第47話 エピローグ
「大変ご迷惑お掛けしました。申し訳ありませんでした」
――いえね、こちらも仕事だから慣れてるんだけどね。でも、お父さんには、もう少しお酒を控えてもらわないと。声を掛けたら食ってかかって掴みかかってくるし。そうじゃなくても、道端で寝てたら下手すると車に轢かれたり、財布を盗まれるからね?
「はい、仰る通りです。返す言葉もありません」
――お父さん、今までにも何回か同じようなことしてるよね? 家族の方でもう少し何とか出来ない?
「はぁ、気を付けるようにはしているのですが」
――まぁ息子さんにも仕事があるんだろうけどね、もう少し気をつけてよ。それじゃ、今回はもういいよ。お疲れ様。
「夜分にお手数お掛けしました。失礼します」
――よぉ、悪いなぁ。お出迎えご苦労。持つべきものは出来た息子だな。サンキューサンキュー。
「随分酔ってんのな。呂律が全然回ってないけど……先週、酒は控えるって約束したよな?」
――そうは言っても、会合なんだから俺だけ飲まないわけにいかないだろう。みんな飲んでるんだから。仕方ないだろうが。
「みんなって誰だよ。今日は誰と飲んだんだよ。こんなに泥酔して、地べたで居眠りして、警察に厄介になって、どこの誰がそこまで飲むように勧めたんだか言ってみろや」
――……。
「飲みすぎないって約束したよな? それを人様に迷惑掛けるまで飲んで」
――俺ぁ一人で帰れるから連絡するなって言ったんだよ。なのに、ポリ公共がしつこく付き纏いやがって。人の税金で食ってる分際で偉そうに説教まで垂れて。ったく、また一言言ってやらないと駄目だな。こんなことしてる暇があったら政治家の汚職でも何でも……。
「余計なことしないでくれ。こんな時間まで働いて、酔っ払いの面倒まで見てくれてるのに、感謝こそすれ罵倒するなんて恥知らずもいいところだな。偉そうなのはあんただよ。みっともない」
――アァ? なんだその口の聞き方は?
「酒臭いから黙っててくれ」
――なにぃ? 親に向かって何てこと言うんだ、このバカたれが!
「……」
――誰のおかげでそこまでデカくなれたと思ってるんだ。
「母さんのおかげだよ」
――俺が金を出したからだろうが。
「唾飛ばすな、汚らしい。そもそも、あんたは高校も大学も反対してただろうが。その高校までの学費と生活費も、家のローンと仕事の借金を立て替えてやった時に帳消しだって一筆書いたよな?」
――……いつもいつも金金金で金に汚い奴だな。
「あんたのせいで金に苦労したからだよ」
――はいはい。そうだな、全部俺が悪かったよ。俺が育て方を間違ったせいで、ガキがこんな守銭奴で、親への口のききかたもなってないクズ人間になったんだな。俺が悪うござんした。
「あんたはそもそも何もしてないっての」
――お前ら皆揃って俺のことを馬鹿にしやがって。長男は十年も家のことをほったらかしで音信不通、長女はガキができても連絡すら寄越さない。どうなってるんだ、この家は。どいつもこいつも。
「泣き喚く姉貴の髪を掴んで散々引き摺り回したくせに何言ってるんだよ。馬鹿じゃねえの? あんた、その自分の娘を包丁で刺して一生モノの傷を負わせたこと覚えてないのか? 実家になんて帰るわけないだろ」
――二十年以上も昔のことだろうが。
「あんたにとってはな」
――過ぎたことをいつまでもぐちぐちぐちぐち言いやがって。親子なんだから時には衝突することだってある。
「そんなんだから家に誰も寄り付かなくなるんだよ。あんたの親族は金の無心をする時にしか連絡してこない。宗教の友人もそう。会社の従業員だって、みんなすぐに辞めて誰も長くは居着かない。全部あんたの人徳が無いからだよ。良い加減直さないと、これから死ぬまでずっと一人だぞ」
――……。
「母さんにももう負担を掛けないでくれよ、頼むから」
――あいつが病気になったのまで俺のせいにするな。あいつは食い意地が張ってるだけだろうが。ぶくぶくぶくぶく豚みたいに太りやがって。
「…………」
――だから、何度もお祓いに行こうって言ってるのに、何度誘っても理由を付けてすっぽかしてるのはお前らだろうが。どいつもこいつもふざけやがって。だから、病気になるんだ。お前らロクな死に方しないぞ。
「……なら、あんたの母親が病気でおっ死んだのも、ウチによく飯をタカリに来てたオッサンの家族が事故で亡くなったのも、あんた自身の病気も全部信仰が足りないせいだな。もっと真面目にやれよ、クズ」
――お前にそんなことを言われる筋合いは無い。良い歳して子供どころか、家庭の一つも持てないくせしやがって。親孝行で孫の顔くらい見せてみろ。いくら稼ごうが、社会に出てガキの一人も居ないようじゃ半人前だ。
「その半人前の金で生活してるんだから黙ってろ」
――なにぃ? もういい、降ろせ。そこまで言うならもういい。金輪際一切お前には頼らん。
「そうしてくれ、今降ろすから、今度は警察の世話にならないように上手く帰ってくれ。なんなら、そのまま二度と顔を見せないでくれると有難い」
――今、何て言った? 今なんて言ったんだ。ふざけやがって。ふざけやがってクソが。ガキのくせに親を舐め腐ってからに。殺すぞ。
「運転中に触んな、離せクソが。お前が死ね。死ぬなら一人で死ね」
――お前なんて生んでやるんじゃなかった。生むんじゃなかった。この恩知らずが。
「離せっってんだろうがっ。くっ、ぶつかる。クソッ」
「……つぅ、痛ぇ。はぁ、この車気に入ってたのに、廃車だな。おい、クソジジイ生きてんのか?」
――……うぅ。
「生きてんのかよ、そのまま死ね。(……ふぅ血が結構出てる。救急車……いや、もう二人ともこのまま死んだ方がいいのかもな。生きててもロクな事がない。本当にそっくりで嫌になるな。母さんは……母さんには申し訳ないけど、保険もあるし姉貴が何とかしてくれるだろう。もう疲れた)」
プルルルルル。
「……」
プルルルルル。
「…………」
プルルルルル。
「……もしもし?」
――あ、七篠さん。私です。
「どちらの私さんですか?」
――妻です、妻の七篠祥子です。
「私は独身です」
――今はまだ、ね。
「は? なんでそんなに得意げなんですか。部屋汚いくせに」
――部屋は関係無いと言ったでしょ、いい加減しつこいですよ。そんなに気になるならこまめに掃除をしに来てくれればいいじゃないですか。いつ来ます? 泊まっていってもいいですよ? というか、なんだか声に元気無いようですが大丈夫ですか?
「……誰かさんのせいで疲れただけです。それより何か用ですか?」
――そうでした。実はですね、ついうっかりしていて大事なことを伝え忘れていたのを思い出したんです。
「インタビュー内容に何か漏れが?」
――いえ、そっちは完璧です。無事ミッションコンプリートです。
「じゃあ何なんですか? 今少しだけ立て込んでいるので、急ぎでないなら後にしてほしいんですが」
――あぁ、切らないでください。すぐ済みますから。黄金芋けんぴの件です。販売元を伝え忘れていましたので、お伝えしようかと。
「あぁ、そういえばそんな約束もしていましたね」
――あれ、あまり興味無い感じですか? あんなに気に入っていた様子だったのに。
「いえ、ちょっとのっぴきならない事情がありまして。暫くは口にする機会は無さそうだなと」
――そうなんですか? もしかして、どこか海外にでも行かれるのですか? もしお忙しいようでしたら、私が買って直に持っていきますよ? インタビューのお礼も兼ねて。
「いえいえ、わざわざ悪いですから大丈夫です。それはまたいずれ機会が有ったらってことにしましょう」
――そうですか? そこまでお忙しいのですか。それなら仕方ありませんね。分かりました。いえね、巷で大流行の例のスイーツ、勿論スイーツ好きの七篠さんならご存知だと思いますが、あれを某有名店が個数限定販売するそうなんです。それでですね、それを何とかコネで予約出来そうなので一緒にどうかなと思ったのですが。そうですか、七篠さんは忙しかったんですね。それは残念です。仕方ないので一人で食べることにしますね。濃厚な、生クリームたっぷりのやつ。
「……」
――それでは、夜分に失礼致しまし……。
「待ってください」
――何でしょうか?
「私も食べたいです」
――では、黄金芋けんぴは?
「……それも」
――併せて、オキシトシなんとかも如何です? 元気出ますよ?
「…………それも」
――はい、喜んで。
(了)
オキシトシなんとか 柳 茂太郎 @motaro_yanagi
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます