第4話 古傷を呼ぶ声
ジーワ、ジーワ、ジーワ、ジーワ・・・・・。
辺り一面が蝉の声に包まれる中、川沿いに道を歩く。
ここに来てから買い物以外で外に出ていなかったとはいえ、まだ新鮮味がある。
辺りをキョロキョロと見回してみてみるが、周りにある家々、風に揺れるまだ青い稲穂、錆ついた公園、それら全てが新しい情報となり、右も左も白く歪んで見えた。
「やっぱり殆ど覚えてないな・・・・・」
あの頃・・・・なんの淀みもなく、明日はどんなことで遊ぼうか、晩御飯は何だろうか。そんなことしか考えていなかった頃。
楽しく、輝いていて、皆がいたあの頃。
みちると叔父さんだけじゃない。叔母さんも、そして母さんと親父も。
・・・・・・・
どれもこれも掴みようがない霧や煙となって消えてしまった。
十年前の、丁度今ぐらいの季節だった。
俺はみちると一緒に公園で遊んだ帰りに交通事故で大怪我を負ったらしい。
らしい、というのは俺自身気付いた時には病院の天井を眺めていて、それより前の事を覚えていないからだ。
入院中の二か月で怪我の殆どは治ったが、顔にだけ消えることのない痕が残った。
退院の後、俺は母さんと屋敷を出ることになったのだが、親父は理由を聞いても答えてはくれなかった。
なので推測するしか無かったのだが、どう考えてもあの事故が原因としか思えない。
何故それが屋敷を離れる理由になるのか、何故親父は一緒に来てくれなかったのか。
いまさら考えていても無駄なことだ。ただ一つの真実は、親父は俺と母さんを追い出し、一人屋敷に残った。
いい感情など浮かぶはずもなかった。
だが、信じていた。すぐに迎えに来てくれると、またあの楽しい日々を取り戻せると。だからこの醜い顔の弊害にも耐えられた。だが親父は二度と会うことは無かった。
母さんの葬式でも、だ。
当然恨んだ。今までの俺と母さんの苦労をあいつは顧みることなくあの場所で籠り続けるあいつを。
だが一年前、あいつは死んだ。癌による衰弱死だったそうだ。
最後まで残ったのは、やり場のない怒りと、この
それが今になってこの故郷に戻ってきた。あれほど欲しがった念願の
虚しい、というのが本音だ。
またいつここを離れることになるのかは分からない。だからせめて、この町を楽しく過ごしたい。ただそれだけだった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――。
それにしても。
暑い!汗が次から次へと溢れ出て、強い日差しで白く見えるアスファルトに靴裏から焼かれる。
「どっかに涼める所・・・て言ってもなあ」
そう、視界の範疇には田んぼと、ぽつぽつと古びた民家があるだけ。クーラーなどという文明は全く見受けられない
どうやら、いつの間にか結構遠くまで来ていたようだ。
「せめて日陰になる場所でもあればなあ・・・お?」
突然左肩辺りを冷たい風に撫でられた。
風が来た方を向くと、そこには少し崩れ、苔むした石段と、色が抜けてピンクに近い色合いになった鳥居が見えた。
「神社、か・・・丁度いいな」
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二十段ほど階段を駆け上がると、視界が開け、少しひんやりとした空気に変わる。
落ち葉や砂が詰まった手水。所々柱が腐った拝殿。
もう何年と使われていない廃神社だった。
「ちょっとだけ、休ませてもらうか。神様もそれぐらい許してくれるだろ。・・・そうだ賽銭でも」
俺はポケットから財布を取り出し、財布の隅に一枚だけあった五円を取り出した。
そして手に持った五円玉を腐りかけの賽銭箱に投げようとした時だった。
「ッ!!!―――う・・・・ぉぇええ!!。」
いきなり激しい吐き気と頭の痛みに襲われた。五円玉は賽銭箱を外れ、チャリンとどこかに落ちてしまった。
気持ち悪い・・・・・・。
頭ぐるぐる・・・・がんがん。
顔もいたい・・・いや、顔じゃない・・・。
傷、だ。顔の傷が、今まで一度と疼いたことの無いこの傷が!
い・・・痛い!、痛い!痛い!痛い!痛い痛いイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタ――――――――――ッ!!
まるで縦に引き裂かれている様だった。
立っていられなくなり、その場にへたり込む。
視界が陽炎のように揺れ、いろんな思考が這い出てくる。
オカシクナリソウダッタ。
こんな時は・・・・そうだ何も考るな。ただ目を瞑り、周りと頭の音を聞くだけするがいいハズだ。そうに違いないちがいない!
いつか、望む世界に連れてってくれるはずだ。
――――――――――――――――――――――――――――
―――――長い時間その場にうずくまっていた。
痛みが引いていっている気がする。
・・・・うん、イイ。
中々心地イい。
ちょっト楽・・・カモ、痛い。
ざわざわと囁き擦れあう葉っパの・・イタ、ちらちらと覗かせる木漏れ日、―――――ぜんぶぜんぶ気持ちいい
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また、夢を見ていた。
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