第三章 オルト・リヴィア
3-1:ハーベル港
ついに到着した。
ざわざわと賑やかな港町の喧騒が船を出迎え、ツカサは新しい場所に胸を躍らせた。
港に向かって下るように白い壁にオレンジ色のレンガのトンガリ屋根が並んでいる。遠目からも大きな港だということがわかった。
桟橋も、道も、綺麗に舗装された光景がキラキラと輝いて見えた。遠くから微かな明かりでもここに港があるとわかるよう、貝殻を砕いた粉などが漆喰に混ざっているのだと聞いて驚いた。
港のさらに向こうには岩場が広がり、冬の透き通った青い海が優しく漣を返している。砂浜はないのかと思えばもっと先の方にあるらしい。
遠くに見える灯台は煌々と火を灯して船の道標になっているのだ。
「ここがスカイ王国、その玄関口の一つ、ハーベル
手すりから身を乗り出して興奮していたツカサの隣に立ち、ダヤンカーセが言う。へぇ、と言いながら港を見渡せば、まだ冬だというのに商人と水夫がやり取りしている光景が見える。大きな港には冬も関係ないのだろう。
また視線を巡らせて街を眺めた。
太陽のおかげで寒さは緩和され、最高の到着日和だった。
入港の際、決まった書状を持っていない場合は入国税だけではなく、入港税がかかる。
ダヤンカーセは特殊な書状を持つらしく、船を見ただけで水夫が決まった場所へ案内してくれていた。
今回ツカサたちの入国税も免除されたというのだから驚いた。本来であれば一人二十万リーディ、銀貨二十枚は必要なのだそうだ。加えて審査が細かく、場合によっては一週間近く拘束されることもあるという。ツカサたちは冒険者証や商人カードを水晶板で登録しただけで済み、エレナはおかえりなさい、と声を掛けられていた。
金の数え方もこちらではリーディが基本で、銀貨何枚、金貨何枚という言われ方はしないのだそうだ。
そういった
「荷物はまとめたのか」
「うん、俺の分は。女性陣はもう来るはず」
「そうか」
パキ、と草を噛む音がしてそちらを見ればいつかと同じように差し出された。
受け取り、同じように噛む。やはりいい香りがする。
「お前の兄貴な」
「うん? うん」
突然ラングの話を振られ、ツカサは向き直る。
「寄り道はしないでイーグリスを目指すと言っていた。この港にも冒険者ギルドがあって、手紙を預けておくってよ」
あれだ、とダヤンカーセが指を差す方を見れば、オレンジの屋根の中、一つだけ赤い屋根の高い建造物がある。遠目にもガラスで窓が作られていて、それにも目を輝かせた。
スカイにはしっかりとした建築技術があるということなのだ。
「ありがとう、降りたら早速行ってみるよ」
「あぁ、あー、あとな」
言い難そうにダヤンカーセは首を掻き、煙草の代わりにまた草を追加した。
「あんま背伸びすんなよ」
ぽん、と肩を叩きながら言い、ダヤンカーセは背を向けた。
「背伸びなんて…」
「じゃあな、坊や。兄貴によろしく伝えてくれ」
「あ、ちょっと、いや、ありがとうございました!」
有無を言わさずにダヤンカーセがいなくなってしまい、ツカサはすっきりとしないまま下船することになった。
エレナとモニカはしばらくした後アギリットの案内で降りてきて、船倉からルフレンが出された。
ヴァンドラーテからしっかり船に乗って来たルフレンはしばらく運動不足だったので、アシェドがひらりとその背に乗って軽く走らせてきてくれた。動物が好きでこの航海中、ルフレンの世話をよくしてくれた。そのことの礼を言えば、また来てね、と抱き着かれツカサはぎゅっと抱きしめて返した。
ツカサたちの荷物が降り、ツカサは空間収納で預かっていたものをミルに返した。
「はい、以上で大丈夫です。荷運びお疲れさまでした」
「こちらこそ、ありがとうございました。皆さんにお礼と、体に気をつけてって伝えてください」
「あはは、了解です! お兄様方にもよろしくお伝えください」
「うん、もちろんだよ」
「それではまた」
ミルもあっさりとしたものでぺこりと会釈して早速作業に戻ってしまった。
【真夜中の梟】と別れる時は非常に名残惜しい物があったのだが、海賊のさっぱりした気質についていけそうになかった。よくよく考えてみれば、共に行動した時間も違うので当然と言えばそうだった。それに、とツカサは船上のダヤンカーセを見遣る。
これからヴァンドラーテに戻り【快晴の蒼】と合流し、何があったのかを調べるのだろう。整い次第港を出るというので邪魔をしないようにしよう。
ツカサの挨拶が終わるのを待っていたエレナとモニカとルフレンは、駆け足に合流すれば笑顔で迎えてくれた。
「船旅お疲れ様、今日は揺れない布団で休めるよ」
「お疲れ様、かなり整えていてくれたとはいえ、地面はいいわね」
「私、まだ体が揺れてる!」
ゆらゆらとモニカが揺れながら言い、笑ってしまった。
船を振り返ればダヤンカーセとアギリットと目が合った。手を振れば仕方なさそうな笑顔を浮かべてひらりと手を返すダヤンカーセと、にこりと微笑んで会釈をするアギリットだった。
そしてツカサは目の前にぬっと現れた長身の女性に笑顔を失う。
「アーシェティア、本当について来るの?」
「もちろんだ、主」
「あー、うーん、あの、聞きにくいんだけど宿とかどうするの?」
「問題ない、外で寝る」
うううん、とツカサは頭を抱えた。
アーシェティアの件はエレナに、押し付けられたわね、とばっさり斬り捨てられていた。こうしてついて来てしまっては仕方ない、ツカサははぁーと息を吐いたあと覚悟を決めた。
「わかった、わかりました。アーシェティアの同行を受け入れるよ。宿代は出すからきちんと布団で寝て、それから問題は起こさないように」
「主の配慮に感謝を」
「あと、その主っていうのやめてくれる? これから冒険者ギルドに行くから、パーティに加入しちゃって欲しい。ラングに手紙も送るから」
「主の命ならば。ただ、申し訳ないが私はヘンテコなカードを持っていない」
「それ冒険者ギルドで言わないでよ? あと主はダメ!」
「承知した、ツカサ殿」
「ううん、まぁ、いいか…そうしたら、行こうか」
ツカサはルフレンの頭絡を掴み、女性陣を促す。
かぽ、かぽ、とご機嫌に歩くルフレンは時々ツカサの髪を食んで甘え、エレナに顔を擦り寄せて撫でることを強要した。
「随分甘えん坊になっちゃったわね」
「顔見せるの少なかったかな」
港街ならではの賑わいは魚河岸だけではなかった。大通りを通れば屋台が出ていて焼いた魚や干物、水夫向けに塩味の強いソーセージをそば粉のクレープで包んだもの、ここではフリッツと呼ばれるフライドポテトや、今他国から届いたばかりの果物が並んでいたりした。ツカサがミルへ渡した荷物もいずれこうして並ぶのだと思えば感慨深い。
通りを歩く人々を観察すれば、地元の人ではなく観光客や冒険者も多いということがわかる。
冬だというのに各地へ出向けるバイタリティに目を見張り、ぼんやりと交通路が整えられているのかもしれないと思った。後で道を調べればわかるだろう。
空を見上げれば通りを眺める様に洗濯物が風に揺られていて、人の生活が見える安心感を感じた。潮風に煽られてパタパタ音を立てているが、湿気らないのかは気になった。
お洒落な街灯が等間隔で立っているので、これも夜になったら点くのだろう。エレナに聞けばこちらも魔力や魔石で動くのだという。スカイではこうした魔道具が多く、家庭の中にも浸透しているから驚いた。
ふと気になって魔力を調整して街灯を見た。青と赤と紫と白、様々な色があった。理由がわからず首を傾げエレナに問えば少しだけ驚かれた。まさか魔力をちゃんと視れるようになっているとは思わなかったようだ。
ただ、魔力が視れることはあまり言わない方がいいらしい。それなりに技術が必要で魔導士によっては喧嘩を売られていると感じるらしい。使い方は気を付けた方が良さそうだ。
それはそれとしてエレナは答えてくれた。
「白は魔石の色よ、色が付いているのは魔導士が作ったものだわ。スカイでは魔導士が魔力石というものを作って、それを使っていたりするのよ」
「なるほど、魔導士そのものが供給源なんだ」
「そうね、冒険者や軍に入らない人はそうした仕事に就く人も多いわ」
「戦うのが苦手な人にはいいね」
魔導士の存在意義が戦うだけではなく、日常に役立っていることが嬉しかった。
思えばマブラのキースが、魔導士だからと冒険者になるのではなく、特性を活かして仕事に就いている人だって多いと言っていた気がする。
キースは元気だろうか。くしゃりと心が潰れてしまった時、苦悩を吐露させてもらい、頬張った串焼きの味が思い出される。もうあの串焼きも無いが、あの時の味は忘れられない。
ふっと笑みが零れた。ツカサの忘れられない出来事は、だいたい食べ物や飲み物が関わっているように思えたからだ。
改めて街灯を見上げ、魔導士に出来ることが幅広いのだと知れた。
朗らかに客寄せをする声に笑顔を返しながら、まずは宿へ行った。馬車無しでの馬連れの一行に驚かれはしたが、丁寧な対応で部屋を取らせてくれた。
一人一泊五千リーディ朝食付き、四人で泊まっても二万リーディ、銀貨二枚だ。あまりの安さに動揺してしまった。
久々にツカサは一人部屋、アーシェティアを含めた女性三人で一部屋を借りることにした。エレナは気にしていなかったが、モニカはツカサと二人に慣れているので本当はそちらの方が良かったのだろう。ただ、ツカサはあちこちへ行かねばならず、安全という観点から気づかないふりをした。
エレナはそういったツカサの行動に理解を示し、上手にモニカとアーシェティアの緩衝材になる役を買って出てくれた。
一先ずアーシェティアを連れて冒険者ギルドを目指した。
人混みを行っても頭一つ抜きん出て身長の高いアーシェティアは人目を引いた。
鮮やかな翠色の髪はさらさらと揺れ、がしゃり、がしゃり、と音を立てる戦斧が物珍しいのだろう。
周囲を見渡せば茶髪や金髪、ピンクゴールドの不思議な色合いや淡い緑はいてもその中でも目立つ輝きなのだ。
キリ、としたきつめの目元も戦士としては魅力的に映る。
その横に居る男としてはとても居た堪れないものがあった。
人目に耐えながら冒険者ギルドに辿り着いた。
しっかりとした石造りでメンテナンスはされており、ひび割れもない。
扉は大きく開け放たれていて中に入れば吹き抜けの高い天井、窓から光がたくさん取り込まれていた。中が暖かく感じるのはその陽光のおかげだろう。カウンターは広くスタッフも多い、足元はワックスのかけられたような木材。冒険者たちは明るい顔で笑い合い、ボードの前で話し合い、向こうに見える酒場では美味しそうに食事をとっていた。
ツカサは
ふと気づいた。そう、彼らは金級の【真夜中の梟】と雰囲気が似ているのだ。
力の誇示が冒険者なのではない。示すべきところでのみ力を見せ、基本的には礼儀正しく、違反をしない。それだけなのに
それとまた異質なのはラングなのだが、置いておくことにした。
「お次の方、どうぞ」
柔らかな声で呼ばれ、ツカサはアーシェティアを引き連れてスタッフの前に行った。
「新顔さんですね、いかがしました?」
重そうな胸をテーブルに乗せ、にこりと微笑まれる。本人に色仕掛けをしようという意図が無いことに驚きつつ、アーシェティアを前に出す。
「新しくパーティメンバーに入れたいんだけど、冒険者証がなくて。作成と加入お願いできるかな、あと、手紙を調べてもらいたい」
「承知しました、それでは加入先パーティの冒険者証をお預かりして良いですか? 手紙を見るついでに道具もお持ちしますので」
「これを。たぶん、ラングかアルという人から手紙が預けられているはず」
「お預かりいたします、少々お待ちください」
ここまでのやり取りでツカサはふわふわしたものを感じた。
スタッフとのやり取りが故郷での店に似ている、それだけレベルの高い接客を受けた気がしたのだ。冒険者相手にこの対応は丁寧すぎる気もした。
そういえば、アルが言っていた。向こうとこちらの冒険者ギルドは別物だ、と。それはきっとシステムの面だけではなく、こういった一挙手一投足がそうなのだろう。
「お待たせいたしました」
ツカサが感慨深く頷いているとスタッフがいろいろ持って戻って来た。
「ツカサ様へ、同じパーティ【異邦の旅人】のラング様から一通、アル様から一通。それから冒険者登録のお手続きもいたします。まとめてのお支払いでよろしいですか?」
「もちろん、いくらになるかな」
「お手紙が一通二千リーディ、二通で四千リーディ、冒険者登録料が三万リーディですので、三万四千リーディです」
「ええっと、はい」
普段銀貨何枚、で言われていたので少しだけ手間取った。銀貨一枚が一万だったはず、と思い出しながら銀貨を四枚差し出せば、銅貨を六枚返されたので合っていたようだ。これにも慣れて行かねばならない。
「では、恐れ入りますがこちらの用紙へ必要事項の記入をお願いいたします」
「わかった。…すまない、公用語の文字は苦手なのだ」
「あぁ、大丈夫ですよ。代筆いたします、お名前をよろしいですか?」
「助かる。アーシェティア・ジャ・ティ・ウーだ」
「承知しました。元言語も横に記載いただけますか」
「あぁ」
アーシェティアはツカサが書く文字ともまた違うものを書いた。
今までは同じ文字、同じ言葉を使っていたので不思議そうに覗きこんでしまう。ラングの書く文字を思い出して手紙をちらりと見遣った。
冒険者登録はかつてツカサがやった手順と同じものかと思えばそうではなく、水晶板で全ての手続きが終わった。
血判はやはり必要で針で血は出したが、水晶板が光ると同時指の怪我は治されていた。何かこちらの方が技術が高く、自身の経験が悲しくなった。
無事に手続きが終わり手紙も受け取り、冒険者ギルドを後にした。返事は手紙を読んでからでいいだろう。
せめて依頼ボードくらいは見てくればよかったが、手紙を読みたい気持ちが逸った。
ツカサはアーシェティアを連れて宿まで足早に戻って行った。
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