第2話
「ねぇちょっと!」
「あ、歩絵夢。どしたの?」
「どうしたじゃないでしょ! なんでアイロン掛けてないの!?」
「アイロン? あー、制服? 今日何か発表会とかあった?」
家に帰るなり偶然いた母親に問いただす。けれど向こうはヘラヘラしたまま。
「発表会とかじゃないけど、なんで普段からアイロン掛けてないのって聞いてんの」
「それはだって、掛けろって言われなかったし?」
「あり得ない……母親としておかしいと思わないの?」
「何? 今日は機嫌悪い日なの? 急に神経質になっちゃったとか?」
「……もういい、アイロンどこ」
「えー、どこだったかなぁ……」
「はぁ、もう最悪……」
バンと扉を閉めて自分の部屋に向かう。
散らかったままの部屋を漁って、床から袋の開いたポテトチップスを拾って貪る。
あの後噂がすぐに広まって、私は幼稚に茶化された。でも別に、その程度どうってことない。あんなの一時の暇つぶしなんだ。「臭素」なんて今日習ったばっかりの単語だし、本当頭悪い。
「……理玖、許さない」
問題はあいつだ。なんでこの私を振るの? いや、振られたわけじゃない。あいつが勘違いしてるだけだ。私は別に特別汚いわけでもないし、万が一それが気になったからって、こんな美少女でスペックもいい私に見向きもしないなんて、どう考えても節穴でしょ。
「あー、もう頭来る。配信しよ」
イライラが溜まってしかたなかったから、気分転換に配信を始めようとする。
「姉ちゃん、宿題教えてくんない」
「ちょっと妃孤!? ノックくらいしてくんない!? 今から配信しようと思ってたのに、マジあり得ないわ」
「あ、ごめん。でもいつもはノックしなくてもいいって」
「今日はむかついてるから。宿題、後にしてくんない」
「えー、明日までなのに」
「適当にネットで募集すれば来るでしょ、小学校の問題くらい」
「……わかったよ」
そう言って妹を追い出すと、配信を始める。
『みんなお疲れー! あ、いつものクマさんいらっしゃい! 今日はいつものアニメキャラの声真似してこっかな〜? 何かリクエストあるー?』
10人、20人……50人。ほら、いつも通り私の配信は人気なんだって。表の顔でもあれだけスペック高いのに、裏でもこんな人気出るって、正直やばいと思うなぁ。あ、そのうちVとか始めてもいいかもしれない。それかワンチャン、顔出して配信者になっちゃうとかね。
その頃になってから泣きついてきても遅いから。後悔する顔が目に浮かぶなぁ。でもまあ、正直あいつにだけ拘ってても仕方ないしね。見る目ない男なんかさっさと捨てて、次に行こうかな。
配信が終わってからちょうど夕食の時間。
「歩絵夢、今日大変だったんだって? 一体何があったんだ?」
「あ、お父さん聞いて。アイロン掛けてないからって男子にバカにされてさ。今時そんなことある?」
「マジか。それはあれだろ、亭主関白気取ってる男だよ。無視しろ無視。普通の男なら歩絵夢の美貌を見てコロっと一撃、もし服のシワが気になるんだったら、俺がアイロンおかけします!くらい言ってくるだろ」
「だよねー、よかったー、下手に反応しなくって」
「ごめんね、歩絵夢」
「んー、まあいいよ。お母さん、アイロン掛けといてね」
「もちろん、やっとくねー」
父親のおかげで、少し安心。母親にはちょっと八つ当たりしたなーと反省しながらも、ふと思い出して。
「……てか」
「うん?」
「私って、臭くないよね?」
「なんだ、急に。嗅いでやろうか?」
「ちょ、それはやめて」
「冗談だろ? 臭くないって。風呂にも毎日入ってるし、洗濯だってしてるしなぁ?」
「そうだよね」
「なんか言われたのか? ほら、人ん家の匂いって気になるだろ。それじゃないか?」
「あー、そうかも」
「それでも臭いって言うやつがいたら、俺がボコす」
「お父さんが殴ったら、普通の中学生は死ぬから」
そう言って笑顔になりながら、荒れていた心は完全に元に戻った。
*
が、翌日の登校中。
「歩絵夢ちゃんって、やっぱり臭いよねw」
「は?」
「あ、ごめん。聞こえてた? でも、マジで臭いよ。ちゃんとお風呂入ってる?」
面倒臭い女子グループが絡んできた。いつもなら愛想笑いでかわす所だったが、昨日の今日でいじられると流石にイラついて。
「入ってるけど、それがどうかした? 自分の嗅覚確かめたことある?」
「やだー、怖い……そうやって自分は絶対正しいって思ってるでしょ?」
「少なくともアンタたちみたいに群れないといじめてこられない奴らよりは正しいと思ってるけどね」
「え、もしかしてこれいじめだと思ってる?w」
「自意識過剰って怖いよねー? 理玖君に振られたからって、ウチらに当たらないでくんなーい?」
「……アホくさ」
あ、逃げるんだーとか言われながらもその場から早々に去る。
匂いなんか、しないっての。うちのいつもの洗濯の匂いだ。
なのに教室に入ってもその扱いは変わらない。昨日まで一緒に絡んでた女子に挨拶をしても知らん顔される。
「……つまんないな、本当」
結局、そういう表面的なところでしか評価できないって事でしょ。あぁやだやだ、嫉妬や妬みって本当に怖い。私はそういうものに敏感でよかった。
結局無視されるようなことがあっても、漫画みたいに水をかけられたりするようなことはない。先生たちは変わらず対応してくれるし、結局あの男が元凶なんだ。
と、昼休みに目の前を通り過ぎる。文句の一つでも言おうかと思ったが、
「あ、ちょっと理……」
「お待たせ、一緒に飯食べるだろ?」
「うん!」
「……」
こちらに気づかず、ちょうど別のクラスの女子と待ち合わせをしていたのか、二人笑いながら中庭に消えていった。それも、手をつなぎながら。
「ふ、ふふ……あははは!!」
なんだ、これ。いやいや、いやいやいやいや。笑いが止まらないでしょ。
腹の底が燃えるみたいな感覚。あぁ、そうですか。よりによってあんなブサイクと付き合うなんてね。あぁ、おかしい。所詮ブス専だったってわけね。それじゃあ私とじゃ釣り合わないわけだ。そもそも人間じゃなかった可能性もあるよね。ウケるわ。本当にマジ、大爆笑。面白すぎるって。
あぁ。
『みんな、おつかれー! ねぇ、ちょっと聞いてくれるー? 私、今日学校で酷い事されて……』
ねぇ、みんな。こういう声好きでしょ?
『え、ありがとー! そんな、ギフトとかいいのに……ちょっと、私こんな優しくされたら本気で泣いちゃうかも……リスナーのみんなが優しすぎるよ……』
ほら、ほらほら。優しくしてくれる。当たり前じゃん。だって私には本来魅力があるんだから。これだけの価値があるんだって。見る目がないだけ。本当笑っちゃう。
コメントだって永遠に途切れない。普段こんな泣きついたりしないから、みんなが特に優しい。ギフトだって、1万円分くらいになるんじゃないか。
>フェムちゃん、泣かないで!
>誰だフェムちゃんを泣かせた奴!ぶっ○す!!
>俺たちは大好きだ!
>永遠に推し続ける!それが俺の役目!
>ここがフェムちゃんの居場所だよー!
うんうん。そうだよね。分かってる分かってる、実はそんなに凹んでるわけじゃないからさ。これからもみんなのために頑張りますよ。
>媚びてウザ
……うん?
>マジ可愛い声してる
>ギフト稼ぎ見え見え
>なんかリアルでは結構ブスそうw
>分かる顔見せないってことはそんな気がする
あれ、どうした?皆何言っちゃってんの?
『あ、あはは〜! みんなのおかげで元気でたよ! それじゃ今日は早めに休もうかな……明日もまたよろしくね〜』
と、配信を切る。
胸に残る、黒くて苦い何か。
なんで、私のことを分かってくれない? こんなにも優秀なのに。どうしてどいつもこいつも私のことを嫉妬して、陥れようとするんだよ。
恵まれないのはお前ら自身のせいだろうが。
「私に押し付けてんじゃねぇよ……!!!」
枕を思い切り叩きつける。
「姉ちゃん、どうかしたー?」
「はぁ、はぁ……何でもないよ……」
「そう? もう直ぐ夕飯だってー」
「……分かった」
相変わらず妃孤はノックをしない。別にそれでいいんだって。仲の良い姉妹なんだって、そうやってきた。それは別に、イライラでもなんでもないけど。
今の私を見るな。今の私は本当の私じゃない。
ふとスマホの画面に目を落とす。そこには偶然、パパ活アプリの広告が。
「は、なんで私がわざわざ媚びてやんなきゃなんないの。……でも、待って。それなら逆に、分らせてやればいいじゃん」
そう言ってスマホを手に取ってアプリをダウンロード。募集の画面には、こう書いた。
【普通の刺激にはもう飽きたので、”彼女”や”奥さん”がいる人限定☆ その代わり満足させてくれた人の言う事は何でも聞いちゃうカモ?】
これでよし。するとまもなく通知が鳴り響いた。すぐに数十件。口元を隠した写真だけで、これだけ食いついてくる。リスクがあっても私を求める。それだけ私には価値がある。
「ふ、ふふふ……どう、こんなもんちょろいでしょ。私に掛かればこんなもん余裕なの」
そう呟いて、扉の外から聞こえてくる母親の声に気づく。
その時に届いた一つの通知。年齢も近くて、顔はかなりイケメン。しかもハイスペックだった。思わずニヤついてしまう。
「……見てなさい?」
*
悪魔の成り損ない eLe(エル) @gray_trans
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