八十五件目 お岩・戯 【続】

痛い。

痛い。

痛い。

痛い。

いたい。

痛い。

いたい。



私に酷く似た女の泣く声と、旦那に酷く似た男が怒号を露わにし怒鳴る声。何時ぶりかに思い出したこの苦い思い出は、私の涙腺を強く刺激する。

「戯さん、は…?戯さん、何処でしょうか…」

何度も声をかけても、彼の姿は見当たらない。お岩一人がちょこんと座っている、殺風景で面白みのない暗闇の教室、頼りになる明かりは非常口と書かれた緑色の薄暗いライトだけである。

「…この部屋にはいないってことは、ほかの場所にいるのかしら…。取り敢えず此処から出てみないとわからなさそうですね…」

表情を強張らせながら立ち上がろうとすれば、気配を決して背後に立っていた兎の被り物をつけた人物、兎Aに、強制的にまた椅子に座らされる。

「もう少しでお食事の時間となります。ゲストの方もそろそろお見えになられる筈ですのでお待ちください。」

いまいち状況が読めない中、お岩は自分の不甲斐なさに苛つきを感じ、視線をしたに下ろし拳を強く握りしめた。そこで先程まではノートやペンの一つも広げられていなかった机に、上から神社の門と”はい”と”いいえ”の選択肢、あ行からわ行の文字、そして数字が書かれた紙に加え、10円玉が置かれている。紙を裏返してみると、こんなことが書かれている。

”指切りげんまん 嘘ついたら針千本飲ます”

「何これ…子供の悪戯?それとも此処の学生が書いたのかしら…」

言葉の意味を自己解釈していると、背後から声を掛けられた。

「ところでお嬢、お腹は空かれていますよね?」

紙の文面に集中していると、 

「ひっ、だ、誰です…?そ、..それに私おなかは空いていませんので、」

「まァまァそう仰らずに。貴方の好きなものをご用意しましたので。…おや、ゲストの方もお見えになられたようですね。」

先程の兎の被り物をした人よりも、より男性らしい声の兎Bは入口へと向かい、入室してきた客を丁寧におもてなす。

「おぉ~~~~!!!…って、悠寿居る訳じゃないんじゃん!俺の事騙したっしょ?っって、おい!!扉閉めんな、てか鍵かけるなーー!!!」

首から上が無い、胴体のみの腹に栄養を蓄えている様な体型の男がどすどすと音を立てて入ってきた。彼もまた、お岩と同様に制服を着ているが、自己流の着こなしを個性として表に表現している様なファッションセンスの持ち主という言葉が似合う世界観を感じた。

「ん?あれ、先にお客さんいたんだねぇ。…てぇ、これじゃ怖いか。ごめんねぇ。先刻割と大きめの強そうで興味深い狐さんの生涯を見届けてたらさ、何かね俺の首が急に跳ねちゃってさ。でも俺それを最後まで見てたかったから首だけしまってたんだよね。君もそーゆーことあるでしょー?」

男は自分の腹部を露わにすると、腹から本人の顔らしきものが零れ落ち、標準寄りの筋肉質な腹へと変化した。

「い、いや…べつに、ない、です。…あ、でも、」

「でも?」

「き、きつね、さんの生涯、って…」

ふと男の発言に引っかかるところを感じ単刀直入に質問するお岩をよそに、自分の顔を首に連結させることに必死になる男は、用意された椅子に座り、耳だけお岩の方に傾けた。その一方、お岩は先程の紙の内容を思い出し、身体に緊張が走る。

「時間切れです。お座りください。」

兎Aがいつの間にか手に持っていた砂時計を向け、兎Bと共同して二人の首にわざとらしく音を立てて首輪を嵌めた。

「え”なにこれ。君達そういう趣味のあるタイプ?やーーだーーーやらしいっっ!!俺がまだ誰のものでもないからって卑怯だぞ♡」

目の前の男は、嫌がっているのか寧ろ凄く楽しんでいるのかよく解らない反応だが、お岩からの質問には答える気がなさそうに話題を無視した。

「”指切りげんまん 嘘ついたら針千本飲ます”という言葉はご存じでしょうか。その首輪は、一定数の嘘を感知すれば、その首輪から身体中に毒が注入され、まるで一万回殴られた様な痣の様な痕が生まれると共に、無理やりこじ開けた甲状腺から針を千本飲ます、という仕組みになります。」

兎Bは機械的で無垢な声で説明を終えると、人形の様に硬直し動かなくなった。

「うわ変な趣味。聞かなきゃよかったかも。…あ、そういや君名前何だっけ?因みに俺はねぇ、キコ」

紫色のウルフカットヘアを指に巻き付け、机に肘を付き恍惚とした瞳を浮かべせ、男は云った。

「お、…お、岩…」

「へぇ。お岩ちゃんっていうのか。短い間だけど、遊戯が終わるまでの間はよろしくねぇ」

じっと見つめられることに若干の戸惑いを持ちながらも素直に答える彼女に、若干後ろめたい感情を持ったキコ。だが、一瞬の気の緩みを許した直後に扉から感じた気配に向かって、兎の監視にばれない様に躊躇しつつも、ナイフを手に取り、扉の方へと勢いよく平行に投げた。刺さった扉からは鮮血が流れ出ている。

「え、ぇと…キコ、さん?」

「ん、何か来てた気がしたから俺なりにおもてなししただけよ。…さ、いるんでしょ、狐君こっくりさん。早くコッチに来たらどう?」

キコが何も見えない扉に向かって手招きをする。こっくりさんの姿は現れない代わりに、電灯が消えたと思いきや、教室に合わない洋風の長方形の長い机に白のシーツが引かれ、真ん中には変わり果てた姿の戯を侵食する凧の足が巻き付く生々しい絵面が視界を埋め尽くす。

「あ…ッ”、ぁ、あ?そ、そばえ、しゃ、ぅ、あああァ…」

思わず椅子から転げ落ちそうな驚き方をするお岩に、キコは首をこてんと傾げながら”いただきまーす”と手を合わせる。

「たこ足もいいけど、最初はももにしようかなァ」

「承知しました」

兎Aにもも肉を削ぎ落す様に指示を出せば、容赦なく彼の身体にメスを入れて肉を削ぎ始めるのを、あっけらかんとした表情で見つめることしかできなくなったお岩に、マイペースなキコは削ぎ落した戯の肉を彼女に勧めてみる。

「ん、食うか?」

お岩は歯を食いしばり乍ら、首を横に振る。

「…なら之はどうだ、お岩」

しゃっくりが出る間隔に比例し涙が溢れ出して前がよく見えない。ただ間違いなく聞き覚えのある、今お岩の心配を大いに消し去る安心材料と言っても善い声だ。

「な、ンで、すか。これ」

「なんか、その、…柔らかいやつだ。俺に聞いて分かるとでも思ったのか?気になるなら先生にでも聞け」

食卓に変わり果てた自身の姿があるのにも関わらず、特に動揺する姿もなく、不思議そうに二人を眺めつつも気にせず肉を頬張るキコを見、皿に乗っている肉を横取りして口に含んだ。

「偽物にしては割といける味だな」

戯の発言に対して、キコはすかさず質疑する。

「偽物?先刻悠寿達にボロクソに攻撃されて、挙句の果てにお陀仏さん状態だったくせして、ちゃんと生きてるんだね君。やっぱ狐だから?狐はうそつきだから?それでもやっぱ身体以外に、精神にはしっかり傷が残ってたりして。」

キコは瞳孔を開き、ゆっくりと戯に近づこうとする。戯へと手を伸ばすも、一定の所でぴくりと動きが止まり、先程人形の如く硬直して動かなくなった兎Bの様に静止している。

「…如何した、お前。飯に毒でも盛られたのか?…おい、返事をしろ」

戯は異変を感じ体を揺すったりしてみるが、キコはびくともしない。代わりに溶けだした目玉、開いたままの口からは、

’’お前の負けだよ’’

’’ばーかばーか”

”誰が捕まってたまるか どうせならお前らもつれていってやるもんね”

”うそつき!”

キコの身体が蓄音機の様な役割をしているのか、徐々に音が大きくなる。戯は暫く耳を澄ましてる最中、男の瞳が獣特有の獲物を狙う瞳を秘めているのを感じ取った時、お岩を紳士に抱え、三人の鬼から逃げる様に走り出した。

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そのお惱み、成仏します。 比嘉パセリ@2月に更新予定 @miyayui

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