悪魔の成り損ない

eLe(エル)

第1話

 十八歳になった夜、私はビルの屋上で街を眺めながら、裸で笑っていた。



 私、悠来 歩絵夢ゆうらい ふぇむは天才だった。


 母親の莉愛りあ。父親のじょう。二歳年下の妹の妃孤ぴこと4人暮らし。


 三歳から読み書きが他の子より出来て、歩くのも早かったらしい。

 幼稚園に入ってからもズバ抜けて私が出来た。


 母親は読者モデルで、父親は職人。かなり顔も良くてスタイルもいい。


「歩絵夢は天才だな!! 莉愛に似て超絶可愛いし、本当にいい子だ!」


「ね、本当。手も掛からないし、言う事なんでも聞いてくれるでしょ。歩絵夢は私たちの宝物。大好き」


 二人は私にべったりだった。小学校に入ってもずっと、毎日ハグをして、休日には遊びに行って。幸せな毎日だった。


 小学校に入っても、周りからチヤホヤされてばかり。というか、両親の育て方が良かった。めっちゃ褒めてくれるし、何でも買ってくれる。妹にも同じくらい優しいし、テレビを見てたり漫画を読んだりして感じるような”理不尽”が見当たらなかった。


 だから、周りにそう言う話があると、とてつもなく可哀想だった。恵まれなかったんだな、可哀想だな、って。


でも、小学三年生の時にそんな話をしたら、友達を怒らせて泣かせてしまったことがある。


「歩絵夢ちゃん酷い!! そんな言い方しなくたって!」


「え、でも、私は優ちゃんのことを思って」


お父さんとお母さんが不仲で、離婚することになったらしい。

私はそれを聞いて、可哀想。私の所なんてすっごく仲がいいのに、優ちゃんの所は残念な両親だね、と言った。


 彼女に寄り添ったつもりだったのに、むしろ怒られてしまった。他の子からも冷たい目で見られて、私はそこで学んだ。こういう時は自分のことを言っちゃダメなんだ。うまく慰めてあげなきゃならないんだ、って。


「歩絵夢ちゃんってすごいよね、なんでも出来るもん」


「えー、そんなことないよー」


 と言うのが、癖になっていた。


 それからはうまく立ち回ったおかげで、私は常にクラスの中心だった。色んな男子に何度も告白された。小学六年生で初めて男の子とキスをしたけれど、正直何も思わなかった。ただその子は身体目当てというか、私の中身を見てくれていない気がして、すぐに飽きてしまった。



 私はその頃から声優に憧れて、色々なアプリを入れたりTwitterを始めたり、ネット活動を行っていた。将来はそういう仕事に就こうかな。漠然と考えていたけど、学歴がないとダメだとか、やりたいことが他にもないと、なんて話を聞いて、中学に入ってから進学のことも考えるようになった。


 成績はもちろん優秀。運動だってそこそこ出来たし、友達に言われてバスケ部に入った。ネットでも着実にフォローが増えてきていて、すべてが順調、私は無敵だった。


 そんな中一の冬。私は時々絡むクラスの男子、神田 理玖かんだ りくに恋をしていた。話していて楽しかったし、何よりクラスでもそこそこ人気がある方だった。勉強は出来ないけど運動が出来る。確か陸上部で結構期待されてる、とか。


「ね、理玖。放課後ちょっと話せる?」


「ん、いいけど」


 取り巻きの女子たちは、キャーキャー騒いでいた。私は無理かも、なんて猫被ってたけれど、内心では間違い無いと思ってたし、彼を選ぶことで色んなメリットがあるな、なんて打算があった。


 先輩たちを見ていても、やっぱり規則がある。それなりに出来る先輩やモテる先輩は、それ相応の人と恋人になって、学校生活を謳歌していくんだって。


 そういう点で、彼は丁度よかった。私よりは目立たないし、かと言って見劣りもしない。あ、あの子で妥協したんだって思われないし、高望みをしたとも思われない。私の好感度は間違いなくアップするでしょ。


 私はドキドキしたフリをしたまま、放課後体育館裏で告白をした。


 私は一瞬、頭が真っ白になった。


「……え?」


「だから、ごめん」


「あ、えっと……そっか」


影から見守っていた取り巻きの方を思わず見ると、不安そうな顔をしていた。当たり前だ。なんで私が振られるの。別にアンタ、学年一イケメンじゃないでしょ。


「そ、その。なんで?」


「……いや、今はそういう付き合うとか考えらんないっていうか」


「別に、保留でもいいっていうか、友達からとかでもいいよ?」


「いや……」


「……ねぇ、理由があるならはっきり言ってよ」


彼はもごもごして、何か言いたいことをはぐらかしてるみたいだった。私はそれがムカついて、少し語気を強めながら急かした。


すると彼は何か言おうとして言い淀んだ。けれど、私の顔を見るなり決心したのか。


「……無理なんだよ」


「え?」


「俺、不潔な奴無理なんだ」


「……は?」


「悠来、自覚ないだろ」


「ちょ、どこが!? 私のどこが不潔だって言うの!?」


彼のデリカシーのない言葉に、思わず声を荒げてしまう。


「匂いだよ」


「はぁ?」


「いや、それだけじゃないけど。あちこち触った手で飯食うし、耳とか足とか平気で掻くしさ。制服もそれ、アイロンとかかけてないだろ」


「い、いやそれは……それは、今日たまたま、偶然で!」


「ほら、俺が無理なだけだから。な? それじゃ……」


「あ、ちょっと理玖!!」


彼が逃げるように去って、私は一人取り残されていた。


さっきまでいたはずの取り巻きがいない。が、不意に。


ぷっ……!


と、笑い声がしてから、足音がした。私は直感した。


「あ、ねぇちょっと、みんな!!」


その頃にはもう、遅かった。


クラスに戻る頃に、私は「臭素」というあだ名が付けられていた。








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