悪魔の成り損ない
eLe(エル)
第1話
十八歳になった夜、私はビルの屋上で街を眺めながら、裸で笑っていた。
*
私、
母親の
三歳から読み書きが他の子より出来て、歩くのも早かったらしい。
幼稚園に入ってからもズバ抜けて私が出来た。
母親は読者モデルで、父親は職人。かなり顔も良くてスタイルもいい。
「歩絵夢は天才だな!! 莉愛に似て超絶可愛いし、本当にいい子だ!」
「ね、本当。手も掛からないし、言う事なんでも聞いてくれるでしょ。歩絵夢は私たちの宝物。大好き」
二人は私にべったりだった。小学校に入ってもずっと、毎日ハグをして、休日には遊びに行って。幸せな毎日だった。
小学校に入っても、周りからチヤホヤされてばかり。というか、両親の育て方が良かった。めっちゃ褒めてくれるし、何でも買ってくれる。妹にも同じくらい優しいし、テレビを見てたり漫画を読んだりして感じるような”理不尽”が見当たらなかった。
だから、周りにそう言う話があると、とてつもなく可哀想だった。恵まれなかったんだな、可哀想だな、って。
でも、小学三年生の時にそんな話をしたら、友達を怒らせて泣かせてしまったことがある。
「歩絵夢ちゃん酷い!! そんな言い方しなくたって!」
「え、でも、私は優ちゃんのことを思って」
お父さんとお母さんが不仲で、離婚することになったらしい。
私はそれを聞いて、可哀想。私の所なんてすっごく仲がいいのに、優ちゃんの所は残念な両親だね、と言った。
彼女に寄り添ったつもりだったのに、むしろ怒られてしまった。他の子からも冷たい目で見られて、私はそこで学んだ。こういう時は自分のことを言っちゃダメなんだ。うまく慰めてあげなきゃならないんだ、って。
「歩絵夢ちゃんってすごいよね、なんでも出来るもん」
「えー、そんなことないよー」
と言うのが、癖になっていた。
それからはうまく立ち回ったおかげで、私は常にクラスの中心だった。色んな男子に何度も告白された。小学六年生で初めて男の子とキスをしたけれど、正直何も思わなかった。ただその子は身体目当てというか、私の中身を見てくれていない気がして、すぐに飽きてしまった。
*
私はその頃から声優に憧れて、色々なアプリを入れたりTwitterを始めたり、ネット活動を行っていた。将来はそういう仕事に就こうかな。漠然と考えていたけど、学歴がないとダメだとか、やりたいことが他にもないと、なんて話を聞いて、中学に入ってから進学のことも考えるようになった。
成績はもちろん優秀。運動だってそこそこ出来たし、友達に言われてバスケ部に入った。ネットでも着実にフォローが増えてきていて、すべてが順調、私は無敵だった。
そんな中一の冬。私は時々絡むクラスの男子、
「ね、理玖。放課後ちょっと話せる?」
「ん、いいけど」
取り巻きの女子たちは、キャーキャー騒いでいた。私は無理かも、なんて猫被ってたけれど、内心では間違い無いと思ってたし、彼を選ぶことで色んなメリットがあるな、なんて打算があった。
先輩たちを見ていても、やっぱり規則がある。それなりに出来る先輩やモテる先輩は、それ相応の人と恋人になって、学校生活を謳歌していくんだって。
そういう点で、彼は丁度よかった。私よりは目立たないし、かと言って見劣りもしない。あ、あの子で妥協したんだって思われないし、高望みをしたとも思われない。私の好感度は間違いなくアップするでしょ。
私はドキドキしたフリをしたまま、放課後体育館裏で告白をした。
私は一瞬、頭が真っ白になった。
「……え?」
「だから、ごめん」
「あ、えっと……そっか」
影から見守っていた取り巻きの方を思わず見ると、不安そうな顔をしていた。当たり前だ。なんで私が振られるの。別にアンタ、学年一イケメンじゃないでしょ。
「そ、その。なんで?」
「……いや、今はそういう付き合うとか考えらんないっていうか」
「別に、保留でもいいっていうか、友達からとかでもいいよ?」
「いや……」
「……ねぇ、理由があるならはっきり言ってよ」
彼はもごもごして、何か言いたいことをはぐらかしてるみたいだった。私はそれがムカついて、少し語気を強めながら急かした。
すると彼は何か言おうとして言い淀んだ。けれど、私の顔を見るなり決心したのか。
「……無理なんだよ」
「え?」
「俺、不潔な奴無理なんだ」
「……は?」
「悠来、自覚ないだろ」
「ちょ、どこが!? 私のどこが不潔だって言うの!?」
彼のデリカシーのない言葉に、思わず声を荒げてしまう。
「匂いだよ」
「はぁ?」
「いや、それだけじゃないけど。あちこち触った手で飯食うし、耳とか足とか平気で掻くしさ。制服もそれ、アイロンとかかけてないだろ」
「い、いやそれは……それは、今日たまたま、偶然で!」
「ほら、俺が無理なだけだから。な? それじゃ……」
「あ、ちょっと理玖!!」
彼が逃げるように去って、私は一人取り残されていた。
さっきまでいたはずの取り巻きがいない。が、不意に。
ぷっ……!
と、笑い声がしてから、足音がした。私は直感した。
「あ、ねぇちょっと、みんな!!」
その頃にはもう、遅かった。
クラスに戻る頃に、私は「臭素」というあだ名が付けられていた。
*
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