③ したたかな後輩ネムちゃん
「うーん。あ……」
『思い出した? ネムちゃんが俺に言った失礼なことって何だったの?』
「いえ、それは初の共同任務のときではなかったみたいです」
『え!? あのときもたいがい失礼だったけど、その中には一つも失礼の自覚がなかったってこと?』
「むしろ先輩が私に失礼でした」
『マジかこいつ。まあいいや。そのときじゃないなら、そうだなぁ……。あ、プライベートでバッタリ会ったときのことだけど、ネムちゃんが俺の名前を間違えたことかな?」
「あー、たしかによく間違えてましたね。先輩、珍しい苗字ですもんね」
『欲しければあげるよ』
「いま、さりげなく求婚しました? 絶対にいりません」
『あっそ。べつにいいも~ん。ネムちゃん、料理できなそうだし~』
「失礼な!」
『ネムちゃん、包丁とか使えるの?』
「使えますよ。野菜を切るのは苦手ですけど、人を切るのは得意です」
『料理って、殺しのバリエーションの話じゃないからね』
「あ、そういえば、何気ない雑談のときに失礼なことを言ってしまった気がします」
『趣味の話とか?』
「先輩が最近ハマっていることって何でしたっけ?」
『バランスの悪い所にコップを置いて牛乳を
「うわっ、しょうもなっ!! ベ○マークを集めている私を見習ってください」
『なんでそんな新鮮な反応をするの? この話は前にもしたでしょ?』
「ベ○マークの協賛会社はいま現在、98社のうち52社が欠番になっているんですよ」
『前回そこまでは聞いてなかったな。ネムちゃんはベ○マークのガチ勢だったか』
「これくらい常識ですよ」
『そんなわけないだろ。ネムちゃんにだけは常識を語られたくないな。じゃあさ、ネムちゃんは三文字の県名を3つ言える?』
「もちろん。神奈川、神奈川、神奈川。はい、のべ3つ言いました」
『なるほど。知識はともかく、知恵だけはあるようだ』
「知識はともかくって、それ、わざわざ言う必要ありました? そういう小さなプライドが先輩の株を下げるんですよ」
『ネムちゃんさあ、謝罪する気持ちはあるの?』
「え、私に謝罪を求める人がいるんですか? そんな人がいるなら全員教えてください」
『全員って、組織の? 全員に謝るの?』
「全員殺します。そうすれば私のせいで怒り悲しむ人は一人もいなくなりますよね?」
『なんて奴だ。ネムちゃん、俺にどんな失礼なことを言ったか思い出したいのって、俺に謝りたいからじゃないの?』
「そんなわけないじゃないですか。それと同じことを何度も言って先輩を
『あーあ、話に付き合うんじゃなかった。俺はネムちゃんに何も失礼なことは言われなかった。いいね? 過去に
「それじゃあ先輩が過去の人みたいじゃないですか。先輩はいまでも
『
「あ、かわいくないです」
『あー、悩ましい!」
「先輩、いつも恥ずかしい顔してますもんね」
『失礼だな、ほんと! それを言うなら難しい顔な』
「え、間違ってませんけど。勝手に私の言葉を訂正しないでください。根に持ちますよ?」
『厄介! おまえは厄介な奴かい? なんつって……』
「はい、いまのメモしましたー! 発言者の名前を添えてしっかりメモしましたー!」
『勢いすごっ! メモしてどうするの?』
「SNSで拡散します。参考までに
『わお、人のギャグを潰そうっていう熱量がすごい! 俺じゃなきゃ心が折れてるね』
「ところで先輩、もしかして本部に向かってます?」
『うん。まさかと思ったでしょ? 裏の裏が表になる人は凡人さ。AとみせかけてB、とみせかけてAではなくCでなくちゃね』
「もしかして、司令を殺しに向かってるんですか?」
『そうだな。俺の抹殺指令なんて司令くらいしか出せないからな。司令を始末すれば、ネムちゃんは俺を殺さなくて済むだろ?』
「先輩、そんなに私のことが好きなんですか?」
『まあね。どっちにしても、司令を始末しないと俺の抹殺指令は消えないからな。追手が誰であろうと、司令は始末せざるを得ないんだよ』
「先輩、私ってこう見えて恋バナ好きなんですよ。先輩は私のこと、人間として好きなんですか? それとも後輩として? はたまた恋愛対象として?」
『あ、おまえ、いま会話を恋バナに誘導しようとして失敗して強引に軌道修正したな?』
「うっさい! で、どうなんですか!?」
『とりあえず、人間として好きだけは絶対にない』
「ひどいですね。そこは建前でも全部って答えるところでしょう?」
『なんで先輩の俺がおまえに建前を使う必要があるんだよ』
「じゃあ後輩として好きか、恋愛対象として好きか、どっちなんですか?」
『うーん、半々かな』
「やだ~。先輩、私のこと女として見てるんだ~」
『やっぱり追手を先に始末するか?』
「で、私のどこが好きなんですか~?」
『ブレねぇな、おまえ。そうだなぁ、俺はプライベートだと腰が重いから、そんなときに背中を押してくれるところとかかな』
「なるほど。私、先輩がゴネたらよく尻を叩いてますもんね」
『ねぇ、同じ意味の慣用句なのに、わざわざ失礼な表現に言い換えなくてよくない?』
「先輩。実は私もね、先輩のこと、言うほど嫌いじゃないんですよ」
『ほう、まさかのデレ要素!? その心は?』
「私から見た先輩の最大の長所は、冗談が通じるところです」
『だろうね。冗談が通じなかったら、ネムちゃんとは十秒も会話してられないよ』
「対照的なのが司令ですよ。司令の最大の短所は、冗談が通じないところです」
『あー、もしかして、この前のこと根に持ってる? 司令にこっぴどく怒られてたもんな』
「はい。せっかく私がガイガーカウンターを握りしめて倒れているっていう
『そりゃそうだろ。放射線測定器を握りしめて倒れている奴がいたら、放射性物質が近くにあって、そこらじゅうが汚染されているって思うだろうよ。それ、かなりタチの悪いイタズラだぞ』
「でも、私が持っていたのはガイガーカウンターですよ? それですぐに計測したら、放射線なんて出てないってすぐ分かるはずなのに」
『いやいや、そんな光景を見たら、その瞬間に人生を半分くらい
「でもあのとき、先輩は冷静に私の元に駆け寄ってきてくれたじゃないですか」
『まあ、何より先にネムちゃんが無事か確認したかったからな』
「え、先輩……。え、あれ? ちょっと! もう本部に着いちゃってるじゃないですか!」
『おう、いま車を降りたところだ。ネムちゃんはいまどこら辺?』
「高速を一度下りて、戻るためにもう一度高速に乗って、残り半分ってところです。法定速度のギリギリ限界でぶっ飛ばしてますよ」
『高速を降りても本部まで十分はかかる。もうおまえは間に合わないな』
「えーっ!? ちょっと待ってくださいよ。もう少しゆっくり話しましょうよ~」
『俺はおまえのために司令を始末しに来てるんだが』
「尺のことも考えてください! 尺が余ってんですよ!」
『なんの話をしてんだよ! 録音でもしてんの? まあいいや。そこまで言うからには、ネムちゃんが何かおもしろい話でもしてくれるんだろう?』
「も、も、も、もちろんですよ! ベ○マーク教育助成財団の話をしますね!」
『あ、いや、いい。すまんが興味ない。ねえ、これって録音してる? あの、ベ○マーク教育助成財団さん、すみませんね。べつに悪気はないんです。あくまで俺個人として興味がないだけなんです。もちろんベ○マーク運動のことは応援してますからね! あ、ネムちゃん、悪意のある編集しないでよ?』
「あ、先輩は私の話をパスしたから、今度は先輩が何かおもしろい話をしてくださいね」
『うわ、なんかズルい! おもしろい話か。そうだなぁ~』
「は、や、く! は、や、く!」
『おまえなぁ……。早く司令の所に行ってもいいんだぞ?』
「あ、ゆっくりでいいです。ゆっくりでいいので、とびっきりのおもしろい話をしてください」
『ブレねぇな。じゃあ俺の本気を見せてやろう。俺にかかれば、ネムちゃんくらい単語だけで笑わせられるからね』
「え、自分で滅茶苦茶ハードル上げるじゃないですか! 私、絶対に笑いませんよ」
『言ったな?
「いいですよ。私が先輩の
『ほーう。いい覚悟だ。だったら俺も最初のひと言で笑わせてやるよ。最初のひと言でネムちゃんを笑わせられなければ、俺はここをずっと動かない。司令を殺さないし、なんの抵抗もせずにおまえに殺されてやる。おまえが来なければ、ここで飢えて死んでやる』
「ひぇ~! たいした自信ですねぇ!」
『ネムちゃんのツボは知ってるからね。じゃあいくぞ。昔話のタイトルをモジっておもしろくする《必殺・昔話シリーズ》でいくからな』
「はい、どうぞ!」
『きよしこの野郎!』
「ぶふっ! それっ、それ、きよしこの夜! この野郎って、きよしに何されたんですか!? しかも昔話じゃないし! 曲名だし!」
『こぶとりな
「ぶふぅ~! 続けるんですか!? 私は笑っちゃったけど、続けるんですね!? 今度の元ネタは普通に昔話! それだと、こぶとり爺さんじゃなくて、ただの少し太った爺さんじゃん!」
『かぐな姫』
「ぐふふっ! かぐや姫が匂いフェチの変態になっちゃった!」
『かちかちやな!』
「うっく! かちかち山の最後をモジった!? それ、ただの感想になってるって!」
『踏みにくいアヒルの子』
「当たり前!
『ハウマッチ・売りの少女』
「
『はなさかさま爺さん』
「…………。それは滑ってますよ。花咲か爺さんにサマを挿入して鼻逆さま爺さんにしたんでしょうけど、分かりにくいから笑いにつながらないです。ナンセンス!」
『最後、めっちゃシビア! 急に
「そうですね。私の負けです。非常に不本意かつ不愉快ですが、賭けなので仕方ありません。私は先輩と結婚してあげますよ」
『そうかい。ありがとね』
「ちょっと! もっと喜んでくださいよ!」
『ネムちゃんが嬉しいなら俺も嬉しいけど、そうじゃないなら……ねぇ』
「先輩、嘘つき女のささやかなプライドくらい、察してくださいよ」
『そうだね。じゃあ俺もひと仕事終わらせなきゃだ。これから俺とネムちゃんの輝かしい未来に影を落とす障害物を排除してくるよ』
「先輩、私、いま高速を降りました。あと十分ほどで私も本部に着きます。先輩が十分以内に司令を始末できなかったら、私が先輩を始末しますからね」
『制限時間は十分か。余裕だ』
「先輩と司令ってどっちが強いんですか?」
『司令が現役だったら五分ってところかな。でも司令は引退して管理職に落ち着いているから、さすがに
「あ、先輩!」
『ん、なんだ?』
「私のデスクの引き出しにアレが入ってるんで、使ってください」
『おお、すまんな。何が入ってるんだ?』
「ガイガーカウンターです」
『使えるか! どう使うんだよ!』
「ガイガーカウンターを掲げながら、放射線が出てるぞーって叫ぶんです。そしたら、邪魔な職員を追い払うことができます」
『必要ねーよ。エージェントの抹殺は極秘任務なんだから、司令とおまえ以外の人は知らないはずだ。人払いせずとも司令室までは顔パスだよ』
「えー? だって、おもしろいじゃないですか!」
『だろうと思った。ネムちゃん、そろそろアレだから、一旦電話切るぞ』
「了解でーす」
『プツッ。ツー、ツー、ツー』
「…………」
『…………』
「…………」
『ピロリン、ピロリン、ピロリロリン!』
「はい、ネムです」
『あ、もしもし。もっし~!』
「先輩、もう終わったんですか?」
『うん、終わったよ~』
「早かったですね。どうやって始末したんですか?」
『背後から忍び寄って首を
「……確実に死んでます?」
『うん。間違いなく』
「そうですか。いまさらなんですけど、司令の死体処理とか、組織への報告とか、どうするつもりですか? このまま逃げて雲隠れですか?」
『いや、司令が裏切ったことにして、死体処理は普通に処理班に投げるよ。いちおう俺も幹部だし、司令が死んだ時点で俺が司令代理になるし、すぐに正式な司令にも任命されると思うよ』
「昇進おめでとうございます」
『ちょっと気が早いけど、ありがとう』
「じゃあ、私は司令夫人ってことですね」
『ははは。社長夫人みたいに言うけど、ネムちゃんのワガママで組織を動かしたりできないからね』
「やだな~。司令を尻に敷いて優越感に
『あー、それは嫌だなぁ~』
「あ、でも組織をベ○マーク協賛会社の記念すべき100社目にだけはしたいです」
『無理に決まってんだろ。秘密組織の名前がベ○マーク教育助成財団のホームページに載っちまうだろうが』
「それ、おもしろいじゃないですか」
『おもしろいけども! ダメダメ、絶対無理!』
「ところで先輩。ちなみに、なんですけど……」
『何だい?』
「私に先輩抹殺の指令が下りたっていうのは嘘です」
『えぇーっ!? ……マジで?』
「マジです」
『うわー、マジか~!』
「マジです」
『…………』
「…………」
『本当に、ほんっと~に、マジ?』
「マジです」
『マジかぁ……』
「マジです」
『…………』
「…………」
『…………』
「…………」
『……ま、いっか!』
「はい! いいと思います!」
―おわり―
殺し屋ネムちゃんとターゲット先輩のウィッティー通話 日和崎よしな @ReiwaNoBonpu
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