3-4:伝達竜の報せ


 翌朝、再び冒険者ギルドへ行って手紙を送ろうとしたが先手を打たれた。


 朝食をとっていたら窓をカリカリ掻く音がして、宿の女将が開けに行った。そこには深緑色の小さなドラゴンがいた。

 サイズ感は翼を広げれば六十センチほど、尻尾は長めで顔は愛嬌のあるまん丸い眼だった。きゅる、と高い声で鳴いて首を上げる。


「あら、伝達竜よ」


 エレナが紅茶を持ちながら言い、あれがそうなのか、とツカサは覗きこむ。はたと女将と目が合った。


「【異邦の旅人】のツカサさん宛てだよ」

「え、ありがとう」


 ほら、と伝達竜を差し出されて驚く。送って来るのはラングとアルしかいない。

 朝食のフォークを置いて自慢げに首を持ち上げて差し出された筒を手に取り、入っていた手紙を取り出す。伝達竜はパタパタ、カリ、と爪音を立ててツカサたちのテーブルへ降りた。不思議だけれど本人に直接届く、というのはこういうことらしい。

 エレナたちの視線を受けてツカサは手紙を開いた。

 中にはいつも通りの二枚。今回は短い方から開いてみた。



 ――― ツカサ


 集合場所を変える、エレナの故郷を教えろ。


 ――― ラング


 

 全員で顔を見合わせる。イーグリスでの反乱を知らなければなんのことかと慌ててしまっただろう。来るなと書かなかっただけ、ラングにしては配慮が出来ていた気がした。予想していた内容に一つ深呼吸をする。

 アーシェティアには昨夜夕食のあとに情報共有をしているが、端的に、戦えるなら駆けつけたい、とだけ言われていた。

 次はアルの手紙を開く。



 ――― ツカサ、エレナへ


 ようやくスカイへ来たか!手紙ありがとな、まずは無事が確認できて安心した。

 ラングが相変わらず不穏なことしか書かないから補足しておく。

 ちょっと調べればわかることだから書くけど、今イーグリスでは反乱の兆しがある。言っておくけど俺とラングが何かしたわけじゃなくて、着いたらもう起こってたことだからな。

 ツカサの故郷のこともあるからあんまり巻き込みたくない。

 ってわけで、エレナの故郷で合流しよう。教えてくれたらそっちへラングを移動させるよ。

 紹介したい女の子についても聞きたいけど、それは直接会った時に飯食いながら聞くことにする!


 俺の故郷のことだし、家族もいるから、俺は落ち着いたら合流させてくれ。

 悪いな、再会を楽しみにしてるってことだけは伝えておくよ。


 ――― アル



「アル…」


 にかっと笑った顔が脳裏に思い出される。

 統治者オルドワロズであるアルの家は、反乱の際最も狙われるだろうことがわかる。その時、であるアルは戦力としても抑止力としても存在意義と能力を発揮するだろう。

 向こうの大陸スヴェトロニアで実際に見ていた強さもまた、そうしたことを進んで出来る姿を彷彿とさせる。

 離れ離れになったパーティ、久々の再会はまた先延ばしになるのだろうか。


「ねぇ、私反乱とかよくわからないけど、怪我とかしないのかな、大丈夫かしら」


 純粋な疑問と心配を呈し、モニカが呟く。それはツカサの心の声でもあった。


「エレナ」


 そちらへ救いを求める様に視線をやれば、厳しい目を向けられる。


「相談だけならいくらでも受けるわ。けれど、今このパーティの仮リーダーはあなたよ。あなたが決めるの」


 その言葉もまた事実だ。

 ツカサは責任の圧し掛かる肩を持ち上げるように姿勢を正した。

 そもそも、平和な国で生きて来たツカサには戦争だとか、反乱だとか、別世界の話なのだ。


「反乱の規模とかもわからない、もう少し詳しく調べたいね。高層ビルとか自動車とか言ってたけど、きっとそれだけが理由じゃないだろうし」

「そうね」

「エレナが知ってるイーグリスって、どんな感じだったの? 十年ちょい前の話で良いから」

「綺麗な街並みに、不思議な文化、ってところね。スカイにありながら、スカイではない場所。製本技術や印刷技術はあの街から発展していったのよ。技術の高さや食事のレベルの高さは驚いたものだわ。あそこでは私の石鹸よりも良いものもあったりして、悔しかったわ」

「俺はエレナの石鹸のが好きだよ」

「ふふ、ありがとう」


 お互いに笑い合って、また検討に戻る。

 アーシェティアはふむりと手紙を指さした。


「このアルという男は強いのか?」

「あぁ、強いよ」

「それは何人を相手取れる」

「魔獣だったらかなりの数を相手取っていたと思うけど…」

「一人でか?」

「いや、あれはラングがいた」

「では、そのラングとやらをエレナ殿の故郷へやってしまえば、誰が共に戦う? 背を守る?」


 はたと止まった。

 個人の強さこそダンジョンなどで見ているが、それが対人であれば役に立たない指標だとアーシェティアは言ったのだ。ツカサ自身も二十人程度に囲まれたことがあるからわかる。魔獣と違って連携を取り、技術を用いる相手は面倒くさい。そのうちの一人でもラングのようなタイプであれば尚更厄介になるだろう。

 ツカサが固まっているとアーシェティアは首を傾げた。


「戦士一個人の強さなど、群衆の前では塵も同然だ」


 それは二百年前、恨みを買い、怒りを買い、海へ追いやられたジャ・ティ族の教訓なのだろう。対人である場合の厄介さをよく知っている発言だった。

 じっと考え込んだ。ツカサの答えを促すように伝達竜が指を噛む。


「いたっ、なに?」

「あぁ、そうだわ、伝達竜は返事を持って行くまでがお仕事なのよ。筒の中に白紙があるのでなくて?」

「え…、あ、本当だ」


 指を突っ込めば別の紙が出て来て、伝達竜はそれをそわそわと待っている。

 どうやら誰かに強制されているわけではなく、この竜種はこの仕事が楽しいらしい。少し安心した。


「どうするの?」

「うん」


 モニカに尋ねられながら空間収納ポーチからインク壺とペンを取り出す。

 見守られながらカリカリとペンを走らせる。アーシェティアは眉を顰めた。


「なんと返事を?」

「イーグリスへ向かう、と」


 くるくる丸めて筒に入れ、伝達竜の首にかける。きゅるると鳴き声を上げて伝達竜は飛び立ち、あっという間に窓から出て行った。ツカサの手元に来た時のように、一日ほどでラングのところへ届くだろう。 


「怒られるわよ」

「だろうね」


 伝達竜が飛び去った窓を女将が閉めた。その向こうの薄曇りの空を眺めて呟く。


「でも、後悔したくない」


 言えば、エレナは頷き、モニカは不安そうにしていた。いったい何が起こるかわからない場所へ、戦う術を持たない人と連れて行くのは気が引けた。


「エレナ、モニカと先にオーリレアへ行ってもらうことはできる?」

「出来るけれど、スカイのルールを知らないで大丈夫かしら?」

「わからないことは聞いて回る、思い込みで動かないようにするよ」

「そう」


 エレナはついとツカサに向き直った。


「なら、一度オーリレアに寄ってからイーグリスへ行くこともやぶさかではないわ。でも、モニカに確認を取りなさい」


 ラングが決して頭ごなしに方針を決めつけなかったように、ツカサもそうであれと言われた気がした。

 ツカサは改めてモニカを向き直り、今目の前で繰り広げられた会話への意見を求めた。


「モニカ、エレナと先にオーリレアに行くのはどうだろう?」

「足手まといなのね」

「足手まといとかじゃなくて、その、見せたくないんだよ。反乱なんて」

「ツカサ、


 モニカはスッと立ち上がると強い声で言った。


「私、戦争に乗じて山賊に故郷を滅ぼされてるの。人同士の争いが血生臭いことなんてわかってるのよ」


 両親は自身を逃がすために死に、村の仲間は散り散り。

 王都で安泰かと思えばその実、同僚に売る算段を立てられた。

 モニカはツカサよりもこの世界の冷たさに詳しいのだ。

 思えば、目の前でミリエールが死んだトラウマなどもあれ以降抱えている様子はない。もしかしたら想像以上に強いのかもしれない。

 呆気に取られているツカサにモニカは付け加えた。


「確かに戦う力はないから、足を引っ張ると思う。でも、右も左もわからない場所で放り出される方が怖いよ」


 ハッと息を吸った。

 ツカサにとって新天地は慣れたものだが、モニカは慣れ親しんだ土地を、それも海を渡ってきたのだ。


「気づかされることばっかりだな」


 くしゃりと髪を掻き混ぜる。余計な気を回していたり、冷静でなかったり、自身が一番浮ついている気がした。


「わかった、そうしたら全員で行こう」

「そう決めたのならついていくわ」

「私も! 足手まといにならないようにするから!」

「承知した」


 ぎゅうっと目を瞑った。

 覚悟を決めるのだ。

 イーグリスで何が起こっているのかはわからない。どちらに味方すればいいのかもわからない。


 それでも覚悟を決めるのだ。


 自分が正しいと思うことを、成すべきために。



 翌日、一行はヴァシュティまでの代金を支払い、ハーベルフェネアを出発した。



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処刑人≪パニッシャー≫と行く異世界冒険譚 きりしま @valacis

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