第8話「お弁当作ってきたよ?」


 そして、昨日のデートから翌日。


「あぁ……っ」


 俺は寝不足だった。いやはや、我ながら乙女にでもなったのかもしれない。一緒に撮ったプリクラをずっと眺めてしまったおかげで瞼が重い。


 ほんとに悪魔的だったのだ。

 可愛らしくジトッとした顔をしている椎名さんに見惚れてしまっていた。


「はぁ……でもっ、行かないとっ」


 ただ、それはそうと俺も寝てはいられなかった。

 それもそのはず、昨日のデートの別れ際で彼女がこんなことを言い出したからだ。




 家近くの駅を降りてのこと。

 少し恥ずかしそうにいつもより遠い距離を開けながら歩いている椎名さんはチラっと俺の様子を確認して振り向いた。


「——っわ、な、なんですか」

「振り向いちゃいけないの?」

「いや、別にそう言うわけじゃなくて……ちょっとびっくりしましたよ」

「まぁ、それはごめんね。えと、ってそうじゃなくてだわっ。あ、明日の事なんだけどさ」

「ん、明日の事?」

「いつも通り昼は空いているわよね?」

「——まぁ、空いてはいますけど……ていうかなんか悲しくなるんでそんな風に言わないでくださいよ」

「別に真実だからいいじゃない」

「真実と心は違いますよっ。まぁ? 椎名さんは友達もたくさんいて、可愛くて、引く手数多でしょうけど?」


 いつもよりも核心をついてくる彼女に少しだけ嫌気がして俺は反撃する。

 すると、反応は予想外。


「——っそ、そういうわけじゃなくて……ご、ごめんっ」


 まさかの半分涙目。

 あからさまな反応に俺も慌てて言い返す。


「あ、いや——ごめん。冗談だからっ、気にしないでくれ」

「ほんとに?」

「あぁ、ほんとだっ」

「な、ならよかったわっ」


 と、泣いたのかと思えば今度は胸を張って体裁を保つ彼女。

 余裕があるのかないのか、ただまぁそこまで傷ついていないのは良かった。


 それは置いておいて、ほんと、そういうくだらないところはちゃんとする姿は可愛らしい。


 というわけで、本題に戻ろう。


「それで、どうしたんですか?」

「あぁ、そうね……その、この前さ、私、お弁当作るって言ったじゃない?」

「……言ってたっけ?」

「和樹君……流石にそれはショックなんだけど?」


 ジト目を向けられる俺。

 まぁ、今回ならそりゃそうかも知れない。


「いや、だってほんとに覚えてないんですって……」

「……もしかして、舞い上がってたのは私だけかしら」

「っ——ちょ、あからさまに悲しい顔しないでくださいよっ!」

「だって……好きな人が弁当楽しみにしてなかったんだもん……」

「た、楽しみですって! 別に悪意とかはないですから!」

「悪意がないのが一番つらいのよ?」

「そ、それじゃあ……その、めっちゃ意識して忘れてました!」

「ひどい……そんなに嫌いだったのね……」

「あぁ、もうどっちですか⁉」


 いやまぁ、俺が悪いんだけども。

 さすがにこの人。ネタだろうな? おちょくってるだろ、これ。


 うん、そうだよな。


 そう、だよな。


「——まぁ、別にいいんだけどね」

「……ほら!」

「でも悪いのはどっちかしら? この前確実に私は言ってるし、楽しみしていたのはもとより和樹君、あなた自身よ?」

「っぐ……そ、それはごもっともです。すみませんでした……」

「はいっ。それで、その弁当作りたいってことで明日の昼に一緒に食べましょう?」




 ―――――ていう感じで今に至るわけで。


 まぁ、なんか違和感だけあるんだけど一旦それは置いておいて……準備室に入るとしましょうか。


 コンコンコンとノックをすると、いつも通りの声が返ってくる。


「入っていいわよっ」


 そんな声に応じて俺はガラガラと扉を開けると、椎名さんは奥のソファーの端で二つの弁当を膝にのせて待っていた。


「待ちました?」

「少しだけね……ほら、こっち座って?」

「あ、はいっ」


 よいしょっと。

 席に着くと、彼女が少し身を寄せて俺の膝に重ねていた弁当を置く。


「お、なんかいい匂いがしますね?」

「あら、そう? 良かったわ。一応、男の子が好きだと思う料理を持ってきたのだけれど……」

「ほんとですか! 開けても?」

「えぇ、大丈夫だわ」


 そう言われて蓋を開けると中に入っていたのはこれでもかといっぱいの唐揚げだった。


 いや、唐揚げじゃない。少し濃い衣の色に、醤油と生姜の強い匂いからして――


「ザンキ?」

「正解っ」

「凄いですね、こんなの作れたんですね! 椎名さんは!」

「まぁ、最近おばあちゃんに教えてもらったんだけどね……」


(実は作ってあげるためだけにならった——なんて言えるわけないけど)


「いやぁ、それでもすごいですよ!! 食べていいですか?」

「えぇ、いいわよ」


 パクリと口に入れるとジュワーッと広がる肉汁。

 パリパリの皮に中は柔らかく、濃いめの味が口の中で暴れる。


 控えめに言っても旨い、そんな北海道のソウルフードに俺の舌は歓喜をあげた。


「——美味しそうで何よりだわね」

「はいっ!」

「私も嬉しいわ」

「はいっ!」


 ここは野球部の下宿かな? と思うばかりに返事をしていると、弁当を膝に置いたまま椎名さんが近づいてきて「あーん」と言いながら自分の弁当のザンキも差し出した。


「良いんですか?」

「私があげもしないのに見せびらかすやるい人に見えるの?」

「いえ、じゃあお言葉に甘えてっ」


 パクッ!


「ん!!」


 美味しいザンキを含んでほっぺが垂れる。

 すると、彼女はクスりを笑みを浮かべた。


「かわいっ」

「うまぁ!」


 俺はバクバクと食べていき、あっと言うまに椎名さんの弁当は空になった。







「ふぅ……お腹いっぱいですぅっ」

「それならよかったわよ。私も美味しそうに食べてくれて何よりだわっ」


 お腹を擦りながらソファーの背もたれに体重をかけていると椎名さんがぽてっと俺の膝に頭を預けた。


「っ——な、なんですか、急に」

「お礼を貰っているのよ」

「……対価がいるんですか、椎名さんのお弁当って?」

「体で払ってもらうわ」

「——ま、まさか!?」

「冗談よ」

「び、びっくりしましたよ……このまま僕も美味しく食べられちゃうのかと……っ」

「あら、美味しく食べてほしかった?」

「そう言う性癖はないですよ……」

「そ……それじゃあ、お礼としてもう一つ良いかしら?」

「なんですか?」


 すると、少し黙ってから俺の目を見て彼女は恥ずかしそうにこう呟いた。


「来週の花火大会、一緒に行ってくれないかしら?」




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