鎌鼬をこの手で愛で続ける話

 目の前で三匹の鎌鼬かまいたちが、身体を寄せ合って眠っている。両手の鎌はヒンヤリして気持ちいいのか、お互い枕にしてる所が最高に可愛い。


 にへ〜と、それを眺めているとピンポ——ン……と、インターホンが鳴った。家族が来る訳ないし、配達や出前が生活基本だけど、まだ何も注文していない。


 鎌鼬かまいたち達を起こさない様に、ゆっくり玄関に向かってドアスコープを覗くと、見覚えのある老婆が立っていた。あー……鬼婆おにばばさんか、開けてあげよう。


「はーい、何の用でしょう?」


「ヒッヒッヒ、あんたの様子を見にきたよぉ」


 この老婆は、自称『安達ヶ原の鬼婆』で妖怪の鬼女きじょといえば理解は手っ取り早い。黄疸の目、やたら伸びている八重歯、乱れた長い白髪、使い込んだ黄土色の着物。形は人だが、一目で不快感を覚えるだろう。


 鬼婆おにばばさんは、そのまま遠慮せずに家に上がり込むと居間にスタスタ向かっていった。そして居間の中心に固まっている鎌鼬を見るや、肩で笑い始める。


「イッヒヒ……あんたも物好きだねぇ。何回も指が落とされちゃあ、誰だって気が狂うものだよぉ」


「指が取れても病院に行けば治して貰えるんで、何も問題無いんです。何より、ターちゃんのおかげで痛みが全く無いんですから」


「ヒヒ……三位一体、鎌鼬かまいたちのお話かぁい。人の恐れから出た噂なんて全て出鱈目でたらめなのに、あんたのとかって奴は凄いんだねぇ」


「なんですかそれは?」


 鬼婆おにばばさんが妙な言葉を言ってる時は大体カタカナ言葉なんだけど、歯並びが悪くていつも上手く発音出来てない。何の事を言っているのか分からなかった。


「ケヒヒ……、まあ狂っているのはアタシも同じだがねえ——だが、こんな生活続けたらいつか四肢がバラバラになっちまうよぉ。それでも、この子達のお世話をするつもりかぁい?」


「……当然です。私がいなかったら、この子達はまた身を潜めて生きていく。妖怪だろうが未確認生物だろうが関係ない、私は絶対に鎌鼬かまいたちを手放さない……ッ」


 可愛らしい栗毛のイタチの姿に、鋭利な両腕の鎌。ハリネズミの様な愛くるしさを、私は鎌鼬かまいたち達に感じている。痛いと分かってて毬栗を素手で触って、後悔しつつも快感を得るみたいなアレだ。


「イヒヒヒッ……そうかいそうかい。今や人々は過去の怪異に縋り付き、昭和から新しい妖怪は産まれやしない……コレが何故か、あんた分かるかい?」


「……はあ。超常現象を科学的根拠に当て嵌めてしまって、人が妖怪の存在を平面世界に閉じ込めてしまっている——という話は、聞いた事があります」


「イッヒッヒ……異様な想像体験は、時に本物の怪異を創造するものさぁ」


 鬼婆おにばばさんは横でニタニタ笑いながら、眠っている鎌鼬かまいたち達に近付いて見下ろした。スヤスヤ寝ていた三匹は、気配で一斉に飛び起きる。


「「「ブシャ……ッ」」」


「イヒヒ……こうしてあんたらが、存在できてるのもという奴さぁ」


 鎌鼬かまいたち達が警戒し始めたので、私は落ち着かせる為に膝を床に下ろした。そして、一番暴れたら危ないチーちゃんに手を伸ばし、頭に軽く触れてからゆっくり撫でた。


「だいじょーぶ、なあんにも怖い事されないよ」


「ブッ……シャアアァアァ!」


 大丈夫、大丈夫と私はチーちゃんを撫でる。鎌鼬かまいたちの毛並みは、柔らかいけど毛先はタワシの様に固いので、素手だと軽いミミズ腫れになるくらいには鋭い。


「よーし、よーし……チーちゃん、落ち着いた?」


「ブシャアァ……!」


 チーちゃんが声を上げて飛び跳ねた瞬間、空気が渦巻いて、私の腕や指が何箇所もパックリ裂けた。鋭利な風を全て受けたせいか、鬼婆おにばばさんや他の鎌鼬かまいたちに被害はない。


「ヒェッヘッヘ……痛そうだねぇ、皮膚の奥深くまでキレイに裂けちまってるよぉ」


「でも全然痛くないんです。血だってすぐ止まりますから」


 そう何も問題無い。だって痛くないし、チーちゃんの仕業なら笑って許せるし。指を何回切り落とされても、肌を何回切り付けられても、三匹をモフれる限り私はこの手で、鎌鼬かまいたちを愛で続ける。



「ヒヒ……あんたは、令和の新しい妖怪でんせつに化けるよぉ」

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鎌鼬-かまいたち-をモフモフする為に、三匹飼い始めた話。 篤永ぎゃ丸 @TKNG_GMR

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