第4話(中継ぎ:菅部享天楽)
田賀村が家に帰り、部屋のドアを開けると、そこに一人の女性が立っていた。その女性は十二単を身にまとい、穏やかな笑みを浮かべている。そして肌は不自然なほどに白かった。確かにその場で動いてはいる。しかし、どこか作り物っぽさがある。まるで大きな日本人形が人間の真似事をしているかのようだ。
「はじめまして」
女性は面のように表情を変えずに一礼する。一方の田賀村は微動だにしない。状況が呑み込めず、思考が完全に止まっているのである。
「はじめまして」
二回目でようやく我に返る。「はじめまして」とオウム返し。そして、沈黙。
「いや誰えええ!!!???」
脳が再起動した途端に出てきた言葉は至極真っ当。思わず声が裏返ってしまった。田賀村の間の抜けた表情を見た女性はクスクスと笑った。
「これは失礼致しました。私は
人形神は淡々とそう答えた。
「いや、全然意味が分からない。なに人ん
「先程申し上げた通り、私は人形神。あなたに幸福を運びに参りました」
全く答えになっていない返事をされ、田賀村は再び硬直した。こういったところも作り物っぽいなあ、などと思いつつ、田賀村はこう言った。
「とにかく! 今すぐ出て行ってくれ! 警察呼ぶぞ?」
田賀村が玄関を指さしてそう叫んだ。しかし、人形神は出ていくどころか笑顔でその場に正座をした。田賀村はすぐさまスマホを取り出す。
「まあ、そう言わずに。私のお話でも聞いてくださいな」
「誰が不法侵入者に耳を貸すか」
「まあまあ」
人形神は手招きをして目の前の床をとんとんと叩いた。ここに座って話を聞けと言うことだろう。田賀村は聞いてやるものかと思いはしたが、人形神の目の前で胡坐をかいた。彼女、でいいか分からないが、その者からは禍々しいオーラのようなものが全身から溢れていいるように見えたからである。その要因の一つは再三田賀村が思っていることだが、人形神と名乗るソレから生気を感じられない点が挙げられる。田賀村も薄々「もしかしたら、こいつ自分にしか見えない神なのでは?」と思い始めた。
「何度も申しますが、私はあなたに幸運を運びに参りました」
「そこだけ聞くと新興宗教の勧誘にしか聞こえないんだよな。それで? 具体的にはどうやんの? まさか、俺がお布施を献上して、神を崇めて、本を買うってわけじゃないよな?」
「なんですか、それは? 幸運を運んで来るというのに、何故態々あなたがせかせかと動き回らないといけないのですか?」
人形神は口元を押さえて上品に笑うとこう続けた。
「私はあなたの欲しい物を何でもお出しすることができます。特別に何か出して差し上げましょう。どのような物でも構いません。試しに何かお申し付けください」
人形神は両手を床につけて丁寧に頭を下げた。田賀村は暫く考えてこう言った。
「じゃあ、マグロ。生きたやつ」
「面白いことを仰るのですね。畏まりました」
人形神は顔を上げると葛飾北斎の描いた『笑ひはんにや』のような奇怪な笑顔を作った。田賀村は思わず「ひえ」と情けない声を上げて体を仰け反らせた。人形神はそれを横目に手のひら床を数周、円を描くようにさすった。すると、そこに黒い空間が浮かびあがった。そこに両手を突っ込んでカツオの一本釣りのように両手を振り上げた。銀色の何かが宙を舞う。田賀村は急いでその場から離れる。どす、と鈍い音を立てて床に落下した。
「お、まじかよ……」
田賀村は目を丸くした。眼前に自分の身長以上の長さのあるマグロがぴちぴちと跳ねているのである。
「如何でしょうか? 金品、財宝、生物に人間……ありとあらゆる物を手中に収めることが可能でございます。もし、私の力を欲するのでしたら――」
「欲しいです!!」
亜空間にマグロを押し込みながら言う人形神に田賀村は縋った。少々不気味ではあるが、これに頼れば己の満願を叶えることができると思ったのである。その様を見た人形神は『笑ひはんにや』の笑顔をさらに歪ませる。
「良いでしょう。でしたら契約致しましょう」
「契約?」
「ええ、契約です。本当は私を作って祀るところから始めないといけないのですが……今回は特別になしとしましょう。その代わり、一つだけしてほしいことがあるのです」
「してほしいこと? お布施か?」
田賀村は息を飲む。人形神は首を横に振る。
「そのような物は必要ありません。お寺でお札を買ってきてほしいのです」
「札?」
「ええ、どうやら、あなたに厄災を振り撒く霊が沢山纏わりついているようでして。どうか、お願いできないでしょうか?」
人形神は再び奇怪な笑みを浮かべた。
人形神とは富山県砺波地方に伝わる憑物、または呪物のことをいう。
人形神の作り方はいくつかある。
例えば、墓場にある土を三年の間に持ってきて、それを三千人に踏ませ、その土で人形を作るというもの。または三寸ほどの人形を千個作り、これを鍋で煮る。すると一つだけ浮かび上がる。これをコチョボといい、中に千の霊が籠もっているという。
祀ると欲しい物をなんでも持ってくるといわれ、用事をいいつけておかないと「今度は何だ」と催促するようになる。
しかし、祀っている者が亡くなっても、人形神は離れることはなく、非常に苦しみながら地獄に落ちるといわれている。
「人形神は多くの怨念が籠もった呪物だ。人間が扱っていい代物じゃない」
商店街のファミレスにサブローとミエールとその友人達が集まっていた。
「デモ ヒンナガミ ハ ツクッタ ヒト二 ツクンダヨネ? ナンデ タガムラクン二 ツイテルノ?」
ミエールはふと浮かんだ疑問をサブローに投げかける。すると、彼は溜息をついて答えた。
「恐らく、田賀村の不幸を呼び寄せる力が強すぎて、それに反応した人形神が吸い寄せられたんだよ」
「Oh……ジュブツヲ ヒキヨセル チカラ……オソロシイネ」
「それにあの人形神、3004番っていうらしいから仮にミチヨって呼ぶけど。ミチヨはぼく達を排除しようと除霊用の札を田賀村に買わせようとしてるんだ。幽霊じゃなくて呪物で姿が見えるのをいいことに。田賀村に何でもさせられる。厄介だよ」
サブローは苦虫を嚙み潰したような顔をした。オレンジジュースに刺さったストローをくるくる回す。氷がカランカランと鳴り響く。
「ほしい物手に入って勝手に幸せになれるならそれでいいんだけど、アレはそうはいかない」
「ナンデダメナノ?」
「人形神はあくまで欲しいものを持ってくるだけだ。生成するわけじゃない。他所の家や店から盗んで来ることも珍しくないんだ。幸せを届けるとは言ったけど、前提として犯罪行為が絡んではいけない。検定基準に満たないどころか、上司から実態調査をされるよ。それで、呪物があるわ、札が貼ってあってあるわじゃもう何て言われるか……」
サブローは絶望的な表情で頭を抱えた。
「ミエール、お願い! 田賀村を説得してくれないか? ミエールにしか頼めないんだ」
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