後編
「どれどれ。おや、壊れているね」
「古くて壊れちゃったんですかね?」
「いや、これは壊されているね。見てご覧、屋根に足跡がついているだろう? たぶんこれを踏み台にして、この奥の塀を越えたんだろう」
酷いことをするね、と夜見先輩はやや口の端を嘆かわしそうに曲げて、ため息を1つ吐いた。
「なるほど。壊された上にゴミ捨てられるなんて、神様が可愛そうですよっ」
「あっ。
「え?」
ちょっとむかっとした私は、段ボールを引っ掴んで持ち上げたところで先輩に止められたけど、箱の底が抜けて古びた小皿がいくつか落ちて割れ、もう1個木みたいなのが転げ落ちてきた。
「危なっ」
「
早足で近寄ってきて、私の足元を確認していた夜見先輩は、木みたいなのを拾って観察し始めた。
すると、
「――あーッ! お前! その祠壊したなーッ!」
急に後ろの方から、なんていうかこう、タヌキみたいな耳を付けた、巫女のコスプレをした女の子が私を指さして叫んだ。
「来たときには壊れてたけど……?」
「それじゃなくて、手に持ってるやつ!」
「えっ、ゴミだよ。これ」
「なるほど、段ボールで祠を〝再建〟したようだね」
「そうだぞ! もうお終いだぞお前! 何年かで死ぬぞ!」
「そんな理不尽な……」
「――でも、神様がいないようだ」
「え」
ズンズンとこっちに来ながら、物騒な事を言って私を責めていた女の子は、首を横に振った先輩の言葉に、
「そ、そんなぁ……」
女の子の勢いがいきなり
「どっ、どうしましょう……」
「とりあえず、泣き止むまでまって話を聞くのがいいだろうね」
「あっ、はい……」
感情ジェットコースターにオロオロする私は、おやおや、と目を見開いていた先輩が言う通りにしばらく待ってみた。
「なるほど。壊されたけど直せなくて、あんな段ボールで代用したんだ」
「……うん」
最初、夜見先輩が話しかけたけど、その雰囲気に怯えてちょっと逃げてしまったので、私が話を訊くと、先輩の予想通りに壊されたせいであんなことになったと分かった。
「夜見先輩。乗りかかった船ですし、なんとかして直してあげま――なにやってるんです?」
通路のある方を向いて喋っていた私の、少し後ろにいたはずの先輩がいつの間にか祠の前でしゃがんでいて、レンガぐらいの石材を持ってそれを眺めていた。
「君なら直したがるだろうし、どういう造りだろうかと思ってね。単純に積んであるだけだったから、力仕事するだけで済みそうだ」
さすが先輩。心を読んでるみたいに当ててくる。
早速、石に残った跡を頼りに私と先輩は石を組み上げて、完璧とまでは行かないだろうけど祠を作り直した。
「ふう。こんな物でいいですかね?」
「いや、あとは
「じゃあ買いに行かないとですね」
「いや、知り合いのツテで両方持ってきて貰っていてね」
拭うくらいには汗をかいている私へ、全然かいてない先輩がスマホを見ながらそう言うと、
「すごい……。元通りになってるよ!」
後ろから、祠の出来映えを見ていたタヌキちゃんが、目をキラキラさせてこっちを見つつ歓声を上げた。
「喜んでくれると苦労した甲斐があるよ」
「うん! ありがとうお姉ちゃんと……。ええっと……? 人?」
「人、と来たか。斬新でいいねぇ」
「ひっ」
タヌキちゃんが悩んだ末に出した呼び方に、先輩はなんか凄く嬉しそうだったけど、タヌキちゃんはその人間離れした笑顔が怖かったらしくて私の後ろに隠れた。
「……そんなに怖いだろうか?」
「えっとその、大人用歯磨き粉が子どもには辛いみたいなものかとっ。私は大好きですよ!」
流石に先輩もちょっとへこんだのか、少し目を悲しそうにしながら訊いてきて、私は慌ててそう言ってフォローした。
なんだかんだしているうちに注連縄とかが届いて、先輩が祠の屋根の下辺りに付けて、小皿とか徳利に色々入れてお供えして完成した。
素人がやっても良い感じになるんだなあ……。
「あり……、ありがとうございましたっ」
しみじみとなんか周りが厳かな空気になったその祠を見ていると、タヌキちゃんが声を裏返しながら私たちにお礼を言って頭をさげた。
「どういたしまして。神様、戻ってくると良いね」
「うん……」
「きっと戻ってくるさ。目印が分からなかっただけで、君が覚えていたんだから」
「ひっ……。あっ、うん……」
うれし泣きで涙がにじんでいるタヌキちゃんの頭を撫でていると、私の後ろにいた先輩が後ろで手を組んでひょっこり顔を出し、彼女はまた飛び上がって壁まで素早く後ずさった。
その様子に先輩は困った様に苦笑いして、うーん、と唸っていた。
「じゃあ、帰りましょうか」
「ああ」
ばいばい、とタヌキちゃんに手を振った私は、先輩のあとに続いて路地裏を進もうとして、
「あっ、あんな小さい子、こんな所に残し――あれっ?」
すぐに振り返ってタヌキちゃんを見たけど、まるで化かされたみたいに消えていた。
「夜見先輩っ」
「私も見ていないよ。きっと彼女は、その祠に
慌てて隣の先輩の顔を見ると、分かっていたみたいに穏やかな様子で、宇宙の様な瞳を細めていた。
「……ここを覚えてくれている人、いますよね……?」
「少なくとも我々がいるじゃあないか」
「でしたね」
でも祠だけはそのままあって、ビルの隙間からちょうど差し込んできた夕日がそこを照らしていた。
それは限りなく透明で、どこまでも濃紺な 赤魂緋鯉 @Red_Soul031
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