第7話「笑顔に敗北」
そんな無愛想なプリクラ事件もとうに過ぎて7月も終わり、ついに8月に突入していたある日の昼。
ラインに「ご飯一緒に食べない?」とのメッセージが届き、俺はいつも通り生徒会準備室にへ向かった。
部屋の前で立ち止まりパパッと制服を整えて、念のため扉を3回ほどノックする。
すると。
「入っていいわよ」
と返事が返ってくる。
それを聞いて俺は扉を開けた。
「お弁当は持ってきたかしら?」
「え、あぁ、おにぎりですけど……」
「なら、いいわ。こっちきて」
椎名さんはソファーの端に座り、自分の横をとんとんと叩いている。その姿はどこか小さく見えて小動物のようで少し笑ってしまう。
「なんで笑っているのよ……私、何かしたかしら?」
「えっあぁ、いや。別になんでもないですよ……っ」
「なんでもない人は、人の顔見て笑ったりしないと思うのだけれど?」
「勘のいい女性は嫌いだよ……」
「……その手の脅しは効かないわよ?」
おっと、すでに純粋乙女は克服したのかな?
「脅しじゃないですよ……まぁ、その、あれです。椎名さんが小さくポンポンしてたから可愛かっただけです」
「……か、かわっ。また、そうやっていきなり言って……ばか」
「顔が赤いですよ?」
「暑いだけよ」
気温は29度。
まぁ、それも嘘ではないか。
「それもそうですね〜〜」
「何よ、笑わないでよ」
「笑っていませんよぉ? 微笑んでいるんです」
「……何が違うのよ」
「まぁまぁ、そんなこと言わずに早くご飯食べません?」
真っ赤な頬を隠すわけでもなく、横からジトーな上目遣いをしてくる男殺しな椎名さんを軽くあしらい、俺はおにぎりにパクリとかじりついた。
「勝手に食べてるし……もう」
「おさき〜〜」
「お先じゃないわよっ……」
そう言いながらも椎名さんも懐から弁当箱を取り出して食べ始める。彼女が取り出したのはのり弁当だった。ちくわ天に白身魚のフライ、そして金平牛蒡とまさに弁当屋さんでありそうなラインナップだったがしっかりと構成されていてとても美味しそうだった。
「何、食べたいの?」
「……いいんですか?」
「仕方ないわね……こっち向いて」
「はいっ」
そう言って向くと、彼女は白身魚のフライを箸で掴み俺の方へ。
「あーん」
と、男が人生の中で言われたいランキングトップ5に入るセリフを囁きながら口の中へぱくりと運んでいく。
「んっ……」
口の中に入り、弾ける油。
美味しそうな匂いと共に魚の柔らかい食感が口の中に広がっていく。
「うまっ」
「……ありがとう」
「もしかして、椎名さんが作ったんですか?」
「えぇ、一応ね」
「……さすがですねっ! 天使の名前は伊達じゃない!」
「天使って言わないでよ……和樹くんだけなのに、言わないような人」
「あははっ! まぁまぁ、いいじゃないですか! ていうか、マジでうまいっすね!」
「それはまぁ、練習してたからね……」
「いつ練習してるんですか……」
「まぁ、夜?」
「夜って……勉強した後にですか?」
「そうよ?」
はて、と何げない表情で首を傾ける姿は流石の一言に尽きる。
我らが高校の天使様生徒会長はいつでもすごい。
「……その」
「はい?」
「和樹くんは…………も、もっと……食べたい……、かしら?」
何をモジモジし出したのかと思えばそんなことを聞いてきた。
もちろん、答えはイエス。
「はい!!」
「じゃあ、その……今度持っていくわね」
「楽しみにしてます!」
そうして電撃的にお弁当を作ってくれるようになったのだった。
食事を終えて、昼休みも残り10分ほど満腹になったお腹をさすりながら物欲しそうな目をして訴える椎名さんの膝に頭を乗せる。
「……ふぅ、やっぱり寝心地がいいですね」
「そういう和樹くんも赤ちゃんみたいで可愛いわよ?」
「ばぶぅ……」
「っ……か、かわぃ」
モノマネを見て真面目に可愛がる椎名さん。
男の赤ちゃんモノマネの需要がどこにあるのかは知らないが彼女は少し嬉しそうに口元を隠した。
「なんか、こういうのもいいわね……」
「何目覚めてるんですかっ」
「いえ、その……将来こんなのかなって」
「もしかして俺ってヒモになれます?」
「……もちろん、立派な人との間にできたこの話をしているわよ?」
さすが天使様。
「俺は立派ですよ?」
「……あら、全くそうは見えないけど?」
「うわぁ、ひどいこと言うなぁ」
「事実だもの……いちいち不意をついてくるところとか、腹立たしいし」
「それは椎名さんがドジなだけですよ! てか、俺何も悪くないじゃないですか……」
「いいじゃない」
「よくないです!」
急な攻めモードな彼女に反論すると、今度はさらに追い打ちをかけてくるかのように頭を撫でられる。
「……いい子にしてないと、悪戯するわよ?」
「っ……⁉︎」
「あらぁ……興奮してるのかしらぁ?」
「い、いきなり何言い出すんですか……」
「仕返しよ」
「ずるいですっ」
「お互い様でしょ?」
ニコッとはにかむ椎名さん。
そんな笑顔に今日は俺が負けたのだった。
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