第5話 青月雫
暗い闇の中、誰かが泣いていた。
ひ・・・ひく、ひっく。
嗚咽が聞こえる。女の子が一人で泣いていた
何で、泣いてるの?
ひく・・・・・ひく。
何処か痛いの?、それとも悲しいの?
誰かが・・・泣かせたの?
女の子は何も答えない。泣き声だけが響いていた。
大丈夫・・・僕が何とかするから。僕が、助けるから。
ひく、ひっく・・・・
だから、泣き止んでくれよ。
少女に歩み寄ろうと足を踏み出そうとした。その時、足元で一つの波紋が広がった。
波紋は一つ、また一つと増えていく。
・・・・あれ?可笑しいな?なんで・・・僕も、泣いているんだ?何で、こんなに悲しいんだ。助けるって言ったのに、これじゃ僕が助けて欲しいみたいじゃないか。
ああそうか、この子は・・・・・・
僕が殺したんだった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――。
肌寒さで体がぶるっと震える。
どうやら、いつの間にか眠っていたようだ。
眠気が引くのを待ちながら、ゆっくり瞼を開いていくと、空はすっかり茜色に染まっていてヒグラシの声がこだましていた。
ここに来たときはまだ正午も回っていなかった気がする。ということはたっぷり六時間は眠っていたようだ。
見上げると、崩れかけた拝殿の木目。
俺、賽銭箱の前で倒れた気がしたんだけど・・・いつの間に移動したんだ?
「起きたみたいだね」
「!」
声こそ挙げなかったが心臓が飛び出るかと思う程驚いた。
太陽が沈みかけ、薄暗い廃神社で、後ろから声を掛けられる・・・嫌なイメージしか浮かばない。
恐る恐る振り返ると、そこには・・・
「ふふふ・・・・驚いちゃった?」
幽霊・・・ではなく女の子。それも飛び切り可愛い。
「ボク、
「え?あ、ああ」
こちらから質問しようとしていたが、先手を打たれて思わずたじろいでしまった。
「・・・俺は
「如月・・・・うん、宜しく如月クン。」
そう言うと雫さんは目を細め、クスクスと悪戯っぽく笑った。何が面白いのか。
「えっと、雫さんは何時からここに?」
「十年前から」
「え?」
「ふふ・・・ごめんごめん、二時間前くらい前、だよ」
何だか一枚壁越しで話しているよう。
・・・・・良く分からない人だ。
「如月クン。思ったより重かったよ。細い見た目なのに、大変だったよ」
「え?・・・ああ此処まで雫さんが運んでくれたのか。ありがとう」
女の子に運ばれるというのは、ちょっとと恥ずかしいけど。
「もしかして、ずっと俺を看ていてくれてたのか?」
雫さんはまたもやクスクスと笑い、それに答えた。
「あのままだと日射病になっちゃうからね。それに・・・・」
「それに?」
「それに、
「は?く、くわい?」
雫さんは折れた石灯篭に腰掛け、俺を置いてけぼりに話を続けた。
「神社やお寺はね、皆がお参りして、願うから
はもう、あんまり人が来ないから神様の近くじゃないといけないの」
よく分からないが、オカルト好き何だろうか?それともまた冗談なのか。
幻想的、と言うには余りにも・・・・
「ボク、結構呼んじゃうんだけど、対処法は分かるから」
「は、はあ」
(何を言ってるのか全然分からない)
「駆クンも引き寄せちゃうみたいだしね」
「引き寄せる!?俺が、何を」
「
《くわい》。さっきもそんなことをいっていたが、妖怪とか幽霊のようなものだろうか。
冗談にしても、そのくわい?だとかのオカルト話をさも当然で有るかのように話し、さらにそれを初対面の俺に共有しようとして来るなんて、やっぱりかなりの変わり者みたいだ。
だが、不思議なことに俺には雫さんの話が単なる妄想の産物とは思えなかった。
それが当たり前かのように語る雫さんに、三文芝居の安っぽい怪談話のようなわざとらしさを感じ無かったのもあるが、それを口だけの笑みで俺を見つめながら語る雫さんが、とても魅力的に映ったからだった。
「・・・・じゃあ雫さんは俺をくわいから守ってくれた、てことでいいんだね?」
これが正直全く理解できていない俺ができる、精一杯の同調だった。
「駆クンがボクを呼んでくれなかったら危なかったかもね」
やはり口元だけの笑顔。
「俺が?」
「うん、如月クンがボクに此処にいるよ。此処にいるから助けて。てね」
「・・・・・・」
何も答えることができなかった。いや、期待に応える事が出来なかったと言うべきか。嘘でも彼女に話を合わせてもよかったのかもしれない。だが、それは出来なかった。安易に合わせることは馬鹿にしているような、そんな気がしたからだ。
「・・・いいの、今は。そのうち分かるよ、きっと分かる」
沈黙の答えを読み取られてしまったが、その顔に落胆は見られなかった。それだけでホッとする。
「・・・・と、もうそろそろ帰らなないと」
みちるもとっくに帰ってきてるだろうし。
「そう、残念。駆クンと話すの楽しかったのに」
「!・・・・じゃあ、雫さん・・・また」
もう少し話をしてみたかったが、みちるを心配させるわけにはいかない。俺は少し重い腰を上げ、、靴紐を絞め直した。
「駆クン」
その声が聞こえたとき、右手を柔らかくてひんやりとした感触が包んだ。
それは雫さんの手だった。白く、少し弱々しく感じた。
「明日の夕方・・・・また此処に来てくれる?」
「・・・勿論」
「待ってるからね、如月クン」
俺を見送る雫さんの瞳はガラス細工のように綺麗で、作られたように無機質な光を放っているように見えた。
それはまるで、俺の考えていること、後ろめたいようなものを全て見透かされているようで、夜の海に吸い込まれるような目だった。
キズモノの詩 こでぃ @kody05
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