ダンジョンでドロボーしてはいけません

牛尾 仁成

ダンジョンでドロボーしてはいけません

「頼もう!」


 威勢よく店の扉を開けながらシーフの少年トムが現れた。


「いらっしゃいませ」


 その元気な声とは対照的に店の主であるホークマンの声はどこまでも気の抜けた応答であった。ちなみに店主のこの姿勢はいつものことであり、客が誰であってもこの姿勢を変えることはない。猛禽類の獰猛な目を眠たげにショボつかせ、少年が店の中に入ると、さり気なく出口の前に陣取る。


「今度こそ、ドロボーしてやるから見とけよ」


 本気で泥棒をする気なら絶対に言わないセリフを少年が店主に言うのには理由があった。トムはシーフとして活動する冒険者であり、今までいくつかのダンジョンの踏破をしてきた。冒険者としての経験を重ねていく内に彼は一つ気づいたのだ。


 自分のレベルで稼ぐには、ダンジョンのショップでドロボーしたほうが効率がいいじゃん、と。確かにトムが潜れるダンジョンのレベルは低レベル層が多い。そうすると必然、ダンジョン踏破の報酬は手間の割に少ない。だが、ダンジョンショップでドロボーした商品を外で売りさばくと結構な稼ぎになるのだ。そういうわけで、彼は各地のダンジョンにあるショップを狙いに冒険を続けていたのだ。


 最初の内はうまくいっていたのだが、トム少年はこのダンジョンのショップでドロボーに失敗してしまうのだった。何度やってもうまくいかない。シーフとしての沽券にもかかわると少年は躍起になってこの初老のホークマンにドロボーを仕掛けていたのだ。だから、二人は顔なじみだしホークマンの方もドロボーしに来る小さなシーフをどこか楽し気に相手する。


「そうですか。トム、今日は『合成釜』と『神樹の葉』がオススメですよ」

「よし、それじゃあそいつをいただこう!」


 二人のやりとりはまずこの商品の受け渡しから始まる。


 ショップにおいてドロボー行為とされるのは未精算の商品を店から外に持ち出した場合である。ドロボーの意志を店主に伝えていたとしても、商品が未精算で外に持ち出されない限り、ドロボーではないため店主もまだ何もしない。普通、商品の精算する場合、店主に話しかけるか店の出口に立つと店主が隣に飛んできて代金の受け渡しが発生する。トムは当たり前にお金を持ってきていないので、商品を買うことはできない。


 二つの高額商品を荷物袋に入れるとトムは本日の計画を実行に移すことにした。懐からあらかじめ用意していた巻物を取り出す。これは『落とし穴の巻物』と言って開いて床に張り付けるとそこに落とし穴を作る効果がある。ドロボー行為で大事なことはいかにドロボーした商品を別のフロアに運ぶか、にある。ダンジョンのルールで例えドロボーしたとしてもフロアをまたいだ場合、ドロボー成立となりその商品の売買契約は無効となるのがルールであった。つまり、トムはどうにかしてこの商品を持ったまま別フロアに脱出できれば店主に勝つことができる。


 落とし穴は踏むことによって、その階下のフロアに脱出することができる。トムは勝利を確信し、意気揚々と落とし穴のフタを踏んだ。下のフロアに叩き付けられる痛みのことなど、この痛快さに比べれば屁でもなかった。


「へん! それじゃあな、ジジイ。アイテムはいただいていくぜ!」


 軽く手を振って、自分の体が階下に落ちる感覚が始まるのを待つ。一秒たち、二秒たったが何も起きない。おかしいと思い、何度かフタを崩そうとその場で足を踏み鳴らすが、何も起きない。


 幸せそうに昼寝をしていると思えるほど穏やかな顔をした店主が状況を説明した。


「トム、ここは八階ですよ。このダンジョンの階層は九階しかありませんから落とし穴は発動しませんよね」


 ダンジョンの仕組みとしてダンジョンの終着点である最下位のフロアには落とし穴で到達することができないのだ。トムはそのことを忘れていたのである。当然、店主としてはそういうドロボーへの対策はきちんと考えたうえでこのフロアに店舗を構えていたのであるが。


「アッ! くそ、騙しやがったな!」

「いや、別に騙してはいませんけど」


 子犬が威嚇するような声で店主に食って掛かっていると、再び店のドアが開いた。見るからにガラの悪そうな若い男たちがゾロゾロと中に入って来た。


「なんだ、こんなところに店がありやがる。ちょうどいい、オレ様たちが見てやろうじゃねえか」


 髭面で斧や剣を持った男たちが店の中を物色した。


「ッチ、シケてやがる。大したもん無ぇじゃねぇか。おい、ジジイ! どこに目ん玉つけて商品を集めてんだよ。もっといいモンを用意しておけよ! ったく、使えねぇ」


 男たちの様子を見ていたトムと店主は、男たちに気づかれないようにさり気なく視線を合わせていた。お互いに意図を組み合った結果、トムはおずおずと、それは自然な感じで男たちに語り掛けた。


「あのー、旦那がた。もしよろしければ、オレが持っているブツをお譲りしましょうか?」

「あん? 何だ小僧。気安く話しかけてるんじゃ……」

「いや、『合成釜』と『神樹の葉』なんですがね、手荷物と金の関係で買えそうになくてですね……へへ、もしよろしければですが」


 アイテムの名前を告げられると男たちの目の色が変わるのがトムにも分かった。


「おお? そうかい。なら、譲ってもらおうか」


 トムは言われるがまま、商品を取り出して男たちに渡した。斧を持った男がそれを受け取ると、もう用は無いとばかりに入口へと戻っていく。


「お買い上げありがとうございます。二点で二万七千ゴールドになります」


 店主が未精算の商品の代金を請求する。だが、男たちはトムの予想どおりこの請求を受け入れなかった。


「はっ! 一丁前に金取る気でいやがる。 欲しいなら力づくで取ってみろよ。ま、お前みたいな鈍臭そうなジジイにそんなことが出来ればの話だがな」


 そう言って男が肩を怒らせて、外に出ようと店と外の境界を跨いだその時だった。


「では、そうさせていただきます」


 男の体が店の中を舞い、入り口と反対側の壁にたたきつけられた。悲鳴をあげて、地面にずり落ちた男が叫ぶ。


「何しやがるっ!」

「何しやがる、ですか。それはこちらのセリフです。素人が私の店からドロボーしようなんて、1億年早いんですよ」


 いつもの眠そうな声はどこに失せたのか、それは裁判官が罪人に罪を言い渡すような冷たい温度の声。男たちは店主のホークマンからドロボーと認定されたのである。


 突然の店主の暴力に怒り狂った若い男たちは一斉にこの年老いた店主に襲い掛かった。だが、そんなものは店主には蚊が止まって見えた。


 店主が自身の武器を抜くまでも無く、男たちの顔面に強烈な拳をめり込ませて、排除してしまった。それはまさに一瞬の出来事であり、造作もなくお茶を飲むような何気なさで、自分より二回り以上大きな男たちを皆等しくレリーフの如く店の壁にめり込ませた。


 一瞬で、仲間たちを伸された斧を持つ男は状況を理解して恐怖した。


「ちょ、ちょっと待ってくれ。ま、待って、頼むよ。お願いだから、ちょっとま―」

「ドロボーに声を聞く耳を持つ店主がどこにいるとでも?」


 店主はにこやかに笑いかけ、目にもとまらぬスピードで男の身ぐるみを剥いだ。下履き一枚と成り果てた男の首根っこを持つと、そのまま赤ん坊に高い高いをするように男を上へと放り投げた。男はもはや声を出すボールだった。悲鳴をあげながら天井を突き抜け、上の階へ、更に上の階へと轟音立てて突き抜けていき、とうとう地上へと放り出されたのである。


 こうして哀れなドロボーたちは店主に文字通りボコボコにされ地上へと送還された。もれなく全員身ぐるみを剥がされ、地上に放り出されたわけだ。トムは他の冒険者が店主に倒されるのを初めて見たが、やっぱりこの店主は別格だと心底感じた。トムの見立てでは男たちは戦い慣れてはいるが、ダンジョンの冒険については完全に素人だと見破っていた。


 そもそも、冒険者たちはダンジョンの店主に対して正面からドロボーをしようなどとは基本的には考えない。アイテムや環境をフルに使って、無事にドロボーすることを考えるのだ。その理由はと言えば、店主のこの化け物じみた強さである。そこらでみかけるモンスターと対して身なりは変わらないのだが、その強さは完全に常軌を逸しているのだ。下手したら魔王軍の幹部とかよりも強いんじゃないだろうか、とトムは思っている。最初に自分が別の店の店主にボコボコにされた時はちょっとギャグなんじゃないか、と思いたくなるほどさんざんな目に合わされた。そういう苦い経験をダンジョン冒険者は多かれ少なかれ持っているのだ。


「さて、それではトム。買い物を続けますか?」


 手と体についた土ぼこりを軽く払いながら、店主は再びいつもの眠そうな声で尋ねてきた。


「それ本気で聞いてるの? 金も無いのに買い物はできないじゃん」


 トムはドロボーの失敗に内心歯噛みをしながら、それをおくびにも出さずに負け惜しみをこぼした。


 結局トムはこの日、ショップで買い物はせずにそのまま下の階へと降り、ダンジョンを脱出した。骨折り損だ、と宿に失意と共に帰還し荷物を確認すると、中に見慣れぬアイテムがあることに気が付いた。


 それはトムがドロボーしようとした『合成釜』と『神樹の葉』であった。


「えっ、何で?」


 トムの驚きの表情は、アイテムに添えられていた手紙によって解消された。


『ドロボーたちの身ぐるみを店に加えるべく商品の整理をしました。その時手が滑ってあなたの荷物に何かが入ったかもしれませんが、もしあったらそれは私のミスですのであしからず。追伸、当店では一部のお客様に向けてセールを開催中ですので、今後ともご愛顧のほどよろしくお願いいたします』


 驚きの表情は無くなったが、代わりに困惑と苦笑がトムの顔に広がった。

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