3-2:酒場と手紙


 宿に戻り、登録と加入が済んだことをエレナに伝えた。本人は全く意に介していないがアーシェティアのカードは灰色だ。


 手紙を出しておきなさいね、と言われ、手紙を読んでから、と答えた。エレナは頷いてツカサに任せると言った。 


 一先ず今夜の食事だ。船旅の疲れというのもあったらしく、手紙を読むつもりが夕方まで昼寝をしてしまい、ゆっくりと体を休める羽目になった。腹の虫が空腹を訴えた頃宿を出る。

 スカイでの初めての食事なのだ、外食と洒落込むことにしよう。


 遠く聞こえる海の音、魔力によって煌々と点けられた街灯がノスタルジックな気持ちにさせた。暗闇に照るオレンジ色の明かりは人を安心させるものがある。

 冬の寒さの中、白い息を漂わせ、鼻先を、頬を赤くしながらも人々の顔は明るい。温かいスープを買って道端で啜りながら会話を楽しむ人々。

 焼きたてを寒空の下で頬張る楽しさを友人と分かち合う人々。

 仕事上がり、冷えた体を温めようと店に入り上着を脱ぐ人々。

 様々な生活風景がツカサの目を奪う。

 これも足元までしっかりと明るくしてくれる街灯のおかげだ。


 エレナは久しぶりの母国の風に何度も目を細め嬉しそうにし、モニカははぐれないようにツカサのマントを掴みながらもきょろきょろとしていた。アーシェティアは二人分くらいの間を空けて後ろからついてきていた。パーティ加入したとはいえ、護衛や従者の位置づけからは動かないようだ。

 笑い声の溢れる食事処を見つけ、席の空きを尋ねる。丁度席が空いたところで座ることができた。


 注文の仕方にルールがあるかと問えば、冒険者は冒険者証で支払うことが多く、食事を持って来た時に代金をもらうのだという。現金でも良いかと言えば、もちろん、と笑顔が返ってきた。冒険者証での支払いが必須ではないだろうが、ある程度預金を入れておく必要性を感じた。これも明日対応することにした。


 さて、食事である。

 港町ならではの新鮮な魚介をたっぷり使った食事が出された。アクアパッツァ、ブイヤベース、バターで焼かれたムニエルなど、大変美味しく頂いた。料理名も故郷で聞いたことのある名前だ、これは【変換】のおかげか、元からなのかはわからなかった。

 エレナは白ワインを楽しんで、これ、これ、と笑っていた。ツカサも白ワインをもらい、辛味に顔を逃がしながらも食事を楽しんだ。飲み慣れない味にいつもより酔いが回る気がして、途中から果実水に替えた。

 パンは柔らかくブイヤベースに浸すとたっぷり含み、口の中でしゅわっとした食感が嬉しかった。携帯用の固いパンとは違い外はパリっ、中はふわっ、嬉しい懐かしさだった。新鮮な魚介の出汁がたっぷりのスープは少し塩っ気が強く、ちらりと視線を巡らせれば日に焼けた男たちが美味しそうに食べていたので、なるほどこれは港の水夫向けの味付けなのだろうと思った。

 柔らかいパンにモニカが感動をしてたくさんおかわりをし、あとで胃の中で膨らんで苦しくなっていた。


 それから、ツカサを驚かせたのは醤油だった。

 隣の席の男性が魚の切り身を黒い液体に付けて食べており、鼻を利かせてみれば懐かしい香りがした。【鑑定眼】を使うのも無粋に感じ店員に刺身を頼めば液体と共に差し出され、食べて、正直泣いた。

 故郷の味なんだ、と言えばエレナは微笑み、モニカはもらい泣きをした。アーシェティアは不思議な味だと言いながらもかなりの数をつまんでいた。


 店員に確認をすればやはり醤油で、イーグリスという街の特産の一つらしく、今ではスカイに根付いた味なのだという。それがとても嬉しかった。この様子だと味噌もあるだろう。


 隣の席に冒険者がいたのでスカイについて尋ねてみた。

 スカイの東に位置するレテンダという国から来たという冒険者は酔いの混ざった赤ら顔で笑った。


「良い国だよなぁ! 歩きやすいし稼ぎやすいし、住みやすいだろうさ!」

「スカイってどうやって稼げるんだ? 来たばかりだからいろいろ教えてもらえると助かる」

「それじゃぁ先輩として教えてやるよ!」


 お礼にエールを奢ろうとしたら蜂蜜酒ミードが良いと言われ、一緒に飲んだ。

 思ったよりも蜂蜜ではなく、少しだけ白ワインに近いような、酸味があるような不思議な味だった。けれどこれも甘い酒の分類に入るのだろう。


 先輩冒険者は語った。

 スカイで冒険者が稼ぐには護衛依頼か用心棒が多い。中には荷運びを依頼され、届け先で報酬を支払われることもある。移動を利用した稼ぎが主なのだ。先輩自身もそうして移動をしてきた口だという。

 

「ダンジョンは行かないのか? 向こうの大陸スヴェトロニアではダンジョンがメインだったけど」

「もちろん行くさ! ダンジョンから出るアイテムは高値で売れるからな! だが、今ダンジョンは少し面倒なことになっているんだよな」

「どういうこと?」

「スカイでは、ダンジョンは国が管理してるんだ。放置すると魔獣が溢れたりするからな、中の間引きとかそういうの」


 ダンジョンの構成は変わらないらしい。ジュマでもジェキアでも、フェネオリアでも間引きパーティは居た。


「何が面倒なんだ?」

「ダンジョンの占有を主張してるバカがいるのさ」

蜂蜜酒ミードのおかわりいる?」

「お、ありがたい! これは聞いた話なんだけどな?」


 そう前置きしたうえで先輩は言った。

 曰く、ダンジョン内の資源は我々の物で、国に管理される謂れはない。

 攻略の方法や規則を指定されるのも不愉快だ。

 そう言っている街があるらしい。


向こうの大陸スヴェトロニアでは街がダンジョンの管理をしていたから、国が管理しているならそうやって言うのもわかるけど…そんなに厳しい管理なのか?」

「いやいや、基本的なことだ。それに管理は国っつっても、実際は同じように近隣の街がやってるのさ。ところがなぁ、その街の周辺にはダンジョンが四つも五つも、とにかくたくさんあるんだと。ほら、魔石なんか日常的によく使うだろ?」

「そうだね、風呂とか、ランタンとか?」

「それは向こう側スヴェトロニアも同じなんだな。まぁ、そう、だから間引きだとか、ランクの低い冒険者の稼ぎにしてやってんだよな」

「ギルドは魔石の買取するもんな」


 そうそう、とおかわりの蜂蜜酒をちびりと飲んで先輩は頷く。


「それが今じゃその街は独自のギルドを立てちまって、魔石を本家本元の冒険者ギルドに卸さないんだとさ」

「え!?」

「とはいえスカイにもダンジョンは多い。間引きだけではなく、少し下層に潜らせて冒険者に売らせればいいから、今はそこまで大きな問題にはなってないそうだ。俺みたいな流れの冒険者は他の場所でのやり取りに関わるから本家本元にしか売らないが、あの街は専属冒険者が多いから流通を断って制裁することも出来ないって訳だな」


 この世界の生活のエネルギー資源である魔石を売らないというのは、故郷でいうところのガソリンや電力などの資源を抱え込むということだ。いろいろと外聞が悪い印象しかなかった。


「マジックアイテム、特にアイテムバッグやアイテムボックスなんかは良い稼ぎになるんだけどなぁ、面倒ごとに巻き込まれたくなくて行けねぇのさ」

「ちなみにそれってどこの街なんだ?」

「イーグリスってでっかい街だ」


 思わずパーティメンバーと顔を見合わせた。よもや目的地の話だとは思わなかった。


「バカだぜ、ダンジョンで何かあった時、国が守ってくれないのは危険すぎる。余程自分らの力に自信があるんだろうけどよ、それで巻き込まれるのは近隣の街や村、それに普通の住民なんだ」


 先輩は至極真面目な顔で呟いた。

 ジュマや王都マジェタの迷宮崩壊ダンジョンブレイクを思い出して膝の上で強く拳を握った。

 先輩は慌てて笑ってみせた。


「悪い悪い、せっかくこっち側オルト・リヴィアに来たのによ! 大丈夫だ、そういう危険思想の街を除けばスカイはめちゃくちゃ平和な国だ! 盗賊も定期的に巡回があるし狩られるから野宿も出来るし、公道が整備されてるから歩きやすい! な!」

「うん、ありがとう、安心した」


 奢ってやるよ、と次は蜂蜜酒を御馳走してもらって、先輩と飲み直した。


 先輩と笑顔で別れた。

 何年振りかの和食を食べることが出来た喜びは仕入れたスカイの冒険者事情に埋もれ、ツカサは帰路少しだけ考え込んでいた。


 ほろ酔いを引き摺りながら宿に戻り風呂を確認すれば、こちらは驚いたことに蛇口をひねればお湯が出る仕様だった。魔石を設置する箇所がなく、すでに最初から組み込まれているらしい。管理は宿側、なんとも驚いた。こうしたところでも魔石を認識し、小さなため息が零れた。


 ツカサは習慣が抜けないことと、気分転換にもなるので自分で湯を沸かした。風呂桶から溢れるくらいたっぷりお湯を沸かすのは気持ちがいいのだ。

 ただ、誰かに頼られることがなくなったのは少しだけ寂しかった。


 風呂で何度も体を洗い、船旅の疲れを落とした後は手紙の時間だ。

 エレナには先に読んでいらっしゃいと言われた。その間に女性陣は風呂を回すのだろう。


 手紙は二通、どれから読もうかと思い、先にアルの手紙を開いた。

 端的なラングの手紙は読むには勇気が必要だったからだ。



 ――― ツカサへ


 この手紙を見たってことはスカイに着いたんだな、船旅お疲れ様!

 エレナもルフレンも無事か?思ったよりも手紙が来ないから心配だ。

 ちゃんと五体満足でいるか?


 心配は尽きないけど、こっちの情報も書かないとだよな。

 俺たちはイーグリスに着いてるよ。

 ルートを書いておくからそれをなぞって来るといい。

 もしエレナの故郷に行くなら、街の名前を教えてくれ。

 移動する前に行き先もちゃんと書いて手紙出せよ!


 それで、こっちからの返事を待った上で行動してくれ。


 ――― アル



 アルの手紙には元気な文字で、ハーベルフェネア、マーレイ、フォルマエ、ヴァシュティ、イーグリス、と名前が連ねられていた。

 明日乗合馬車組合を探して調べようとしていたが事前に調べて書いてくれていたのだ。思えばアルもスカイ国民で、何よりもイーグリス育ちだ。ルートを知らないわけがなかった。


「そういえば、アルはいつからあっちの大陸スヴェトロニアだったんだっけ」


 出会った頃は二十一歳、その二年前に戦争があって、別れてから二年で、と記憶を辿る。単純に考えるなら十九で海を渡っている。

 ツカサは今年で二十歳になる。同じ年で海を渡ったと思うと少し不思議な何かを感じた。

 一頻りじんと感じ入った後、ラングの手紙を取り出した。

 向こうの大陸スヴェトロニアでいつも勇気をくれた綺麗な字を眼で追った。


 ――― ツカサ


 これからイーグリスを目指す。

 この港から馬車が通っているので乗れば早いそうだ。

 周りを見てから来るのも良いが、スカイに来たなら早めに合流しよう。


 ――― ラング


 恐らく、ラングのこの手紙が最初で、アルの手紙はツカサが記憶喪失中に送ってくれたのだろう。

 想定していたよりも遅くなってしまって心配をかけただろうなと思った。ラングからの手紙がそれ以上ないのは、信頼してくれているのか、アルに任せたのか。どちらにせよ着いたことを伝えなくては。


 ツカサはペンを持った。


 ラングとアル宛てに、遅くなったが無事にエレナとルフレンと共にスカイへ到着したこと。

 相談していた護衛依頼は最悪の形で失敗したこと。

 その際に大怪我を負い記憶を失っていたこと。

 ルノアーのおかげで記憶を取り戻したこと。

 ダヤンカーセのおかげで生き延びたこと。

 ひょんなことからアーシェティアという、アギリットの一族の者を連れて行くことになり、パーティに加入させたこと。

 勝手にやってごめん。

 港でイーグリスの評判を聞いて驚いたこと。

 ルートはアルが教えてくれた通りで行く、地図上で一応調べるが次はマーレイに行くこと。

 それから、紹介したい女の子がいること。


 早く会いたい、楽しみにしている、と締めくくって手紙に封をした。

 

「モニカのこと、揶揄われるかなぁ」


 ラングはそんなことをしないだろうが、アルがにやにやしている顔が思い浮かび手で払う。

 気にし過ぎて少しだけぐるぐる考え込んだが、気を取り直して立ち上がり、隣室のドアを叩いた。



「あら、やっぱりというか、心配されてるわね」


 エレナは手紙を読んで頬を押さえ苦笑を浮かべた。

 本当はもっといろいろ書きたかっただろうし、何通も送りたかったのだろう。けれど、それをするとツカサのことを信頼していないことに繋がるので控えたのだとエレナは言った。


「お兄さんもアルさんも、ツカサのことをよく考えてくれているのね」


 モニカが嬉しそうに言って、照れ隠しに頬を掻く。エレナは街の名前を声に出して読み上げ、うーん、と首を傾げた。


「フォルマエから私の故郷、オーリレアに行く馬車が出ていたはずなのよね。一度調べないといけないけれど」

「じゃあ明日乗合馬車へ行って調べてこようか。せっかくだから街の散策含め、みんなで行く?」

「いいの? すごく楽しみ! スカイって空気が柔らかくて、私好きよ」

「あら、嬉しいわね」


 きゃっきゃと楽しそうにする女性陣に目を細めてツカサはアーシェティアを振り返った。


「ラングとアルにアーシェティアのことを伝えたよ、なんて返ってくるかわからないけど」

「強いのか?」

「二人共強いよ、でも喧嘩売らないでよね」

「む…気を付ける」


 少し不満げな様子だったがツカサの言うことには従うらしく、不承不承頷いた。


「スカイは少し暖かく感じるね」

「そうねぇ」


 新年祭を終えてまだ数日、暦の上では冬だろうに暖かい室内と空気に窓の外を見た。

 冬空は良く晴れて、今夜は気持ちよく眠れそうだった。



 ――― 翌朝、宿で朝食をとって全員で外出することにした。


 朝食はシーフードのサンドイッチ、ぷりぷりのエビとスライスした玉ねぎがたっぷり、レモンの酸味がさっぱりとしたドレッシングが美味しい。飲み物は紅茶、寒い朝に温かいお茶は嬉しかった。

 この時期にも玉ねぎがあることに驚いたが、これは魔法で凍らせて保存してあるものらしい。魔法がそういった保存の使い方をされているのもファンタジーだ。

 時間停止付きのアイテムバッグを使って食材の保存もされていると聞き、生活に根付いたアイテムの利用方法もまた納得だ。

 ただ、宿の女将はこうも言った。


「有能と万能は間違えちゃならないけどね」


 その言葉はふとラングとアルの会話を思い出させた。

 ダンジョンにあるものを上手く使っているのだろう、という会話と、盾を信用しすぎるな、という言葉。

 砕かれた盾を思い出し、自然腰のポーチを撫でた。あれに代わる手段を持たないまま海を渡り、ツカサは戦い方を考えることをやめていたことを思い出した。

 はたと足が止まった。

 ざわざわとした喧騒が自身を置いて行く。

 あの日、ヴァンドラーテを目指した道中でも倒れてきた男の手元がもう少し違えば、この首を刺していただろう。思い出してゾッとした。


「ツカサ、どうしたの?」


 エレナに声をかけられハッとした。


「なんでもないよ」


 そう?と答える顔は信用していなかったがそれ以上は言わないでおいてくれた。一行は冒険者ギルドで手紙を預け、乗合馬車組合の場所を聞く。冒険者ギルドのカウンタースタッフはうふふと面白そうに笑った。


「あなた、他国から来たんでしょ」

「わかるの?」

「わかるわよ! 乗合馬車組合なんて言い方、スカイではしないもの」

「そうなの?」


 ギルドスタッフはまたうふふと笑って港街の地図を取り出した。


「乗合馬車組合って名前じゃないのよ、スカイ交通組合っていうの」

「交通組合、かぁ。馬車ではないの?」

「馬車もあるわよ、ふふ、行ってみるといいわ、ここよ」


 スタッフは何とも思わせぶりな様子で地図を指差し、場所を教えてくれた。

 首を傾げながらもそこを目指す。途中屋台でクレープのようなものを買って食べたり、カフェを覗いたりした。こちらではコーヒーより紅茶らしく、柔らかい茶葉の香りが潮の風に乗って時折鼻孔をくすぐった。

 元々紅茶と緑茶は同じ茶葉で発酵度が違うものなのだとテレビで見たことがある。ふとしたときに緑茶のような青さを感じるのはだからなのだろう。懐かしい気持ちがスゥっと消えていく。久しぶりに感じたスキルの強制発動に小さく息を吐いた。

 

 このスキルの存在意味を、そろそろ知りたかった。


 

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