透明な魚は素敵なインコと歌を歌いたい

蒼杜ほたる

完結



透明に透き通った身体をゆらゆらとさせ泳ぐ魚。

名前はない何故なら魚だから、そう名前が“魚”なのだ。

魚は本来水の中で生活をする生き物だろう、しかしこの魚は形が違っていた。

水で身体全てが出来ている、鱗も透明、ヒレ、尾鰭、目までも。

だったら住む場所はどこかって? 

そんなの決まっている高い、たかーいお空に住んでいるのだ。


「やぁ! こんにちは! ボクとお喋りしませんか?」


魚は空を飛ぶ鳥たちへ話しかけた。

けれど鳥たちは白い目をして声を返してもくれなかった。


「やぁ! こんちには! 今日は暑いですね!」


次に話しかけたのは葉っぱで休憩する虫たちだ。

鳥たちと同様に虫たちも魚を白い目で見て、飛び去ってしまった。

魚はケロッとして気持ちを切り替えまた声をかける。


「やぁ! こんちには! うわー! 綺麗な羽ですね、ボクも君みたいな羽があればなー」

「……!」


話しかけたのはグラデーションのかかった鮮やかな水色をしたインコだ。

急に話しかけられたことにびっくりしたインコはバタバタと暴れ散らした。

そりゃ飛んでる最中に話しかけられれば誰でも驚くだろう、相手が相手というのもあるが。


「ご、ごめんねっ! 驚かせるつもりはなかったんだ、それじゃあ……」


魚は申し訳なさそうにしゅんとした顔をして離れていこうとしたがその態度に居た堪れなく感じたのかインコはボソボソと呟いた。


「……ワタシもごめん、驚かせて」


生まれてはじめてだった、言葉を貰ったのは。

それになんて素敵な声なのだろう、まるでガラスを転がしたような透明感のある声だった。

嬉しさではしゃぎお礼を言った。


「うわ! ありがとうありがとう! はじめて言葉を返して貰えたよ」

「はじめて? 変なやつね。こんなことで嬉しがるなんて」

「へへへ、だってほんとうにはじめてだったんだ! 話しかけても何度も無視されて、でも今ちゃんとこうして言葉を貰ったからいいんだー。君の名前は?」

「ワタシはソング、貴方は?」

「ボクは魚!」


その場凍りついた空気になったが魚は急いで誤解を解きにかかった。

断じてギャグとかそうゆうわけではないと。


「ビックリ、貴方名前まで魚なのね。魚が魚を名乗るなんて、ぶふ……ちょっと新鮮過ぎない?」

「新鮮かぁー! 新鮮なお刺身どうですかー? なんちゃって」

「あははは、お刺身って貴方水で出来てるのにお刺身も何もないでしょう?」

「あーー! そっか! じゃあ新鮮なお水いかがですか?」


楽しい、とっても楽しいこんなに笑ったのは初めてだろう。

おしゃべりがやっぱり大好きだと魚は改めて思った。

こうやって他愛もない話をするのがずっと夢だった。


「ソングさんはインコなんだね、じゃあもしかして歌とか上手いの!?」

「歌えるけど上手ではないわ。最近歌ってないっていうのもあるけどね」

「いいな~! 歌えるってことがボクは素晴らしいと思うっ!」

「魚は歌えないの?」


魚と違ってずっと飛び続けられないソングは羽を休めたいと高くそびえる森林の木の枝に降り立った。

魚も同様に側に降り、インコの隣でふよふよと浮いた。


「ボクは歌えないんだ」

「歌えない? どうゆうこと?」

「えーと、歌い方がわからなくて……話し方は聞いて覚えたんだけど歌を歌ってる動物がいなくて聞いたことがないんだ」

「そうだったの、じゃあワタシの下手な歌でよければ聞かせてあげるわよ?」

「え!? ソングさん歌ってくれるの!?」

「特別よ、ただし一曲だけね」


ソングは目を閉じて静かに歌い出した。

まるで物語を聴いているように感じた。

背をゾワゾワとさせる凍えた声、川が流れているような心地良い声、風が吹き抜けるような爽やかな声、雫が上から落ちた涼しげな声、花が咲き誇るような暖かな声。

どれも聞き入るほどに素晴らしいものだった。

耳にこだまする声は永遠に聴いていたいほど。

魚は一心不乱にソングの歌に心も耳も傾けていた。


「ど、どうだったかしら? 久しぶりで全然声が出せなかったわ。魚? ちょっと魚?」


魚の目の前でパタパタと羽を羽ばたかせてみたが心此処にあらずといった様子だった。

ソングは頑張って歌を披露したのに魚の態度は如何なものだろうか?

ほんのちょっぴりムカついたソングは魚にペチペチとビンタしてみせた。


「うえ!? な、なに!?」

「魚あんたねー、せっかく歌ってあげたのに聴いてなかったの?」

「……かった」

「なに? 聞こえないわ」

「……ごかった」

「なんて言ったの? 全然聞こえないわ」

「ソングさん、歌すっごくすっごく凄かった! ボクあんな素晴らしいものはじめて聴いたよー! 歌ってこんなにも素敵なものだったんだね、聴かせてくれてありがとうっ!」


周りで休憩していた小鳥たちがびっくりするほどの馬鹿でかい声をあげて魚は微笑んでいた。

ソングも同様にビックリとはしたが、褒めてお礼を言って貰えたことに少しだけほんの少しだけ嬉しく思った。


「歌ぐらいでお礼言うなんて魚って変わってるわね、でもまぁ……ありがと聴いてくれて、ワタシも嬉しかったわ」

「お礼を言いたいのはボクだよっ! ボクも歌いたい、歌ってみたい! ソングさんと一緒に!」

「ふふ、じゃあ魚が歌えるようになるまで付き合ってあげるわよ? 貴方の歌を聞いてみたいっていうのもあるしね」

「いいの!? ありがとうありがとう! ボク頑張るよ! 今日は最高の日だ、言葉を貰って素晴らしい歌まで貰って……素敵なソングさんとも出逢えてボクはなんて幸せ者なんだろう」

「ワタシもよ、こんなに楽しいと思えたのははじめてだわ。さぁ魚みっちりとワタシが歌い方を教えてあげるわ、歌えるようになったらその時は一緒に歌いましょう?」


魚とソングに教えて貰いながら何日も、何日も歌を習った。

はじめはしゃべるのと何がどう違うのかすら分からなかった。

流れるように声を出す、難しい。

けれど魚は諦めなかった、ソングと一緒に歌いたいから。

目標のためにただひたすら努力を重ねた。

流れを意識して、発声して、高音の出し方、低音の出し方、ビブラートの出し方。

魚とソングはいつしか一緒にいることが楽しくて、離れたくなくて、ずっと一緒に側にいたいと想えるようになっていった。


「さぁ、魚歌うわよ。貴方の声を響かせてやろうじゃない」

「う、うん! 大丈夫隣にはソングさんがいる。ボクはもうひとりじゃない。歌おうソングさん!」

「ええ」


ふたりの交わる美しい声が飛ぶ鳥たちを止め、虫たちさえも集い聞き惚れるほど素晴らしいものだった。

楽しい、もっと歌いたい、聴かせたい。

そんな熱い思いが魚とソングの胸に強く輝く。

時間を忘れるほどにふたりは歌い続けた。

歌が終わると、ワアッと身体に感じるほどの歓声があがった。


「ソングさん、ボク歌えた……歌えたよっ! ありがとう! すっごく楽しかった!」

「ワタシもとっても楽しかったわ! もっと貴方の歌が聞きたい、魚もう一度歌いましょう?」

「うんっ! ボクももっとソングさんの歌が聞きたい、歌いたい!」


ふたりをとりまく歓声は止むことはなく何日も、何日も続きいつしかふたりの歌を求めてくる者も集まったそうです。

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透明な魚は素敵なインコと歌を歌いたい 蒼杜ほたる @v1k_xc

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