男の名は、別所育蔵

「いやあ、別所さん。あなた運がいいんだか悪いんだか」

 吉村よしむらと名乗った刑事は、病室に来るなり、用件に入った。怪我の他、むち打ちの症状が出ている別所にとって、なるべく時間を掛けないでもらえるとありがたい。

「飛び降りたのは女性で、都内の高校の生徒だと分かりました」

「遺書でもあったんですか」

「遺書? いえいえ」

 何がおかしいのか、微苦笑を短く浮かべた刑事は、すぐに真顔に戻して続ける。

「持ち物から判明したんです。それに、仲間がすぐに現場に来ましたんでね」

「仲間?」

「はい。四人いて、うち二人が同級生、残り二人が先輩の社会人と大学生。連中に話を聞いたら、道の駅のレストランであなたの動向を見張っていたと認めましたよ」

「は?」

 思い当たる節はあったが、見張られていたとは穏やかでない。

「先ほど、別所さんは女子高校生が自殺しようと飛び降りたと想像されたようですが、仲間の話を聞くと違いました。ある言い伝えを実行しただけだと」

「言い伝えで飛び降り自殺紛いのことをやりますか」

「まあ聞いてください。私も初耳だったんで、驚かされました。ときに別所さんは、主人公が異世界に転じて活躍する類の小説を読まれます?」

「質問の意図が分からないが、読みません。たまに深夜アニメで見たことがある程度かな」

「では、かいつまんで話しましょう。地球に暮らすごく普通の人間が異世界に転じるには何らかのきっかけがあってしかるべきで、中でも多く描かれてきたパターンが、大型トラックに跳ねられるというものらしい」

「はあ」

「大型トラックに跳ねられたら異世界に行けると、一部の人々の間では半ば都市伝説化しているようでして。ただし、トラックなら何でもいいって訳じゃあない。伝説には何だかんだと条件が付けられ、簡単には達成できないようになっている。その条件も時期によって変わるんですが、今重要なのは、約三ヶ月前から囁かれ始めた条件。大型トラックに関する条件です。1.伊勢志摩ナンバーである。これは異世界と伊勢を掛けたようです」

「え、駄洒落?」

「そういうもんらしいですよ。これで驚いていたら、着いて行けなくなります。2.ナンバーの上二桁は10。こちらは転生・転移の転と英語のテンです。そして最後の三つ目。これがあやふやで、伝説を達成しづらくするための条件にも思われるのですが……3.ドライバーがいかにも異世界に連れて行ってくれそうな名前の持ち主」

「……確かに1と2は僕のトラックに当てはまりますが、3は?」

「彼女らの解釈では、ドンピシャみたいですよ。別所育蔵さん、お名前を分解すると、“別のところに行くぞ”となる」

「ばかげてる」

「同感です。だが、一部の者は信じた。『プレートにある名前を見たとき、この人だ!と身体に電気が走った』と表現した子もいました」

「……」

「聞いたところでは二ヶ月に十五件ほど、飛び出しの事案に遭われたとか。恐らく、その飛び出してきた連中も同類なんでしょう。あなたの名前とトラックが異世界への切符に見えた」

「そうか……」

 もやが晴れていく心地を味わう別所。見張り云々にしたって、女子高生が目当てのトラックに飛び込めるよう、仲間が別所とそのトラックの動きを把握し、携帯端末でタイミングを教えるためだったんだな。

「刑事さん、わざわざ知らせてくれてありがとうございます。こう言っては不謹慎かもしれないけれど、この大きな事故のおかげで、今後は都市伝説を信じて飛び込む人もいなくなるでしょうし、自分にとっては不幸中の幸いだったかな……」

「えっと、それが言いにくいのですが、別所さん」

 刑事はボールペンのキャップの方で、耳の後ろ辺りを掻くポーズをした。

「もしかすると、逆に信じる人が増える恐れが」

「ど、どうしてですか」

「あなたはまだ聞いてなかったようですが、飛び降りた女子高生、命を取り留めました。軽傷と言っていいレベルらしい」

「それはよかった」

「で、回復も早くて、もうみんなとおしゃべりできるくらいでして……本当なのか夢でも見たのか、『少しの間だけど異世界に行って、色々体験してきた』と話しているんですよね」

「……」

 退院したら、とりあえずナンバープレートをノーマルタイプに戻したい。そう願う別所だった。


 終わり

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行ってみたいと思いませんか 小石原淳 @koIshiara-Jun

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