死ねば良かったのに

ノーバディ

第1話

 心霊スポットなんて行くもんじゃないな。幽霊、怨霊、地縛霊。色んな想いに囚われた奴らに関わるととんでもない事になりかねない。これは俺が危うく命を落としかけた話だ。

 いや、まだ終わってない話なのだが……。


 へえ、あのトンネルって心霊スポットなんだ。先週婆ちゃんの墓参りの時通ったぞ。そういや線香とか車に積んだままだわ。

 あのトンネルで起こった怪奇現象? 近くに停めてダベってたら助手席のヤツが突然足首を掴まれ、覗き込むと長髪の女がこっちを睨んできたって?

 ありがちじゃん。日本中どこでもある話なんだよな、捻りがないっていうか。

 ま、怪談ネタは女受け良いからネタ探しにもう一度行ってみるか。そんな軽い気持ちで俺は車を走らせた。


 そのトンネルは急なカーブと見通しの悪い道が続く山の中腹にあって結構くさい場所だった。正直ストレス溜まるドライブだった。

 慣れない夜道でホルダーに差した缶コーヒーを飲む余裕ない。咥えたままのタバコに火を着ける事もできずイライラした俺はもう帰ろうかとも思ったがUターンする場所すら見つけられずにいた。


 しばらく走るうちに少し開けた場所に出た。久々の直線だ、と言っても三百メートル程だけど。反対車線の外は十五メートルほどの崖で一ヶ所ガードレールが外れてる所もあったけど対向車も居ないし関係なかった。俺はここぞとばかりにアクセルを踏み込んだ。  

 その時目の前に白い服を着た女が道路の真ん中に飛び出してきたんだ。いや突然現れたという方が正しいと思う。

 俺は慌ててブレーキを踏んだ。まだそんなにスピードも出てなかったからスピンする事もなく無事止まる事が出来た。

 女は? あの距離じゃ、絶対に避けられない。でも轢いた感覚はない。

 俺は慌てて周りを探してみたけどそこには誰も居なかった。もちろん車にも傷一つない。事故はなかった。


 これは……。俺はちょっと興奮したね、これが心霊体験てヤツか。こりゃネタ集めしとかなきゃな、血の手形とか長い髪の毛なんかあったら最高なんだが。そうだ写真も撮っとかなきゃ、心霊写真カモン! 


 そこで俺は見つけてしまったんだ。ぞっとしたね。幽霊? 違う、俺の生命に関わる事だよ。

 俺が進もうとした先、カーブを曲がった所に大きな落石があったんだ。あのままスピードを落とさず突っ込んでたらどうなっていたか。


 俺は落石を避けクルマを走らせた。なんか一気にテンション下がった。さすがに死にかけると嫌な気持ちになるもんだ。

 少し走ったところで急に寒気がした。バックミラーを観ると後部座席に奴がいたんだ。白いワンピースを着た幽霊が。


 こういう時はなんて言えばいいんだ? 今まで色んな女と遊んできたけど幽霊と話すのは初めての経験だ、とりあえず礼くらいは言った方がいいのか?

「えと、どちらさま?」

「………………のに」

「あの、さっき助けてくれた人だよね、ありがとう」

「…………かったのに」

「やっぱり君は幽霊的なアレ?」

「……ねばよかったのに」

「なに?」

「死ねばよかったのに」

「いやホント、死ぬかと思ったよ」

「死ねばよかったのに」

「そうだよな〜、幾ら直線とはいえあんなトコで踏み込むなんて死んだっておかしくないもんな〜」

「や、あの、死ねば……」

「君にはもう感謝しかない! 君みたいな綺麗な娘に出逢えるなんてもう神様にも感謝しなきゃだな。あれ? この場合は死神なのかな?」

「……っさいっての! 死ねばよかったのにって言ってんの! ここはもうビビってチビって泣き出しちゃうとこなの! さっきから黙って聞いてりゃなんなのよ、こっちはもうプライドボロボロよ」

「え、でも君、俺を助けようと化けてきてくれたんでしょ」

「はぁ? 違うわ! 少し手前のガードレールの切れ目見てたでしょ。あそこから崖下に落とそうとしたんだよ。それくらい気付きなさいよ、そして恐れ慄きなさいよ」

「またまたぁ。だって君が出て来たの切れ目の後じゃん」

「違うし! 落とそうとしたんだし! 何そのノーテンキ。あ〜もぉイライラする。

 こんなにイライラすんの死んで初めてだわ」

「あ、そこはやっぱり『生まれ初めて』じゃないんだ、いや怒らせたんならごめん。君みたいな娘と話出来てちょっと嬉しくてさ」

「はぁ〜っ、あんたバカァ? あたし幽霊だよ。怨霊! あっちに連れてった人だって両手じゃ数えきれないんだから」

「ウソだね。俺この町に住んでるけどここで死亡事故があったなんて聞いた事がないもん。いや何年か前に一件、男女二人だけいたっけ」

「もぉやだコイツ。あたし帰る」

 彼女の存在が薄くなってきた。

「いやちょっと待って! お願い、五分だけ。せめてコーヒー飲む間だけ。ちゃんと送っていくから。話だけでも。お供えもするから」

 俺は必死だった。だって彼女、俺が今まで遊んだ娘に比べてもベスト五に入る、いやトップクラスに可愛いかったから。

「俺、まだ君にお礼もしてない。仮にも命の恩人だぜ。このまま帰したら死んだ婆ちゃんに怒られる」

「いや、お婆さん隣にいるから」

「はあ? 婆ちゃんいんの?」

「うん、煎餅食べてる。女癖悪いのはお父さんそっくりとか言ってるよ」

「婆ちゃん……」

「コーヒー飲んだら帰るからね。後、お供えは花束にしてよね。あたし日本酒とか飲まないから」

「ありがとう! じゃあコーヒー飲む間ドライブね。ここからなら夜景の見える所まですぐだし」

「その軽いノリがヤなんだってば」

「純粋にお礼がしたいだけだって。夜景が見える墓地に行って、彼岸花に囲まれた川辺でお線香の香りを楽しむとか、どう?」

「それ、ちょっと憧れるかも……」

 憧れるんだ、言ってみるもんだ。

「正直に言う。君みたいな娘、タイプなんだ」

「え、あの、そんな事言われた事ないし。怨霊だし……」

 なんかいけそうじゃん、このまま押し切っちゃうか?


「まるで後の壁まで見えそうなほど透明感のある肌。漆黒に艶めく美しい黒髪。華奢で抱き締めたら折れそうなその身体、全部どストライクなんだ」

「え、やだ……」

 彼女が青白い顔を手で覆った。多分耳まで真っ赤ってとこだろう。真っ青だったけど。

「あたし今まで背後に立つとか、足首掴むとかしかした事なくて、こんな風に目を見て話すの初めてで」

「いや、そんなんじゃないから! お礼がしたいだけだから。ちょっとドライブ行くだけだから」

「でもお父さんに怒られるし」

「大丈夫だって、すぐ近くだから」

「門限あるし」

「夜明けまでまだあるよ」

「でもみんなに見られちゃう……」

「深夜の墓地だよ?」

「墓地だよ? 親戚みんな居るもん」

「じゃあ誰もいない所行く?」

「おばあさん、そこでお茶飲みながらwktkして見てるし」

「ばばぁ、消えろ! どっか行かねぇとこれからもう墓参り行かねえからな!」

「あ、名残り惜しそうにどっか行っちゃった。でも……」

「いいから行くよ!」

 結局俺は彼女をお持ち帰りした。


 夜明け前、隣で息を切らしてる彼女に囁いた。

 「凄かった。なんて言うか、死ぬかと思った」

 彼女はクスリと笑ってこう言ったんだ。

「死ねば良かったのに」

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死ねば良かったのに ノーバディ @bamboo_4

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