顔で。

「ごめんね、関係ないのに巻き込んじゃって」

 アイナが近付く。

「ずっと私達の舞台を見ていたわけだけど、どうだった?」

 アイナがしゃがみ込み、顔を覗き込む。

「結末を見届けて、トゥルーエンドの分岐を知って、どう?」

 アイナが耳元で囁く。


「――どきどき、した?」


 自分はその質問に首を■に振った。

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ドウ・ユー・アンダスタン? ~あなたの心を離さない、“ミステリアスな”あの子~ 海藤史郎 @mizuiro__shiro

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