第10話

 翌朝、俺達はシルフィーちゃんの背に乗って、浮遊島を後にした。


 再び風路に入る直前、飛びトカゲの群れが島の周りを飛行しているのが見れて、俺とタマちゃんは興奮した。


 あのチラシ通りの光景だ。


 夜に番となった飛びトカゲは、あんな風に島の周りを飛び回って、仲間にお互いの番を知らせる習性があるのだという。


 そうして俺達はお城に戻った。


 昨日出発した広場で、シルフィーちゃんにお礼と別れを告げる。


 タマちゃんは、シリフィーちゃんの首に抱きついて泣いていた。


 ティアさんの案内に従い、最初に到着した部屋に帰ってくる。


 いよいよ地球に帰る時が来た。


 俺とタマちゃんは、訪れた時と同じようにバルコニーに手をついて、そこからの景色を目に焼き付けた。


 城壁の向こうに見える街並みは、来た時と同じようにまるでゲームの世界に迷い込んだような印象だ。


「――三日間、楽しかったよ。ありがとう」


 俺はそう告げて、タマちゃんに手を差し出す。

「こちらこそですよ。

 ご一緒できて、よかったです!」


 タマちゃんは満面の笑みを浮かべて、俺の手を両手で握り返してくれた。


「それでは参りましょうか」


 ティアさんが部屋の魔芒陣を示し、俺達は中央に歩み寄った。


 来た時と同じように、ティアさんは魔芒陣の中央に手をつく。


 移動はやはり一瞬で。


 気づけば、俺達は日本に帰ってきていた。


 部屋から出ると、カウンターのある店頭の向こう、ガラス張りの自動ドアからは駅前の街並みが見えて。


「……帰ってきましたねぇ」


「帰ってきたねぇ」


 俺達はぼんやりと呟く。


 あれだけ濃密に感じられた自然の香りは、すでに無くて。


 店内はよくある芳香剤の香りに満ちている。


 出口まで来ると、ティアさんは――すっかり黒髪の庭井さん姿に戻った彼女は――B5サイズのチラシを持って、見送りに出てくる。


「おふたりとも、お疲れ様でした。

 こちらは当店のメルマガ会員登録の案内になります。

 もしよろしければ、ご登録をお願い致します」


 と、手渡されたチラシには、デフォルメされたシルフィーちゃんのマスコットが描かれていて、配信されるメルマガの内容が説明されていた。


 どうやら時期に応じて、見どころとなるツアーの紹介をしてくれるらしい。


 俺もタマちゃんもさっそくスマホを取り出して、その場で登録。


「それでは庭井さん、お世話になりました」


 そう告げて、ふたりで庭井さんに会釈すれば、彼女は首を振って会釈を返す。


「お楽しみ頂けましたのなら、なによりです。

 またのご利用をお待ちしております」


 そうして俺達は、三日間の異世界旅行を終え、日常に帰った。





 ――近頃の俺は、充実して見えるらしい。


 あれから一ヶ月。


 相変わらず出張ばかりの毎日だけど、あの異世界旅行以来、身近なものにも感動が潜んでいる事に気づけたように思える。


 出張先での休憩中、ふとなにげない景色に満足感を覚えて頬が緩んだり、地元の食材が使われた料理を愉しむようになった。


 ちょっと探せば日本にも、俺の知らない景色や料理、はまだまだたくさんあるようだ。


 人生観が変わる、といえば大袈裟かもしれないけど、それだけの価値があの三日間にはあったように思える。


 出張を終えて、作った報告書を上司に提出した時も、近頃は顔つきが変わったと言われた。


「――そうそう、三山くん。

 申請してた有給、通しておいたから。

 ちゃんと使うようになってくれて嬉しいよ」


 席に戻ろうとすると、上司が笑顔でそう告げてきた。


 実にホワイトな我が社らしく、出張前に出した申請は、問題なく通ったらしい。


「ありがとうございます!」


 俺は席に戻ってスマホを開く。


 先日、SNSでタマちゃんから連絡があったのだ。


『イツキさん、メルマガ見ました?』


 ――見た見た。空中湖だろ? すごいよな。


『もしよろしければ、またご一緒しませんか?』


 そのお誘いに、俺は保留をかけていたのだ。


 有給申請が通った今、俺を阻むものはなにもない。


 ――OK。有給取れたよ!


 送信をかけて、俺はうなずく。


「よし、待ってろ! 異世界!」

 

 俺は完全に異世界観光にハマったのだった。



★あとがき――――――――――――――――――――――――――――――――★

 以上で、旅行代理店「異世界」は終了となります。


 「異世界の景色を描写したい」という思惑だけで始めた短編、いかがでしたでしょうか?

 想定していたより長くなってしまって、作者も戸惑ってます。


 本作は「異世界ガイド企画」テスト版として書いていますので、反応が良ければ長編を書こうと思っています。

 また、異世界人視点をメインとした短編も書こうと思っています(2022/08/11現在未投稿、2022/08/12から投稿開始予定)。


 よりウケた方を長編化する予定ですので、「面白い」「もっと読みたい」と思って頂けましたら、フォローや★をお願い致します。

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旅行代理店「異世界」 ~不思議な景色を観てみませんか?~ 前森コウセイ @fuji_aki1010

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