② 初めての共同任務(回想)

「こちらネム。待機場所に到着。道が混んでなかったけど遅れました~。どうぞ」


『混んでなかったんかい! じゃあなんで遅れたんだよ。どうぞ』


「時間に振り回されていたら右往左往する暇がないじゃないですか~。どうぞ」


『右往左往すんな。暇人か! どうぞ』


「ところで先輩、今日の作戦は誰の発案ですか? どうぞ」


『え、俺だけど? どうぞ』


「その作戦、本当にやるんですか? 先輩、私はバカだと思われたくありません。どうぞ」


『ネムちゃん、初任務の新人が大先輩の作戦をバカ呼ばわりするのは、さすがに不躾ぶしつけじゃないかな? どうぞ』


「いいえ、先輩。保身のための真っ当な意見です。陽動のために行き倒れのフリをするなんて、私にはできません。私は美しい女である前に美しい人間でありたいです。どうぞ」


『殺し屋になった時点で美しい人間は無理があるよね? どうしたの? キザなセリフを言わないと気がすまない病気にでもなったの? どうぞ』


「あの、先輩。ボロクソ言ってくれてますけど、先輩の言った『かっこいい男である前にかっこいい人間でありたい』を真似しただけですよ。先輩の言葉、そっくりそのままお返ししてやります。どうぞ」


『マジか。俺、自分のことを棚に上げて後輩をあおるような真似をしてたってこと? ああ、俺はなんてクズ野郎なんだ……。どうぞ』


「そう自分を卑下ひげする必要はないですよ。わざわざ自分で卑下しなくても、先輩はクズですから。どうぞ」


『あ、はげましてくれないんだね。どうぞ』


「先輩、そろそろ定刻ですよ。どうぞ」


『ネムちゃん、これは任務だから、嫌でもちゃんとやってね。君を信じてるよ。どうぞ』


「え、私を信じるんですか!? その根拠は何ですか? どうぞ」


『ないよ、そんなもの。ないから信じるんだ。そんな根拠があれば、信じる必要すらないからね。どうぞ』


「ひどい! それ、信じてるんじゃなくて、投げやりになってるだけじゃないですか。あーあ、やる気ががれちゃった~。先輩のせいで私が作戦を無視しちゃうかもしれないな~。どうぞ」


『鳴かぬなら、それも一興、ホトトギス。どうぞ』


「先輩は『鳴かぬなら、私が泣こう、ホトトギス』じゃないですか? どうぞ」


『うん、ネムちゃんが俺を泣かせたいっていう熱意がよく伝わる句だね。でも大丈夫。俺は逆境には特に強いからね。だから無駄なことはしないで。どうぞ』


「へぇ~。じゃあ先輩の強さを活かすために逆境を作ってあげましょうか? どうぞ」


『おまえといると常に逆境だから大丈夫だ。どうぞ』


「あ、そういうこと言うんだー。どうぞ」


『定刻だ。これより作戦を開始する。どうぞ』


「了解。どうぞ」


『作戦開始。交信終了』

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