第9話「花火大会と君」


 膝枕越しの誘いからあっという間に一週間が過ぎて、翌週の金曜日。


 年に一度、それも地元では有名な花火大会で市内や市外からも多くの見物客でにぎわうこの日。


 勿論、俺たちが通う高校の生徒たちもソワソワしていた。皆、授業中も何か気分が登っていて、クラスラインでは大盛り上がり、昼休みには女子に正規の大一番の「花火大会一緒に行きませんか?」告白が連発し、良い顔する者もいれば悲しそうな顔をする者もいた。


 なかなかして、みんな元気だな——なんて思っている俺はと言うと。


 今まで通りなら一緒に行く人もいないし、家に帰って本でも読もうかなと思っていたところなのだが、生憎と今年はそんな人もいるのである。


 嬉しいことに、かな。


 放課後になり、先生のビップサービスにて掃除を免除されると俺は急いで廊下を飛び出して玄関へ向かう。


 いつもなら人込みを避けた時間にこっそり帰るのが俺たちなのだが、今日は時間もないため自転車置き場を待ち合わせ場所にしていた。


「まだ、いないか……」


 さすがに急ぎ過ぎたのかなと待つこと十数分。

 カクヨムでラブコメ小説を読んでいるところを隣から肩を叩かれる。


「和樹君っ」

「ん、椎名さっ————!?」


 顔をあげて声の聞こえた方向に顔を向けるとそこにいたのは姿の椎名さんだった。


「え⁉」


 思わず大きな声が飛び出る。

 自転車置き場とは言え、道路に面した敷地内。通行人やちらほらいる生徒たちに気づかれて見つめられる始末。


「ちょ、ちょっと——いや、まぁ別にいいわね……もう」

「あ、すみませんっ」

「いいわ……ほら、行くわよ?」

「行くわよって、え⁉ ちょっと話がいきなり過ぎて見えないんですけど……」

「先週約束したでしょ?」

「いや、それはそうなんですけど——てか何で浴衣なんですか! てかいいんですか⁉ めっちゃ注目浴びちゃってるんですけど……」

「花火大会は浴衣でしょ? あと、それはもういいわ。どうせ行ったらバレるんだもの……それに、ほら、こっち来て」


 すると、手を拱きしてくる彼女。

 なんだと思って近づくと——


「っ——ね、似合ってるかしら?」


 吐息がかかり、耳がビクつく。ただ、それよりも色っぽい声に俺は変に体が熱くなった。


「どうなの?」

「ど、どうなのって————」


 ————そんなの綺麗で可愛くてちょっとエッチに見えるに決まってるじゃん!!

 

「ま、まぁ……似合ってます、すごく」

「ほんと?」

「ほんとですよ……綺麗ですっ」


 近い!!


「ありがとぉ~~、よし、それじゃあ行くわよ!」


 褒め散らかしたからなのか、まぁよく分からないが喜んでくれたのならよしとしよう!







 会場の河川敷にやってくるとものすごい人だかりだった。

 警察官が出動し、道路は歩道になり道いっぱいの見物客が闊歩していてなかなかすさまじい光景だった。


 いやはや、これを毎年見に行っている人たちは凄いな——と心の中で感心しつつ俺は椎名さんの手をさりげなく引いて歩いていく。


「大丈夫ですかっ」

「え、えぇ! ちょっとゆっくり」

「あぁ、すみません」

「ありがとう……」


 と片言の会話が進む。

 それもそのはず、俺の方は椎名さんと手を繋いでいるという事実だけで心臓が爆発しかけていた。


 いや、膝枕をし合っている奴が何をいうかと言われればそれまでだが——正直なところ、この状況で、この格好で手を繋いでいる方が何か特別なものを感じるし胸がドキドキする。


 それに、心なしか椎名さんも顔が赤い。


「——っ」


 そんな彼女を連れていると小石に躓きバランスを崩した。

 フラッと傾いて、俺の胸に抱き着く彼女。


「うっ」

「あっ!?」

「だ、大丈夫ですか?」


 手が震えて、俺の制服がキュッと掴まれる。


「——え、えぇ」


 やっぱり椎名さんも緊張しているんだよな。と親近感を感じたが、だからと言って俺も和らぐわけではない。


「も、もっとくっついてもいいかしら」

「え」

「んっ——」


 それでも近づく椎名さんに俺も限界を感じながらも人混みの間を歩いていく。もはや、良く見える場所とか考えていられる状況ではなかった。


 何とか歩き続けて10分ほど、さすがに端っこまで来てしまい俺は持ってきたレジャーシートを広げてこの場所で見ることにした。


「ここに座ってください」

「ありがとぉ」


 いつになくおしとやかに頭を下げる椎名さん。

 浴衣で来た時の威勢はどこに行ったのやら――と思ったが、花火が始まるまで待っていると俺の右手がほんのり温かみを帯びた。


 チラッと手元を見ていると椎名さんの左手が上に優しく重なっていた。


「——あったかいわね」


 すると、空かさず呟いた。


「あ、そ、そうですね……」


 暑いの間違えなんじゃ? と言おうとするいつもの俺ではなかった。胸がドキドキする。皆の憧れの人と、何よりこの一年で色々知って、好きになった女の子とくる花火大会。


 そんなことだけなのに胸が高鳴り、声が上ずる。


 加えて周りのざわざわ感も声を掛けして、お互いに躍起になって大きな声になる。


「し、椎名さんっ」

「な、なに?」

「その……楽しみですねっ」

「そう、ねっ」

「久々なので人多いのビックリですよ」

「まぁ、今年は少し多いかもね」

「そうなんですか?」

「去年はそうだった……わよ」


 すると、彼女は少しかなしそうな顔をする。

 その反応にハッとした。


「あぁ、そのっ——なんか、すみませんっ」

「え、あぁ、それは大丈夫よ。気にしないで」

「そ、それならよかったです」


 ふぅと安どのため息をつき、少し待つ俺たち。

 夜ご飯時でぐうぐうとなる腹も考える暇もなく、それでいてやることがない時間が過ぎていく。


 そして、暗くなっていき————アナウンスが鳴り響き、花火大会が始まった。



 ~~~~~ひゅぅ、ドン!!!!!



 極彩色の火花が空に打ち放たれて咲き乱れる。

 轟音と、沈黙を繰り返し、虹色を彩どり、落ちていく。


 思わず声が漏れた。


「すごい」

「わぁ……」


 ほぼ同時。

 ただ、そんなことにも気づかない俺たちはまじまじと空を見つめていた。


 ふと隣が気になって、椎名さんの方を向くと彼女は何とも言えない横顔で圧倒されていた。


 しかし、それでいて彼女はとても綺麗だった。

 天使様なんてよく言われるが今なら思う。


 彼女は天使雅ではなく————女神様だ。

 美しく、華麗で、でもおちゃめで可愛らしい所がある。そんな女神なのではないかとさえ思ってしまう。


 大和撫子、卑弥呼、クレオパトラ――そんな数多の女王たちにも負けづ劣らずの綺麗な顔に見惚れてしまった。


「——な、なんですか?」


 じっと見ていたものだから気づかれてしまい、肩を掴まれる。


 見据える瞳。

 綺麗な黒色の目。


 俺を見る力強いその眼に固まった。


 メデューサの石の呪いのように固まって、あっという間に解けて——俺はいてもたってもいられなくなっていて。


 気づいたときには隣に座る彼女に抱き着いてしまっていた。


「か、かずきくんっ、何して——っ」


 そして、本音が漏れる。


「椎名、すきだっ」


 その言葉は花火の轟音と同時だった。

 言い終わった頃には霧散して、落ちていく色彩と共に、俺の口と椎名の耳元が離れていく。


 言ってから俺の手は震えていた。


 相手はみんなが憧れる引く手数多の天使様だ。いや女神か。そんなくだらない二つ名は関係ない。


 誰もが魅了されて、美しく可憐な美少女。

 胸が乏しいのも含めて完璧な彼女に俺は告白したのだから。


 怖い。

 振られるんじゃないかと漠然としない不安感が襲う。

 もしもダメだったらこの関係は終わってしまうのではないかと。


 まぁ、元よりおかしな関係ではあったがそれでもなくなるは惜しい。惜しいどころではない。


 もっと、もっと、もっと。


 そんなことなんかよりも怖い。


 暖かい椎名さんの体から離れていき、俺は真っ赤になっている彼女の顔を見据える。


 顔は赤かったが呆気を取られたように口を惚けていた。


「っぇ……そ、その」

「ん?」

「い、いきなり……っ」


 まぁ、あまりにもいきなりだ。

 ムードなんか全く持ってない。

 だが、わかってほしい。

 告白だけで精一杯だ。


 しかし、そう言って彼女は首を振った。


「わ、私も……好きだよ」


 今度はいつものクールな椎名沙月生徒会長ではなかった。

 真っ赤な頬に、少し口角が上がっておかしな笑みが溢れている。


 何か悪いこと言ったかな……と不安になっていると彼女はこう続けた。


「……でも、それじゃあ答えられないな」

「えっ」


 ダメだったか、と心が震える。

 

 

「名前を呼んでほしいの」

「な、名前?」

「うん。名前で告白して」

「……っ」


 ほっとする。

 そうして俺はこう続けた。


「……お、俺はっ」


 彼女の顔を見つめる。

 その視線の先で椎名は、いや紗月はまじまじと何かを楽しみにしているかのようにしている。


 まったく、かわいいやつだ。

 そんな顔を見て緊張がなくなった。


「紗月のことが好きだ」


「私も、和樹のことが好きだよっ」


 俺たちは再び抱きしめ合う。

 今度は俺だけではない。小さく細い腕で一生懸命に抱きしめられる。


 理性のたがが外れたのか、抱きしめ終わると紗月は目を閉じて唇を突き出していた。


「っ」

「んっ」


 そうして、俺たちはお互いのファーストキスを奪い合ったのだった。


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まな板な天使様に甘々に溶かされるだけの日常(G`sこえけん応募作) 藍坂イツキ @fanao44131406

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