3-3:スカイの文化
交通組合なるものはすぐに見つかった。
荷物が積まれ、様々なサイズの幌馬車が並んでいればわかりやすい。冬だがそれでも港街、流通が活発ゆえに休みなく営業しているようだった。
ぶるる、と馬の嘶く声と同時、グエーグエーという声が聞こえ厩舎を見せてもらえば、中には不思議な鳥がいた。聞けば、これは竜種なのだそうだ。
トカゲのような顔に、ふわふわの体毛、腕である竜翼をばたつかせている。足は四本爪、ひゅるりと揺れるのはドラゴンのような尻尾だった。馬とは違う湿った地面のような独特のにおいは少しだけ顔を歪ませた。
厩舎で餌に魚を与えている人に話を聞いた。初めて見るのだと言えば他国の人か、とあっさり見抜かれた。
「これは竜種でコアトルっていうんだ。頭が良くて足が速い、でも気に入らないと振り落とすっていう我儘な種類でね。スカイじゃ急ぎの騎馬として愛用されてるんだよ」
「馬とどっちが多いの? 飛ぶの?」
「ちょっとだけなら飛べるぞ。多いのは馬だ、コアトルはなかなか卵を産まないんだよ」
「卵なんだ」
「卵だぞ」
これ欠片、と青年は自慢げに小瓶を見せてくれた。中には金色の小さな欠片が一枚だけ入っていた。
「な? 綺麗だろ、これ本物の金なんだってさ。立ち会えた思い出に少しだけ分けてくれたんだよ」
「すごいね」
「コアトルは卵から生まれて死ぬまで大事にされるものなのさ。俺にしちゃ馬もコアトルも同じくらい大事だけどな!」
へへん、と胸を張る青年の髪を馬が食んでコアトルがかぷりと噛んだ。それぞれの愛情表現に笑いながら礼を言って中に入ることにした。
ツカサたちはコアトルの感想を言いながら列に並んだ。
けれど
「竜種って他にもいるの?」
「そうね、ニルズという小さな竜種もいて、私たちは伝達竜と呼んでいるのもいるわ」
「伝達竜?」
「そう、手紙を直接届けてくれる、とっても賢い竜なのよ。その分高いけれどね」
エレナは指を二本立てて苦笑をした。
二万?と聞けば首を振られ、二十万?と聞けば頷かれた。手紙を送るだけなら確かに高い。
「高いね」
「十年前の価値だから今はわからないわよ」
「機会があれば冒険者ギルドで聞いてみようかな」
「あら、伝達竜は専門職がいるからギルドじゃないわよ。竜便屋というのよ」
「郵便みたいなものなのかな…、いろいろ違うんだね」
「ふふ、少しずつスカイの文化に触れていってちょうだい」
ツカサはウキウキしていた。
逆に、
違うのだ、生活に十分な利便性とファンタジーがあるからこそ、ダンジョンがおまけのように話していたのだ。
ダンジョンがあっての消費ではないのが面白い。
恐らく、
「ツカサ殿、私は外にいよう」
「わかった、わかるところにいてくれ」
あれこれ話をして盛り上がっていたら、ごった返している室内が狭く感じたのかアーシェティアは自ら外へ出た。その背を見送って再びスカイ文化に盛り上がろうとしたら商人に声を掛けられた。冬仕立ての生地は良い物で着ている商人の姿をすらりとみせていた。少しだけ垂れ目の男はにっこりと笑った。
「お宅、どこから?」
ツカサたちの会話を聞いていた上で問うのだからずるい。異邦人とわかっての質問に肩を竦めてみせた。
「昨日
「ほう、向こうから。そりゃまたどうして、海を渡るのは結構な覚悟が要っただろう」
「パーティメンバーがスカイの生まれで、その関係で来たんだよ」
「ははぁ、里帰りついでの冒険場所変更ってところか」
話題に出させてもらえばエレナが商人に会釈を返す。おっと、と言いながら帽子を外して挨拶を返し、商人はまたツカサに視線を戻した。
「どこか行くところは決まってるかい? スカイは見どころが多いぞ」
「パーティメンバーの故郷をまずは見に行くかな、イーグリスと…オーリレア?」
「そうよ」
「イーグリスか…」
商人はそちらの言葉を口の中でもごもごと転がして、少しだけツカサに顔を寄せた。
「あんた、【渡り人】か? それとも単純に観光したいだけか?」
「なぜそんなことを?」
怪訝そうに言えば商人は徒弟を呼んで列に並ばせ、ツカサたちを端っこへ促した。徒弟は二人、ツカサたちの分も確保してくれているらしい。
「もし観光だなんて気持ちなら、今行くのはやめた方が良い」
「…兄さんが先に行ってるしパーティメンバーの故郷がイーグリスで、合流場所がそこなんだ」
「ううむ、そうか…」
商人は少しだけ腕を組み、それから顔を上げた。
「情報を買わないか?」
タダで教えるつもりはないが、有益な情報を持っていると男はアピールした。
ツカサは逡巡したが銀貨を三枚差し出した。商人は受け取って頷いた。
「イーグリスは今揉め事が起きているんだ」
「揉め事? ダンジョンの占有宣言のやつか?」
「それは知っていたか、色々厄介だって話さ。【渡り人】って言葉はわかるかい?」
「こことは違う場所から来た人のこと、とは聞いてる」
自分がそうだとは言わない。
商人は頷いた。
「その【渡り人】連中がイーグリスで反乱を起こそうとしてるって話だ」
「反乱!? 穏やかじゃないな、なんでまたそんなことに」
「しーっ、声が大きいって。理由までは知らないが、今商人の間じゃその話で持ちきりさ。イーグリスって街は文化が少し違う分、手に入る商品も独特で、売れるからな。ショウユってわかるかい? それにチョコレートに酒…、これがどこでも売れるんだ、美味いしな」
見事に食べ物ばかりだ。故郷の味を食べたい気持ちもわかるので内心で頷いた。
ツカサは甘いものはクッキーなどで満足できるタイプだからかチョコレートに興味は惹かれなかったが、チョコレートが好きな人はすぐに食べられる環境にないここは辛かっただろう。
ツカサが気づかないだけでもしかしたらあったのかもしれないが。
ハチミツやクッキーを手に入れるまでの自身を思い出してポーチを撫でた。
「落ち着くまでは別のルートを回って商売しなくちゃならないのが辛いよ」
「その反乱っていつから起きているの?」
エレナが横から尋ねれば男はそちらへ向き直った。
「だいたい一年前くらいだって話だ。反乱が起きたって言ってもまだ正面衝突はしてないそうだ」
「その反乱する人たちって、どことやり合うつもりなんだ?」
「イーグリスだろうよ」
「どういう…」
さ、っと手が出て来たので金貨を一枚握らせた。
モニカが大金のやり取りに真っ青になっていた。
「話が早くて羽振りの良い冒険者は、商人に愛されるぞ」
「いいから、聞かせて」
「今イーグリスは真っ二つなのさ。【渡り人】とスカイ側でね」
「イーグリス在住の【渡り人】が、イーグリスのスカイ国民とやり合うってこと?」
「中には
ツカサは困惑した。
アルから聞いた話だが、およそ二百年前、【渡り人】は一度淘汰されている。それはスカイを相手に戦争を仕掛けたからだ。
今回も同じようなことが起きているのか、何か別の理由はあるのかわからなかったが相手に同じ【渡り人】がいても対立をするのか。何故そんな決断が出来るのだろう。ツカサにはわからなかった。
なんにせよ小さな抗争では済まないだろう。
「どうしてそんなことが起きたのよ?」
「うぅん、これは本当に噂程度で信憑性はないんだが」
また少し声を潜めたので全員が顔を寄せた。
「コウソウビルを作って、ジドウシャっていうのを走らせたいらしい。あとはデンシャ?」
「へ?」
聞き覚えのある単語にツカサは目をぱちくりさせた。
それが商人には何を言ってるかわからないという表情に見えたらしい。
「【渡り人】の知識はすごいものがあるが、時々何をするかわからないから、ちょっと怖いんだよな」
「そうなんだ…」
何とも言えない申し訳なさと変な居心地の悪さを感じてマントを正した。
馬車移動が遅いなと感じたこともあるし、尻が痛い、酔う、と文句を言ったこともあった。けれど、そういうものだと思ってしまえばツカサにはそれまでだった。
それで納得と満足が出来ず、改善をしようとしてのことなのだろう。ただ、とツカサは腕を組む。
様々な産業の発展が環境を狂わせたことは故郷のことでよくわかる。
スカイについてまだ一日、国の事はよくわかっていないが、街の様子からすると魔力や魔石を活用した物はあっても環境を汚すようなものは少ないと感じていた。
難しいな、と腕を解く。
「ありがとう、先行しているパーティメンバーと相談してみるよ」
「そうしな。こっちも稼がせてもらったよ」
ぽんと懐を叩いて見せた商人に苦笑し、並んでいた徒弟に呼ばれて互いに別々のカウンターへ向かう。
「こんにちは、交通組合へようこそ! どちらへ行かれますか?」
「えっと、イーグリスとオーリレアへの道を知りたくて」
「はいはい、では行き方と馬車をお知らせしますね。でも、今イーグリスはちょっとオススメできませんよ?」
「パーティで相談をするから、ひとまず情報は欲しいな」
「わかりました」
女性は不安そうにしつつも近隣の地図を出して説明をしてくれた。
「ここハーベル
「えぇ、そうよ」
「でしたら、フォルマエからの馬車がいいですね、少し長いですが乗換なく行けます」
道はあまり変わっていないようで、前日、エレナに言われた通りの道で行けそうだ。
「ありがとう、ところで馬車の代金は?」
「乗る前にこういった組合があるので、そちらに行き先までの代金をお支払いいただければ。あちらのボードに金額の一覧があります」
「わかった。あと、道中のこととかは?」
「お食事は持参いただいてます。こちらで用意する場合はその分割増しです。休憩は決まった場所で定期的に、ただ、馬車の都合に合わせてになります」
「ありがとう」
相談は一律五千リーディ、女性に支払って席を立った。
ボードを見に行けば様々な街の名前があり、目的地の名前をなぞる。
オーリレアは三つ先の街なので一人三千リーディ、イーグリスは現在不可、と書かれていた。これもまた反乱の予兆の影響だろう。馬車も被害に遭いたくないということだ。
ではどうやってイーグリスに行けば良いのか聞き損ねたなと腕を組めば、横から先ほどの商人が教えてくれた。
「手前の街まで行って、徒歩で行くのさ。ここで言うならヴァシュティだ」
「なるほど。あんたはどこへ?」
「俺はリグレス、ハーベル領の北の方さ」
では同じ道にはならなそうだ。
「そうか、情報ありがとう」
「気を付けてくれよな」
握手を交わして組合を後にし、アーシェティアと合流した。
宿への帰路、会話はなかった。それぞれが考え事をしていた。
アーシェティアは首を傾げつつも、だからこそ護衛として周囲を警戒し、全員を宿へ押し込んだ。
夕食に出る気にもならず、宿にお願いをしたら出してもらえるとのことでそうすることにした。
夕食は魚介のスープとパン、果実水と生ハムが並んだ。
簡単なものだが十分な味だ。
思えば、ツカサはこういった食事に抵抗もない。
サイダルに居た頃は濃い味が食べたくて仕方なかったが、ラングの食事を食べ、宿や屋台で食事を食べれば徐々に舌が慣れ、素朴な味が美味しく感じたものだ。
イーグリスの人はそうではなかったのだろうか。
「考えても仕方ないかぁ」
「ええっと、イーグリスのこと?」
「うん」
モニカに問われて頷く。かちゃりとスプーンを置いて、モニカはぽつりと言った。
「お兄さんに状況を聞いて、みたら? なんだか一人でどうにかしなきゃって、思ってるんじゃないか、って心配」
「え、あぁ、うん、そうだったかも」
「別に慌てて移動する必要もないのだもの、そうしましょう?」
「そうだね」
二人からなだめられて小さく笑い、気を取り直したところでアーシェティアが言った。
「ツカサ殿、食事はこれで終わりなのだろうか」
「うん? どうした?」
「…足らないのだが」
戦士であるアーシェティアには宿の食事は足らなかったらしい。
なんだかおかしくなって笑いが零れ、宿におかわりを注文した。
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