煙消えて

『高尾荘』101号室の住人、戸田梅子はひどく迷惑していた。


毎日のように取材に来るマスコミ、警察関係者。

その応対をしなければならず、普段することのない化粧をしたり、無理して余所行きの服を着て暮らさなければならない。

インターホンは日に何度も鳴るし、落ち着いてテレビを見ることもできない。


二階の205号室に住んでいた住人がボヤを出し、アパートは戸田梅子が住んでいた部屋の反対側を半焼してしまった。


深夜、消防車と救急車の騒がしい音で起こされ、その後、消防隊員がけたたましくドアを叩く音が聞こえ、外に連れ出された。


屋外には何か甘ったるいような生臭いような、嗅いだことのない匂いが立ち込めており、思わず吐きそうになった。


火が消し止められ、焼け跡からは高齢男性と思われる焼死体が見つかった。

死体の損傷は激しかったが、発見されたのが205号室であったこともあり、住人の八重樫五郎に間違いないとの話だった。

出火原因は煙草の不始末ではないかと消防隊員は話していたが、火勢のわりに火は延焼が遅いと、首をかしげていた。


火が戸田梅子の部屋に到達する前に消し止められたのは不幸中の幸いだったが、建物の半分以上が燃えてしまっては、近く立ち退きを要求される可能性が高い。


『高尾荘』は傷みがひどく、汚らしい見た目だが慣れてしまえば家賃も安く、隣人もボヤを出した205号室の老人だけなので、近所付き合いが煩わしくなくてよかった。



ピンポーン。


ああ、またチャイムが鳴った。

話す事なんかもう何もないのに。


「はい、今、開けます」


食べかけのサラダせんべいをテーブルの上に置き、重い身体をよっこいしょっと動かし、ドアに向かった。

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反魂香 高村 樹 @lynx3novel

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