3.

 報炉は、上げた足を振り下ろす。


 残るもう片方の腕関節を踏み砕く。絶叫。続いて右手指。失禁。左手指。砕かれる音。右足首。枯れる叫び。左足首。もう声すら出ない。右脚関節。白目を剥いて泡を吹き気絶。左脚関節。再び激痛と共に覚醒し泡を飛ばす。

「やめ、やめて……っ!」

 あまりに容赦の無い処刑に、妹は静止を求める。凄惨な行為に胃が中身を押し戻そうとするが、生憎、内容物はない――兄妹は今日を食い繋ぐので精一杯なのだ。

 そんな叫びを聞いて、報炉は次に少年の頭に向けていた止めを刺そうとしていた足を止めた。おもむろに地面に下ろすと、妹の方へと振り向く。

 悪辣な、笑みを浮かべていた。


「嗚呼、そうだよなァ。自分の大切な人を亡くすのは、その歳じゃ辛いよな」


 相変わらず優しい声のまま妹の方へ寄る。

「や、めろ」

今度は兄が制止する。

「ひなり、に、手、出すな……っ!」

 無視した。ひなりの髪の毛を無造作に掴んで持ち上げる。痛い、痛い、とパニックになって手足を動かすが、報炉には全く堪えない。

 そして、尖った瓦礫の前に立ち止まる。

「お前ら、俺様を喰おうとしたんだろ?」

 悪辣な笑みを浮かべたまま、悪意の塊を言葉に混ぜて吐き捨てる。

「駄目だぜ! 喰われると常に思いながら喰いにかからなきゃあ! 自然界の第一鉄則だ、冥土の土産に覚えとけ!」


【……■て】


 その瞬間、報炉の頭の中にノイズ混じりの声が響く。間違いなく、絡生の声だった。

 ぎゃは、と笑う。

「おいおい、態々わざわざご足労なこった。俺様のお手軽見に来たのかよ?」

【■願■、や■て】

「聞き取れねえなァ」

 報炉は、少女の体を持ち上げた。

 史上最低最悪な生放送が幕を開ける。


「さぁて! お料理コーナーの時間だ!!」

「や、やだ。やだやだ! にぃに、たすけ――」

 少女が首を振るのも構わず、可愛い顔面を尖った瓦礫に向かって叩きつけた。

 鼻が潰れる音がした。血が飛沫く。

「ぎゃ、ああああああああああっ!!」

 妹は絶叫した。

【■■て!】

「や、めろ……っ!」

 ノイズの混じった絡生と兄が叫ぶ。

「聞こえねえなァ」

 次は右目を潰した。骨も砕ける。

「あ、ぎゃ」

か細い叫び。

【お願■、こ■■上はっ!】

「やめて、くれ……ぇ」

 まだノイズの混じる絡生と兄が懇願する。

「聞こえねえなァ」

 左目。頬も抉れた。

「ぅ、え」

死にかけの声が漏れる。

【も■……ああ……】

「……ぅ、ぅ」

 絡生の声はノイズが取れてきたが、もう遅かった。遅きを察した兄は声を失している。少女の手足は人形の様にぶら下がっていた。

「聞こえねえなァ? んじゃ、仕上げと行くか」

 思い切り振り上げ、喉を瓦礫で抉った。頸椎もついでに砕ける。これが止めとなり、少女の命の灯火は簡単に消え去った。

「完・成!」

 報炉は少女の顔を掲げた。目と口の位置が辛うじて分かるだけで、後は血と肉でぐちゃぐちゃになっていた。

 悪意というスパイスを過剰に振り掛けた、少女チャイルドミートパイの完成だ。

【な、んて、こと……】

 絡生は顔面蒼白風の声を絞り出す。

 一方の少年は、顔の潰された妹を目の前に投げ捨てられる。手も足も全て潰された彼は、もう顔をマッシュされた妹の亡骸さえ抱きしめることも出来ない。

「あ、あああ、ひま、り。


ひまり。


ひまりひまりひまりひまりひまりひまりひまりひまりひまりひまりひまりひまりひまりひまりひまりひまりひまりひまりひまりひまりひまりひまりひまりひまりひまりひまりひまりひまりひまりひまりひまりひまりひまりひまりひまりひまりひまりひまりひまりひまりひまりひまりひまりひまりひまりひまりひまりひまりひまりひまりひまりひまりひまりひまりひまりひまりひまりひまりひまりひまりひまりひまりひまりひまりひまりひまりひまりひまりひまりひまりひまりひまりひまりひまりひまりひまりひまりひまりひまりひまりひまりひまりひまりひまりひまりひまりひまりひまりひまりひまりひまりひまりひまりひまりひまりひまりひまりひまりひまりひまりひまりひまりひまりひまりひまりひまりひまりひまりひまりひまりひまりひまりひまりひまりひまりひまりひまりひまりひまりひまりひまりひまりひまりひまりひまりひまりひまりひまりひまりひまりひまりひまりひまりひまりひまりひまりひまりひまりひまりひまりひまりひまりひまりひまりひまりひまりひまりひまりひまりひまりひまりひまりひまりひまりひまりひまりひまりひまりひまりひまりひまりひまりひまりひまりひまりひまりひまりひまりひまりひまりひまりひまりひまり」

 四肢を破砕された少年は、心さえも完璧に破砕され、自動再生機能を使っているかの如く延々と同じ言葉を垂れ流し始めた。

 あまりにも酷い光景に、絡生は。

【……報、炉】

「お? 漸くちゃんとお前の声聞こえるようになったな。感想でも聞こうか。どうだったよ、俺様の料――」

【どうして、あそこまでしたのよっ!!!】

 声を荒げた。そこに乗るのは、ただ怒りだけ。

 それに対し、報炉はシンプルに一言で答えた。



 絡生は、報炉が何を発したのか、全く理解できなかった。

 だから、聞き返した。

【……何、だって?】

「もう一度分かりやすく噛み砕いて飲み下せる様に言い換えてやろうか? 

 聞いた瞬間。

 絡生の中で、何かが切れた。

 それはきっと、理性と呼ばれるものだ。

【っ、あ、ああああああああああああっ!!】

 声にならない怒りを叫ぶ。

 報炉はぎゃははっと笑いを浮かべる。

「何怒ってんだよ? 殺しに大層な理由が必要か?」

【違う! そもそも殺しなんてすることが間違っている!!】

「ご大層なこった」報炉は片手間に、狂って妹の名前を呟き続ける、名前も知らぬ少年の首の骨を折ってやった。少年の声が静かになると、いつもの下層エラーらしく、辺りから怒号と悲鳴が聞こえて来るばかりになる。

「お前、俺様が記憶端子メモリバスを使わなかったらどうなるか分かってんのか? 死んでたぞ?」

【だからって、殺して良い理由にはならない!】

「同時に、殺さなくて良い理由にもならねえな」

 屁理屈を並べる報炉はまだまだ舌を回す予定であったが、うつろうつろと体が揺れてしまう。意識を保てる限界が近いのだ。

 また時間が長くなったな――そう思いながらも、そんなに時間がねえなと要点を纏めて伝えることにした。

「なァ、いい加減分かれって。俺は殺したいんだ。本命は基盤政府マザーボードだが、それ以外も殺せるなら殺したい。そういう衝動があんだよ」

【……一生分かりたくも無い】

「分かってもらうつもりもねえよ」


 ここで意識が入れ替わり、髪が赤から黒に戻る。再び体の痛みに襲われ、絡生は耐え切れず地面に倒れた。


 しゃがみ込んでニヤリと見下す赤髪の男の幻覚に、敵意を向けながら言葉を続ける。

「……ええ、そうよ。分かるつもりも無い。お前とは、何があっても相容れない」

【だなァ。その『何があっても相容れない』ところだけは同意するが】

 ぎゃははっ、と報炉が笑う。その笑い声すら、絡生は遠くに感じる。

 あまりの激痛と疲労と空腹とで、意識が落ちそうなのだ。

 それでも、これだけは布告しておきたかった。

「……絶、対」

【あ?】


「絶対――お前なんかにこの体を明け渡すものか。私は、生きるんだから」


 それを聞いた報炉は、いつもの下品な笑い声を上げず、ただ口元を歪めた。

【――いいね】

 実に、楽しそうに。

 新たな玩具を見つけた子供の様に。

【精々抵抗してみるこった。お前がどんなに努力したところで、俺様は――】


 報炉の言葉はまだ続いていたが、その続きを聞くことなく絡生は意識を落とす。






 ざっ、と。

 気絶する絡生の近くに足音が鳴る。

 彼は、少しの間黙って絡生を見下ろしてから、襟元を掴んで肩に乗せた。

「……」

 傍らに、幼き少年少女が転がっているのが見える。

 歯を食い縛り、両目を一秒だけ伏せて冥福を祈ってから、絡生を抱えて足早にその場を立ち去った。





To Be Continued.

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D.D.G. -Hope to Live, Want to Kill- 透々実生 @skt_crt

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