第2話(先発:上坂涼)
黒ずくめの服装に、プラチナブロンドのオールバック。巷では魔法使いのおじさんとして呼ばれ、都市伝説にも登場するこの男には霊感があった。
誰が付けたか、名はミエール・ユーレイという。
仕事はなにもしていない。イギリス人の両親が残した莫大な遺産の恩恵を賜り、毎日を悠々自適に暮らしている。俗に言う生まれながらの勝ち組というやつだ。しかし周囲は彼のことを勝ち組だとは見ていない。常に寡黙で何を考えているか分からない世捨て人。それこそが彼に下された世間の評価である。
ただ、嫌われていたり敵視されているかというと、そういうわけではない。むしろ一目置かれていると言っても良い。彼の家にある立派な花壇では四季折々の花が咲き誇っているし、ペットのボーダー・コリーの毛並みはシルクの布のように光沢がある。身の回りのものに対して、人並み以上の気配りと愛情を注いでいることが一目見て分かるものばかりゆえに、善人の判を押されているからだ。
しかし寡黙な性格かつ感情をあまり表に出さないタチに加えて、無職の非社会人。決め手としていかがわしいもの代表の霊感持ちとくれば、近寄りがたい存在になるのは必至。
三二歳のミエールにとっての友達は、一般人には決して見ることの出来ないナニカだけだった。
ちなみに幽霊たちと交流をするために外出を繰り返しているせいで、挙動不審な行為ばかりが目立ち、一部の人達からはアヤシイ仕事をしていると思われている。
そんなミエールは女友達の幽霊と映画を楽しんだ後、商店街をのんびりと一人気ままに散策していた。
豪快な口上で魚の宣伝をしている魚屋の店主の背後で、恨めしそうに店主を見つめて直立している赤いドレスの女。朗らかな笑みを浮かべて、焼きたてのパンを売り場の編みカゴへ並べていく女性店員の腕にまとわりつく赤い手。
ミエールには、決して人が口を割らない秘密も見えてしまう。霊感を手にして間もない十代の頃は悩みのタネだったが、すっかり慣れた今となっては話のタネである。
「あらミエールさん。魚屋の大将の話、聞きました?」
「あと楽器屋の奥様の話も!」
とんかつ屋の前でバタリと親しい奥様方と出くわした。奥様方は幽霊になっても井戸端会議をする。ミエールは彼女らにニコっと笑って「コンニチハ」と挨拶をして、しばし霊談に花を咲かせることにした。
幽霊が見えるようになって思い知ったのは、人には二面性があるということだった。
十代の頃、親友とも言うべき人間の友人が一人だけいた。彼は正義感が強くて情熱的だった。思いやりがあって、困っている人がいたら見過ごすことができない性格をしていた。だが、霊感を手にした時から彼の後ろに妙なものが見えるようになった。
それは身体の半分以上が腐り落ちた犬だった。以来、彼と会うたびに犬の姿を目にした。四六時中、どんな場所でも彼の後ろをトボトボと付いてきているようだった。
最初は彼に飼われていた犬が亡くなったのだろうと思っていたのだが、彼の後ろを付いてくる動物の数は日に日に増していった。不審に思ったミエールは彼を尾行し、ついに決定的瞬間に立ち会ってしまうことになる。動物を虐殺している瞬間を。
ミエールはその日以来、彼と縁を切った。彼に付いてくる動物の数は覚えている限りで三十を超えていたとミエールは記憶している。
「デハコレデ」
奥様方との霊談を終え、ミエールは商店街の散策に再び戻った。思い出してしまった嫌な過去が頭から消えてくれない。思い出してしまったのはきっと、楽器屋の奥さんが野良猫をさらっては、家で調理して仲の悪い姑に食べさせているという話を聞かされたからだ。
動物に酷いことをする輩には反吐が出る。いつしか命を奪われた彼らに代わって、報復してやりたい。
なにか。なにかこの胸に粘っこく貼り付いたモヤモヤを吹き飛ばすようなイベントはないものか。
ミエールが商店街の端から端を五往復した頃。二階建てアパートの入り口で、膝を抱えて俯いている薄水色の着物を着た少年を見つけた。
「ドウシタノ?」
ミエールは少年の隣に腰を下ろして顔を覗き込んだ。そしてあまりにも見事な落ち込みようにわずかに目を見張った。漫画家の誰もが『ずーん』という文字を浮かべることだろう。
ミエールは少年の返答を待ったが、顔すらこちらに向けてはくれなかった。
「ネエ、ダイジョウブ?」
負けじと再度話しかける。今度は手も顔の前にかざしてみる。
「……え?」
すると反応があった。ゆっくりとミエールへ顔を向けてその姿を認めると、今度はぼーっと彼の顔を見つめ続ける。
「エット……ナニ?」
「ぼくが見えるの?」
「ウン。ミエルヨ」
にこっと笑うミエール。少年は表情を一切変えずにぽつりと呟いた。
「すごい」
「エ、ウン。ハハ。ボクミタイニ、ユウレイガミエルヒトハ、スクナイネ」
「うん。生まれて一年経ったけど、初めて会った」
少年の言葉を聞いて、ミエールは内心驚いた。ミエールにとっても初めて会う種類の霊だったからだ。
「ヘエ。モシヤ、カミサマノヒトリ?」
「うん。まだ新米だけど、いつかはビッグな神様になるんだ」
霊は霊でも神の霊。確かに意識を集中してみれば、禍々しさを微塵も感じない。清浄で健全な澄み切った魂を持っている。それはまぎれもなく神霊である証明だった。
「キミハ、ナンテカミサマナノ?」
「座敷わらし」
「オオ。ザシキワラシ!」
「の、見習い」
少年が再び『ずーん』という文字が浮かびそうな姿勢に戻ってしまう。
「ミナライ?」
「うん。見習い。お家わらしって言うんだ」
「ヘエ」
これは面白い。と、ミエールは内心で笑った。どうやら人間社会と同じく階級があるようだ。
こんな場所ではなんだからと、二人は商店街のファミレスに移動して、ミエールはお家わらしの少年の話を親身に聞いていった。
日が傾き、襟元を緩めた会社員たちが窓の外を行き交うようになった頃には、すっかりとお家わらしの事情を理解することが出来ていた。
少年の名前はお家わらし三六番。お家わらしは皆、番号で呼ばれるそうで、一人前として認められて座敷わらしとなった時に初めて名前を与えられるという。これはわらし界の伝統だそうで、サボらずに一生懸命名前持ちを目指して頑張れという想いが込められているらしい。
「チョット、オイエワラシクン、ッテイウノモ、サビシイカラ、サブロークンッテ、ヨンデイイカナ?」
オレンジジュースの入ったグラスから伸びるストローを加えたまま、サブローはこくりと頷いた。
「ジャア、コレカラドウシヨッカ。マズハ、タガムラクンヲ、ドウニカスルトコロカラカナ」
サブローがまたこくりと頷く。
「このままじゃ。座敷わらしなんて夢のまた夢」
「ダヨネー」
ミエールがサブローから聞いた話はこうだ。彼が取り憑いているアパート『安井荘』の住人の一人である田賀村生一の不幸を呼び寄せる力が強烈過ぎて、サブローの幸せをもたらす力が負けてしまっているという。
田賀村以外の住民にはそこそこの幸せを与えることが出来ているようなのだが、お家わらし検定基準は取り憑いた家単位。つまり住民全員に幸せを分け与えることが出来なければ、次に取り憑く家を選べない。いつまでも同じ家でくすぶりつづけることになる。
サブロー曰く、田賀村は自分にとって疫病神なのだそうだ。神様に疫病神認定される田賀村の不幸体質とはこれ如何に。人生初めての神様ジョークにミエールは感動すら覚えた。
「お城わらしとかタワマンわらしなんてものは都市伝説」
「アハハ」
お城わらしというのは、わらしたちの最大の目標にして、終着点である最高の地位だという。お城に取り憑くわらしなわけだが、城の数は日本全国で見てもかなり少ない。だからこそ選ばれし者だけが手にすることが出来る地位というわけだ。
しかし、わらし界もここ最近でグローバル化が進み、お城わらし以外の選択肢が増えた。その一つがタワマンわらしである。他にも大聖堂わらしや、ピラミッドわらしなども存在する。
「デハデハ」
ミエールは両腕を机の上に置き、身体を前に倒した。田賀村を幸せに導く作戦会議を始めるために、気持ちを引き締めたのだ。
「え?」
サブローがわずかに目を見張った。なぜなら――店内にある空席が幽霊で全て埋まったからだ。ミエールが親しげなまなじりを幽霊たちに向ける様子から、彼らはミエールの友人であることをサブローはすぐに察した。
「サッソク、サクセンカイギトイコウカ」
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