祈り。
スパゲッちぃー
第1話
涼しげな風が頬を撫で、首筋を通った。
私はゆっくり体を起こす。
「ここはどこ?」
周囲は草原で、辺りの草木は風に吹かれてお辞儀をしているように見えた。
何で私は今ここにいるんだろう。
向こうを見ると同じ年齢くらいの青年が歩いてくるのが見えた。
その青年は見覚えのある顔だった。
私は今きっと、、、。
******
その夜は蒸し暑くて蒸し暑くてとても眠れたものではなかった。
僕はその暑さがもどかしくて家を飛び出した。
家を飛び出して辿り着いた場所は、生温い風に揺らされる草木が茫漠と広がる草原だった。
草原に足を踏み入れてみると、空気そのものが変わったように感じた。
「き、きれい、!」
僕はその風景に童心を擽られ、思わず草原を駆けた。
ちょっぴり温かさを含む追い風が僕の髪を優しく撫でた。
誰かが向こうに座っている姿が目に映った。同じ年齢くらいの年齢だろうか?
僕はその姿の方へ歩み寄った。
はっきりとは見えなかったが、時々雲の合間から姿を見せる薄月がその人の姿を仄めかした。
長めのスカートに、少しだけ露出している色白の肌、くっきりとした琥珀の瞳とどこか儚げさを醸し出すまぶた。長い髪を一つにまとめたポニーテール。その一つ一つが懐かしさを感じさせるセンチメンタル的なものを感じさせた。
最初に口を開いたのは彼女の方からだ。
「今、君は夢を見てるんだよ。」
一瞬僕は何を言われたか分からなかった。一体何を言い出すんだ。
「俺が今、夢を、、、、?」
「うん。ちょっと自分の頬をつねってみて。」
僕は彼女に言われた通り自分の頬をつねった。
「痛くない……………」
どうやら、、、、本当なようだ、、、?
不思議な事に痛みを全く感じなかった。とりあえず今は夢だと信じてみる事にした。
「それで、なんでこんな夜分にここに来たの?」
彼女は今にも消えそうなくらいの声で空気を奏でた。
「ちょっと蒸し暑かったから来た。」
「それだけ?」
彼女は僕の心を見透かしたように言った。
仕方ない。僕は今自分の中に溜まっている鬱憤を全部話す事にした。
「3年前に大切な人を失ってから分からなくなったんだ自分が今ここで生きてて本当に意味があるのかも。」
そう、僕はここ数ヶ月間悩んでいた。
自分はここにいる意味は何だと葛藤する気持ち。この2つが僕の心を締め続けていた。
彼女は時折頷きながら、僕の話を全て聞いてくれた。
それから彼女はロングヘアをお団子ヘアに結び始めた。あ〜結ばない方が似合ってたのになぁ……そんな事を思っていると、彼女はぷくりと頬を膨らませながら体を前のめりにした。
どうやらご不満のようである。
「君、今私のお団子ヘア似合ってないって思ったでしょ!!」
唐突に修羅場に突入してしまい、首から冷や汗が溢れ出す。それでも僕は何とか誤魔化そうとし、脳を巡らせる。
「ええぇぇ!そんな事微塵も思ってないし!むしろまあまあ似合ってるんじゃね?!」
しかし、そんなごまかしは通用しなかった。
うん。自分自身でもよくわかってた。
「ほら!まあまあって絶対に馬鹿にしてるでしょ!!」
「す、すみませんでしたーーー!!!」
僕は素早く土下座をした。冷や汗がおでこから滴り、目に染みる。
「別に良いよ。そんなに気にしてないし、」
彼女は意外にもそこまで怒っていないようだ。
でも、彼女はお団子ヘアにしたかったみたい‥‥です。
「話は戻るけど、君は今、役に立ってるんだよ。」
「え、そうなの?」
「うん!夢はね、その人の記憶の断片が無作為に組み合わさって1つになった物なんだ。私もその1つ。だから死んだ私が君の夢にいるって事は、君の記憶の断片の組み合わせと私が重なったってこと。君の記憶の集まりが、この世界と彼岸の世界とを結びつけてくれたんだよ。」
僕が、、彼女を生み出した?僕がそんな大層な事をしたのか?
「それに今こうしてきれいな空を眺められるんだよ。彼岸からじゃあこんなにきれいな空は見られないも。だから、ありがとう!」
確かに彼女の考えも一理あるなと思った。
それから彼女は不意に不思議な事を言った。
「ねぇ、私のこと見覚えある?」
「い、いや覚えてない……」
「そうだよね。」
「信じてもらえないかもしれないけど、私は君の幼馴染の、——————」
僕はその名前を聞いた瞬間、心を抉られたような気がした。
僕の幼馴染、それは今僕が悩み理由の一つ。
彼女にさっき言った3年前に亡くした大切な人はその幼馴染なのだ。
「本当にそうなの、、、?」
「うん、、、。」
彼女の返事を聞いた瞬間、情けないくらいに涙が溢れ出す。
僕はあの時の事を思い出した。
彼女が一緒懸命に病気と戦っているのに僕は何もしてあげられなかった。
ただ横で彼女を見守る。それだけしかできなかった。
「君が泣くことないんだよ。あの時も君が必死に回復を祈ってくれてたことを私は知っているから。」
彼女は優しくそう言ってくれた。それでも涙が止まらなかった。そんな僕を見てか、彼女はただ黙って背中を揺ってくれていた。揺る彼女の手の温もり、それだけで心が掬われるかのように思えた。
「泣きやめた?」
「うん。」
「空を見上げたら、きっと心のもやもやも消えるはずだよ。」
彼女にそう言われて空を見上げた。それから長い間空を眺めていた。空には桃源郷のように淡い桃色の、細長く伸びる天の川の水色、あらゆる方向から降り注ぐ流星の尾の白色が描かれていた。全てがいつも見ている世界から少し浮遊しているような、世界の秘密を溶け合わせたような、神秘的な眺めだ。僕は今この世界が本当に夢の世界なんだとはっきりとした確信を持った。眺めれば眺めるほど、現の世界で溜まった疲れが癒されていった。
*****
「そろそろ夜明けが来ちゃうね。」
彼女は寂しくそう呟いた。
地平線に広がる赤い帯が見えた。
僕は唐突に寂しさや孤独感が込み上げてきた。
この時間が終わらないで欲しかった。
もっと彼女と語り合っていたかった。
永遠にこの時間が続いて欲しかった。
まだ話したい事もまだまだたくさんあるのに。
彼女はまた彼岸の世界に取り残されてしまうのだろうか。
そう考えると無性に胸が苦しくなった。
「最後にさ、おまじない作っとこうよ!」
僕はとっさにそう言った。せめてまた会えるように。
「おまじない?」
「うん、僕らがまた会えるように。言葉は、、、、夢の約束の場所って事で略して''ゆめやく''で良いかな?」
「うん、わかった!」
「ヨシ、約束だ!いつの日か、この場所でまた会おう!」
たとえ彼女と僕の間に何千、何万という障壁があったとしても。
「うん! 約束だよ!」
必ず会えると。僕はそう強く祈った。
気付けば蒼穹の空が横たわっていた。
辺りの草木は陽光に照らされて、黄緑色の彩り鮮やかさを帯びていた。
********
私は目を覚ますとアスファルトの上で横たわっていた。なぜ私は今ここにいるんだろう。
さっきまで草原の上にいたような…
辺りを見渡すと、桜の花びらが夜風に吹かれ、音も立てずに舞い降っていた。舞い降る様子はまるで雪みたいに美しく、遠きあの日々の想い出を咲かせた。
彼と初めて会った日、中学校入学の時に7年目もよろしくねと言った彼の微笑み、私が入院してから毎晩日を跨ぐまで話をしてくれたこと、私の息が果てようとする瞬間まできっと大丈夫だよと瞼を潤ませながら優しく手を握ってくれこと。
気付けば涙が頬を滴っていた。
「あれ、私何で泣いてるんだろう‥‥‥‥」
思い出せば溢れてくる君との思い出。その思い出1つ1つにとても愛おしさを感じた。
涙を拭いながら夜空を見上げてみると、思わずはっと息を呑んでしまった。
そこには何色にも表せないような淡い空が広がっていた。
周りは家の明かりばかりなのに、どうしてこんなにきれいに。
その空はこの4年間の空の中でどれよりもあの日の空を感じさせた。
私は今日も祈りをこめる。
ただ奇跡を願って。
「ゆめ、、」
******
今日も僕は彼女と会った草原に行く、、いや違う草原じゃないんだ。だって、
彼女との約束の場所は消えて無くなってしまった。
彼女との約束の場所は、草原は、今や埋め立てられてただのアスファルトになってしまった。
それでも僕はまだ彼女を探している。
僕はバカなのかもしれない。
でも、僕らは確かにあの日約束したんだもの。約束の場所を失ってしまっても、夢の中での約束だとしても、僕は。“君と一緒に今を生きたい”
祈りが届きますように、
「、、やく。」
すると突然一瞬心臓に1回とくんと跳ねた。それから波紋を作るように鳥肌が立った。
目の前を見ると僕と同じように祈る彼女の姿が見えた。
僕は思わず駆け出した。
すると彼女も僕に気づいたのか駆け出してきた。
彼女の手が僕の肩に触れた。
「やっと会えた!嘘みたい、!!!!」
彼女は歓喜の声を上げ、僕の頬をつねった。
何で君はそんなに鮮明に輝いて見えるんだろう、僕もこんなに目が潤んでいるのに。
「痛いよ、そんなに強くつねったら、、、」
その瞬間僕の目からどっと涙が溢れ零れる。
僕らのこの4年間の「祈り」が夢から現実に、軌跡から奇跡になった事に感無量を感じた。
頬に触れる彼女の指先も、小刻みに鳴る鼓動の音も全てが新鮮で愛おしくて堪らない。
僕はこの安らぐ場所を彼女を失ってからずっと追い求めていたんだと気づいた。
僕らは今起こる奇跡そのものを互いに笑い合いながら噛み締める。
空には僕らを見守るように無数の星が煌めいていた。
祈り。 スパゲッちぃー @20060928
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